40.狐のだまくらかし
目の前で起きた出来事に、私は千歳の前に立つ。結界を破壊した主に対して構えを取り、攻撃に備えた。
千歳の結界を正面から破壊できるほどの怪力。あの牛頭馬頭にも匹敵するかもしれない。
汗が頬を伝う。この場で戦ってすぐに倒せるような相手とは思えなかった。
それほどまでに、今まで出会った者の中でも異質な存在感を感じ取っていた。
構えながら待てども、木彫りの面を被った人物は中々動かない。
そのままその人物は出入り口から身を引く。その瞬間、多数の武士がこちらを取り囲んだ。
こちらに向けられる槍や刀。明確に彼らからは敵意を感じられる。
それもそうだろう。こちらは侵入者でしかないのだから。
だが、すぐに攻撃をしてくる気配はなかった。こちらの動向を見ているのだろうか。それには少し安心する。
やろうとすればこの場でこの人々を倒すことはできるだろう。しかし、この数を相手するのであれば、こちらの力を考えると、勢い余って何人か殺してしまうことも考えられる。
事故とはいえ、人を殺してしまうような事態は避けたかった。あの感触を、二度と味わいたくはない。
少し考えた後、私たちは手を上げ、そのまま捕まることにした。
私の力であれば大抵の拘束は力尽くで抜けられる。千歳を庇うこともある程度できる自信がある。
あとは、朽花の情報に関して、誰かが口を滑らすことを期待していた。戦闘を始めてしまえば、それには期待できなくなる。今は我慢するべきだと判断している。
唯一問題があるとすれば、朽花の動向だ。奴がすぐに逃げるのであれば、方針を変えてここに置いた持ち物を探し出して追跡する気でいた。関係者を尋問すればそういう情報を吐く輩は誰かしらいるだろう。何人も怪我をさせてしまう可能性はあるが、奴を逃がすよりはいい。
あの手紙に書かれていた老婆の姿が見えない以上、下手な行動はできない。
私たちは手を縄で縛られた後、領主の元へ連れていかれることになる。連れていかれる中、あの視線を感じた。甚兵衛もこの場にいるのだろう。
『お前達が生きていれば、また殺しに行くよ』という言葉を思い出す。いつ来るのか分からない感覚から、寒気を覚える。警戒心が掻き立てられ、周囲の影を探すものの、彼の姿は確認できなかった。
そうしていると、屋敷の前で連行は止まった。屋内に入ることもなく、屋敷から距離も離れた状態で夜風に晒される。何人もの武士が周囲を取り囲み、彼らがこちらへの警戒を隠すこともない。
私たちは地面に直接座らされ、何かを待たされることとなった。
そうして、一人の男が縁側を歩いてくるのが見えた。周囲の武士達が緊張するのが分かる。それに相応しい、人を威圧するような雰囲気を持ち合わせていた。
その男は切れ長の目を持ち、身長は周囲と比べて大きい。体付きも筋肉質で、腰には太刀を佩刀している。
相手はただの人にも関わらず、甚兵衛とは別の緊張感を覚える。甚兵衛は人なのに妖怪に近い感覚を覚えた。対してこの男は、純粋に修羅場をくぐり抜けてきた者としての威厳を感じた。
「信成様、こちらがその侵入者になります」
「ご苦労。……女の二人組。貴様ら、何者だ?」
声は低く、僅かに怒気を感じられる。だが、こちらを見たときに一瞬目を見開いたのを見逃さなかった。こちらに関する情報を何かしら持っている可能性がある。
状況が状況だ。慎重に受け答えする必要があるだろう。
「どこにも属していない。私たちは人探しをしている」
「それで裏からコソコソと侵入か?」
こちらを刺すような声。他の武士達がこちらを見る目も、敵意を帯びていく。一人が突きつけてくる槍が、こちらの首に触れそうになるほど近づく。次に吐く言葉を誤れば、間違いなく処刑を宣告されるだろう。
「別にそこまでツンツンせんでもええやろ。侵入したのは謝るんやけど、ウチらは簡単に殺していい存在とちゃうで」
「……どういうことだ?」
信成が困惑するような声を出し、千歳が不敵な笑みを浮かべる。そのまま彼女は言葉を続けた。
「人妖、聞いたことぐらいあるやろ? ウチらは特殊でな、下手に殺せば、あんたら全員呪い殺せる」
最後の言葉は、彼女の言葉と思えないぐらいに低い、野太い強圧的な声だった。
殆ど嘘だ。殺されることで道連れに出来ても、私の力の分ぐらいだろう。
何か確信があるのか、それとも単純な賭けなのかは分からない。私には様子を見ることしかできなかった。
信成は顎に手を当てて考え出す。唇の端を噛み、そして小さく舌打ちをする。
「お前たち、一旦武器を引け。貴様ら、探しているのは誰だ?」
信成の鶴の一声で周囲の武士は武器を収めた。それを見て思わず息を漏らしてしまう。
千歳は調子を変えることもなく、笑みはそのままに話す。
「白い髪の少女、知らんか?」
「老婆ではなくか? それは知らん」
「じゃあ、花柄の義眼。朽花は……」
それを聞いた瞬間、周囲の人物の様子が一変した。武器を再度構え、こちらに突きつけてくる。
流石に武器が近すぎる。避けることも、千歳を守ることもできないだろう。無理矢理抜け出して逃げられる段階を、通り過ぎてしまった。
額を伝う一筋の汗。万事休すかと思った矢先、周囲の顔を見ると、印象が変わっていく。
怯え。武器を構えてくる人物の全員が、恐怖を帯びた顔をしていた。
「全員、早とちりをするな。お前、それをどこで?」
