49.炭の香り
義手に天狗の突進が直撃した時、懐かしい香りがした。こびりついたような炭の匂い。そして、微かなアヤと同じ匂いも混じっている。
吹き飛ばされた後、痛みに堪えながら直撃した義手を見る。
義手は半壊し、前腕部は半分ほど砕けてなくなっていた。辛うじて腕の形を残し、手の部分は繋がっている。だが、一度でも攻撃を受ければ手と腕が分離するだろう。
天狗は既に上空へ飛んでいる。こちらに照準を向ける前に私は身体を起こし、移動を始めた。
キイチはどこにいる?
彼なら逃げることはしないだろうし、私が天狗に視認されてから策を練っているのか?
そうしてどうするか考えていると、周囲から煙が漂ってくる。
それは私の身体を覆い、天狗から完全に見えない状態になった。
「真奈。直撃を受けていたが、問題ないか?」
煙の中から、キイチが声を落として話しかけてくる。この術はキイチのものだろう。
声の方向を凝らしてみると、全身が火傷だらけのキイチがいた。息を切らしており、顔色もよくはない。
彼が少し咳き込むと、その場所に赤黒い飛沫が飛ぶ。明らかに無事とは言い難い。
それでもキイチは口元を拭い、こちらをしっかりと見据えてくる。
まだ戦う人間の眼差しであることを感じて、私は答えた。
「義手はもうほとんど使えない。アレを倒せばいいんだよね?」
「ああ。手足を焼いたが、その後はずっと飛ばれたままだ。一応、これでも速度は落ちている」
「まだかなり速いのに?」
「呪符を投げようにも手持ちがあと3枚しかない。飛んでいる相手に投げるのは無茶だ」
「私は千歳から3枚、預かっているけどどう?」
「他人の作った呪符は使えない。術の構成も変えられないし、起動に権限の譲渡がいる」
「そっか……」
「……一個確認させてくれ。それができるのなら、一度しか使えない策がある。いいか?」
キイチは私への質問と、策の説明を始める。
確かに、失敗すれば次はない。それと引き換え、被害も最小で済むだろう。
問題は、それができるまでの時間稼ぎ。
その時間稼ぎに、私は乗り出した。
煙幕から飛び出した私は、即座に天狗の位置を確認する。
そして、その方向へ拾った石を投げつけた。
意識を向けさせるための行動。撃墜できればよかったのだが、そういう訳にもいかず、あっさりと避けられてしまう。
投石には少々自信があっただけに少し自尊心が傷つく。
こちらを認識したようで、突進の構えを取ってくる。
ここから先、一度も掠ることすら許されない。キイチの準備が終わるまで、動きを止める訳には行かない。
標的となるのを維持するためにも、地面の物を適当に拾っては投げつける。どれも避けられてしまうが、目的の為には十分だ。
突進を避ける度に、薄い匂いが漂ってくる。アヤの匂いの出所がずっと疑問だったが、右腕に巻かれた布だとやっと気付けた。
あの子と天狗に、何の関わりがある?
そもそも、この天狗は誰を元に作られた?
天狗の視線だとずっと思っていたが、この感覚には身覚えがある。
一つの可能性が浮かんだとき、天狗の元へ呪符が一枚飛ぶ。
それは天狗に当たるよりも前に起爆し、天狗の注目は否応なしに呪符を投げた人物へと向けられた。
投げた先にいるのはキイチ。彼は煙が晴れたその場に立ち、そのまま移動しようとはしない。
それもそうだ。彼は移動できない。彼の両足には刀が突き立てられ、足を固定されていた。
刺さっているのは周囲の武士の遺体が持っていた刀だろう。深々と刺さっており、柄の部分に呪符が張られている。
天狗はキイチに向け、突進の体勢を取る。それと共に私はキイチの元へ、突進に巻き込まれないように走る。
天狗の高速の突進は、キイチの胸部を捉えた。だが、足は微動だにしない。
衝撃を直接受け、大量の血を吐きながらも、キイチは天狗を止めることに成功した。
あの呪符には固定化する術がかけられている。恐らく昔朽花が私の腕を固定するときに使った術と同じものだろう。
そして、キイチは右手で天狗の頭を掴む。手のひらに仕込まれた術が起動し、天狗を一瞬だが拘束した。
だが、それもすぐに解ける。天狗が飛び立とうとする一瞬で、私は天狗の足を掴むことに成功した。
天狗が私ごと空へ飛ぶ。初めての経験に、一瞬放心してしまうが、それは天狗からの蹴りですぐに我に返った。
私の顔面を何度も蹴るが、私は右手を離さない。無理矢理左腕を伸ばし、服を掴むことに成功する。
「朽花に人妖にされて、自我を失って、アヤも利用されて失った。貴方はそれでいいの? 甚兵衛?」
そう言った瞬間、天狗が僅かに固まる。その言葉を振り払おうとするかのようにまた蹴りを受け、私はついに落下してしまう。
落下する私を見て、天狗は私の義手に注目していた。流石に、手がどこへいったのか疑問に思われたようだ。
私は蹴りでぼやける意識の中、あることに集中する。
わざと千切れる寸前まで削っておいた義手。そこから離れた手の部分は、天狗の服をよじ登る。
それに気付いた天狗が千切れた義手を引き剥がそうとした瞬間、手に貼り付けた三枚の呪符を一気に起動した。
上空で響く轟音。爆発をまともに受けた天狗は燃えながら墜落する。
力なく落ちる天狗を見つつ、私も落ちていることを思い出す。
ああ、頭に攻撃を受けすぎたせいで、もう体勢を整える力が残っていない。
そのまま考えることも出来ず、私は地面へと叩き付けられることになった。




