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犬神歩めば呪いに至る  作者: 白海幽漣
鎌倉時代編
43/52

43.先人

◆◆◆


 手に纏わり付く粘性の液体。周囲に転がる、元は人間だった存在の遺体。


 未だに手に感触が残っている。骨を折った時の音や、叫び声が耳にこびりついていた。


 何度も肩で息をする。肉体的には動くことに支障はない。だが、精神的苦痛から自然と息が荒くなっていた。


 頬から垂れる液体が汗なのか返り血なのかすら分からない。不愉快でありながらも、拭うことで正体を確かめたくはない。


 地下の牢の中で、私は変異した人妖を皆殺しにした。元に戻らないから殺さざるを得ないことは分かっている。放っておけば、他の人々に被害が出るのも分かっている。そんなもの、朽花(くちばな)を追っていく中で十分に承知していた。


 それでも、やはり人を殺すという行為に慣れない。変異する前の姿を見てしまっていたせいか、いつもより胸が苦しい。


「真奈、動けるか?」


「……大丈夫。朽花が近くにいるなら、止まっている場合じゃない」


 千歳が案じるような目で見る。自分が無茶をしていることぐらい分かっていた。




 息を落ち着かせた後、私たちは地下牢の階段を上る。蔵の中に出たとき、見たことがないものが転がっていた。


 全身が黒く染まり、おびただしい数の水疱に覆われた遺体。それも二体。


 装備と僅かな匂いから、地下牢の見張りの二人だと気付くのに時間はかからなかった。




 その近くで胡座(あぐら)をかく、木彫りの面を付けた人物がいた。


 その人物はこちらを確認すると、軽く咳き込みながら立ち上がる。面の下にある目は真っ直ぐにこちらを見据える。赤茶けた瞳には、不思議と敵意は感じ取れない。


 あの二つの遺体は、この人の仕業か?


 下手に近づく訳にもいかず、私たちは対峙する形になる。


「地下の人妖は……?」


 湿った声でこちらに問いかけてくる。声や、改めて立ち上がったときの体型から分かった。この人は女性だ。


 そして、膿のような匂い。遺体からではない。それならこの人物からの匂いだろう。おそらく、この人は病に冒されている。


「全員、倒したよ」


「殺したって、言ってもいいんだよ。別に、アタシは咎めない」


 朽花側にいる存在とは思えないぐらい、こちらの心をくみ取った優しい口調。


 それに戸惑ったのか、千歳が思わず口を挟む。


「……朽花の、手先なんよな?」


「熾(おこり)。アタシの名前。朽花には、訳あって従っている。けど、アイツの方針に賛同している訳じゃない。

 できれば、そっちの犬神(いぬがみ)の方。名前を教えて欲しい」


 彼女はそう言いながら、少しズレたのか、右手で面の位置を直す。手は黒ずみ、肌は荒れている。手首も細く、前に結界を強引に破壊したのが信じられない。


 私は一瞬千歳の方を見た。彼女は頷き、一歩後ろに下がる。私は熾(おこり)の目を見ながら、話を続けた。


「真奈。こっちは千歳。あなたは朽花の、なに?」


「基本的には用心棒。ここでのアタシの役目は、時間稼ぎ。でも、大人しくここで待ってくれるなら、アタシは何もしない」


「……なんで?」


「真奈、アンタは先人だから」


「先人?」


「人妖を作り出す実験の、先人。朽花は、アンタを参考に、白髪の少女を素材に使って、実験を繰り返している。アタシは、そのはじめての成功例。

 アンタがいなければ、アタシはとっくの昔に死んでいる。だから、なるべく戦いたくない」


「……白髪の少女って言った?」


 反射的に、私は言葉にしていた。一瞬腹の底から熱いものがこみ上げてくる。思わずつかみかかろうとしてしまうが、理性でそれを堪えた。


「ここには、いない。遠く、離れた所で、何人かの人間が、世話をしている。アタシと朽花は、ほとんど近づけないから。

 ここにあるのは、肉や髪の余った一部ぐらい。それも今は、殆ど残っていない、はず」


「どこにいるかは、教えてはくれないかな?」


「無理。朽花だけが、経路を把握している」


「それじゃあ、朽花がどこか教えろ」


 私は熾(おこり)に一歩近づく。自然と声が低くなり、目を剥く。拳を握り、気付けば自然と戦闘態勢を取っていた。


「尚更無理。いいから、そこの遺体と、同じ状態になりたくなければ、大人しくして」


 そう言って熾(おこり)は強く咳き込んだ。面の下から液体がしたたり落ちる。落ち着いたのを見計らいながら、私は口を開く。


「具合が悪いなら時間稼ぎなんてしないで。そもそも、その二人は殺す必要があった?」


「真奈と話をするのに、邪魔だったから。そっちこそ、妖狐(ようこ)に意識を向けないように、話に乗ってきている」


 こちらの言葉すら交わさず役割分担をしていたことを、熾(おこり)は気付いていたようだ。


 千歳は蔵に触れながら、結界を分析している。千歳であれば解除に時間はかからない、そう思っていた。


 一瞬聞こえた、千歳のうめき声。地面に手を突くような音がし、私は振り向こうとする。


だが、その直前に彼女の言葉を聞き、私は思いとどまった。


「真奈! こっち向かんでええ。ウチは平気や。ちょっと罠にかかっただけで、何も問題はない」


「それでも……」


 確かに、私は振り向ける状態にない。意識を一瞬でも熾(おこり)から逸らせば、彼女は攻撃をしてくる可能性がある。


 彼女は本来私を待つ必要なんてない。彼女自身の私への敬意がなければ、とっくに戦闘になっているだろう。


「結界も、朽花が逃げたら、解除されるようになっている。だから、待っていてくれない?」


「……やっと、朽花の尻尾を掴めるんだ。長年ずっと追ってきているんだ……。奴を見逃せる訳がないだろ」


 最後の言葉は、自分でも驚くぐらい冷たい声だった。




 義手を振るい、熾(おこり)の顔面を殴りつけようとする。それはあっさり止められるが、その瞬間私は彼女の腹部に蹴りを入れた。


 僅かに吹き飛ばされて倒れる熾(おこり)。だが、彼女は平然な様子で立ち上がった。


「残念だけど、殺すしかないか」


 熾(おこり)はそう言いながら、両手を開き、掴みかかるための構えを取る。


 私は左腕の義手を盾のようにしながら構え、彼女の攻撃に備えた。



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