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犬神歩めば呪いに至る  作者: 白海幽漣
鎌倉時代編
49/52

49.炭の香り

 義手に天狗の突進が直撃した時、懐かしい香りがした。こびりついたような炭の匂い。そして、微かなアヤと同じ匂いも混じっている。




 吹き飛ばされた後、痛みに堪えながら直撃した義手を見る。


 義手は半壊し、前腕部は半分ほど砕けてなくなっていた。辛うじて腕の形を残し、手の部分は繋がっている。だが、一度でも攻撃を受ければ手と腕が分離するだろう。


 天狗は既に上空へ飛んでいる。こちらに照準を向ける前に私は身体を起こし、移動を始めた。




 キイチはどこにいる?


 彼なら逃げることはしないだろうし、私が天狗に視認されてから策を練っているのか?


 そうしてどうするか考えていると、周囲から煙が漂ってくる。


 それは私の身体を覆い、天狗から完全に見えない状態になった。


「真奈。直撃を受けていたが、問題ないか?」


 煙の中から、キイチが声を落として話しかけてくる。この術はキイチのものだろう。


 声の方向を凝らしてみると、全身が火傷だらけのキイチがいた。息を切らしており、顔色もよくはない。


 彼が少し咳き込むと、その場所に赤黒い飛沫が飛ぶ。明らかに無事とは言い難い。


 それでもキイチは口元を拭い、こちらをしっかりと見据えてくる。


 まだ戦う人間の眼差しであることを感じて、私は答えた。


「義手はもうほとんど使えない。アレを倒せばいいんだよね?」


「ああ。手足を焼いたが、その後はずっと飛ばれたままだ。一応、これでも速度は落ちている」


「まだかなり速いのに?」


「呪符を投げようにも手持ちがあと3枚しかない。飛んでいる相手に投げるのは無茶だ」


「私は千歳から3枚、預かっているけどどう?」


「他人の作った呪符は使えない。術の構成も変えられないし、起動に権限の譲渡がいる」


「そっか……」


「……一個確認させてくれ。それができるのなら、一度しか使えない策がある。いいか?」


 キイチは私への質問と、策の説明を始める。


 確かに、失敗すれば次はない。それと引き換え、被害も最小で済むだろう。


 問題は、それができるまでの時間稼ぎ。




 その時間稼ぎに、私は乗り出した。




 煙幕から飛び出した私は、即座に天狗の位置を確認する。


 そして、その方向へ拾った石を投げつけた。


 意識を向けさせるための行動。撃墜できればよかったのだが、そういう訳にもいかず、あっさりと避けられてしまう。


 投石には少々自信があっただけに少し自尊心が傷つく。




 こちらを認識したようで、突進の構えを取ってくる。


 ここから先、一度も掠ることすら許されない。キイチの準備が終わるまで、動きを止める訳には行かない。


 標的となるのを維持するためにも、地面の物を適当に拾っては投げつける。どれも避けられてしまうが、目的の為には十分だ。




 突進を避ける度に、薄い匂いが漂ってくる。アヤの匂いの出所がずっと疑問だったが、右腕に巻かれた布だとやっと気付けた。


 あの子と天狗に、何の関わりがある?


 そもそも、この天狗は誰を元に作られた?




 天狗の視線だとずっと思っていたが、この感覚には身覚えがある。




 一つの可能性が浮かんだとき、天狗の元へ呪符が一枚飛ぶ。


 それは天狗に当たるよりも前に起爆し、天狗の注目は否応なしに呪符を投げた人物へと向けられた。




 投げた先にいるのはキイチ。彼は煙が晴れたその場に立ち、そのまま移動しようとはしない。


 それもそうだ。彼は移動できない。彼の両足には刀が突き立てられ、足を固定されていた。




 刺さっているのは周囲の武士の遺体が持っていた刀だろう。深々と刺さっており、柄の部分に呪符が張られている。




 天狗はキイチに向け、突進の体勢を取る。それと共に私はキイチの元へ、突進に巻き込まれないように走る。




 天狗の高速の突進は、キイチの胸部を捉えた。だが、足は微動だにしない。


 衝撃を直接受け、大量の血を吐きながらも、キイチは天狗を止めることに成功した。


 あの呪符には固定化する術がかけられている。恐らく昔朽花(くちばな)が私の腕を固定するときに使った術と同じものだろう。


 そして、キイチは右手で天狗の頭を掴む。手のひらに仕込まれた術が起動し、天狗を一瞬だが拘束した。


 だが、それもすぐに解ける。天狗が飛び立とうとする一瞬で、私は天狗の足を掴むことに成功した。




 天狗が私ごと空へ飛ぶ。初めての経験に、一瞬放心してしまうが、それは天狗からの蹴りですぐに我に返った。




 私の顔面を何度も蹴るが、私は右手を離さない。無理矢理左腕を伸ばし、服を掴むことに成功する。


「朽花に人妖にされて、自我を失って、アヤも利用されて失った。貴方はそれでいいの? 甚兵衛(じんべえ)?」


 そう言った瞬間、天狗が僅かに固まる。その言葉を振り払おうとするかのようにまた蹴りを受け、私はついに落下してしまう。




 落下する私を見て、天狗は私の義手に注目していた。流石に、手がどこへいったのか疑問に思われたようだ。


 私は蹴りでぼやける意識の中、あることに集中する。


 わざと千切れる寸前まで削っておいた義手。そこから離れた手の部分は、天狗の服をよじ登る。


 それに気付いた天狗が千切れた義手を引き剥がそうとした瞬間、手に貼り付けた三枚の呪符を一気に起動した。


 上空で響く轟音。爆発をまともに受けた天狗は燃えながら墜落する。




 力なく落ちる天狗を見つつ、私も落ちていることを思い出す。




 ああ、頭に攻撃を受けすぎたせいで、もう体勢を整える力が残っていない。




 そのまま考えることも出来ず、私は地面へと叩き付けられることになった。



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