「さあ? 拷問でもやるん? ウチは身体弱いからすぐに死ぬかもしれへんな? あ、舌噛み切るぐらいの度胸はあるで」
千歳は、最後まで調子を変えることがなかった。
ここまでハッタリを効かせるのは私にはとてもではないができないだろう。
長い緊張感が走る時間。私は微動だにできず、他の武士も早とちりするなと言われながら、動けないでいた。
そうして、信成は沈黙を破る。
「お前たち、こいつらを地下牢へ送れ。奴もすぐに呼べ。処刑できるか確認する」
その言葉で、周囲の武士たちはやっと武器を下ろした。
緊張感が一気に解放され、大きく息を吐く。手に縛られた縄を引っ張られるが、その痛みなんてどうでもいいと感じてしまった。
そうして運ばれる中、千歳は私に笑いかける。彼女の嘘と度胸に救われたと、実感せざるを得なかった。
連れて行かれたのは蔵の中。ここからは少人数となり、5人ほどしか周囲にいなくなった。
今の状況、逃げるには問題ない。だが、地下の様子を見ておきたい気持ちが強かった。
もし何かが残されていれば、ナズナの手がかりが見つかるかもしれない。そんな些細な希望からの考えだった。
地下への扉は、地面に巧妙に隠されていた。土を被った大きめの板をズラした下にある階段。階段は平たい石を積んで構築されているように見えた。千歳に目を配ると首を横に振る。
その先は薄暗い。壁に貼られた札が、蛍のように弱く光るのが見えた。錆びた鉄と、腐っているような甘ったるい匂いが、地上よりも濃い。縛られている中、思わず鼻を摘まみたい衝動に駆られる。蠅のような羽虫が何匹も外へ外へと逃げ出す。何匹か身体に衝突し、不快感に襲われた。
やはり、この先で何かが行われていたのだろう。何度も何度も見た光景を思い出す。朽花の実験場は、何処も彼処もおぞましい。先日の廃村なんてまともな部類だ。
覚悟を決めながら、階段を降りた。
この場所の印象としては、思ったよりは狭い空間であった。土を掘り抜いて作られているようで、床や階段は石を敷き、支えとなる木材が何本か突っ立てられている。
開けた場所には大きめの机のような物。異常なほど赤黒く変色しており、匂いが一番濃い。その周りには壺がいくつも置かれている。何が入っているかは、流石に分からなかった。
地下にある檻は、床と天井に支えるように柵をはめ込み組み合わせることで作られていた。
檻に既に入れられた人物は多種多様。老若男女をはじめとし、装備を剥がされた武士のような者もいる。皆が皆、放心し虚ろな瞳をしていた。
私たちは、その人達と一緒の檻の中に入れられることになった。
見張りとして残ったのは二人。残った人物は外に出て、階段を隠していた蓋をそのまま閉められることになる。
静けさを取り戻した地下で、私は小声で千歳と話す。
「千歳、この人達は大丈夫そう?」
「いや、あかんな。入るとき軽く踏んでも呻きもせんかったわ」
「……確認とはいえ人を踏んだらダメだよ? 術の影響かなにか?」
「そこまでは分からんな。でも、いい感じはせえへん。長居はせんほうがええな」
周囲にあった謎の視線も、今は感じ取れない。
それに一旦安堵し、周囲を見回す。見張りは出入り口付近に一人、檻の近くに一人が配置されている。檻の近くの見張りは地面に腰を下ろし、こちらを見ている。札の明かりがないのと、先ほどの話の影響もあるのか注意してくる気配は今のところない。
少しだけ考える。
信成は『奴を呼べ』と言っていた。もし朽花を指しているのであれば、まだここにいる可能性がある。私の存在を認知したのであれば、奴の次の行動はなんだ?
朽花がここに戻る保証はない。奴がここに戻ることで得られる利点を考えると、私たちという実験体が増えることぐらいだろう。それは今の奴にとって必要か?
あの面を被った人を思い出す。あの異常な怪力と雰囲気。人妖であれば、朽花と関わりがあるだろう。これは、人妖を作る研究が更に進んでいることを示している。完成体がいるのであれば、今更私たちが必須になるとは思いづらい。
そもそも、奴が3年も一箇所に留まることは異常すぎる。朽花と信成の関係は? 実験以外で目的があるのか?
それに、キイチの存在と動きを知っていれば、すぐにでもここを出ようとするはず。考えれば考えるほど何を企んでいるのか分からない。
アヤの『期待してしまっている、のでしょうね』という言葉。何とかしないといけないことは、これだけなのか?
「ここを出る。ナズナの匂いがしなくもないけど、かなり薄い。本人はいないと考えていいと思う。
それと、朽花が何を企んでいるのか分からない。急ぐよ」
「お前ら、さっきから何を話している」
流石に話が長いと判断されたのか、近くの見張りが立ち上がってこちらに近づく。もしこの見張りが間合いに入れば、拘束を引き千切って檻ごと攻撃するつもりであった。
だが、それが為されることはなかった。
突如小さく聞こえてくる笛の音。曲を奏でるのではなく、ただ音を鳴らしただけ。
不自然なそれに、私も千歳も見張りも反応し、上の方向を見た。
その音に反応したのか、今まで放心状態であった人々が動き出す。うめき声を出し、頭を抱え、その声はどんどん大きくなる。
私は危機感を覚え、力尽くで引き千切り、千歳の縄も無理矢理千切ってほどいた。
見張りは慌てて屋外に逃げていく。檻の扉を蹴破ると、千歳をまず外に出した。
頭を抱えた人々の肉体が、徐々に人ならざるものに変わっていく。
檻に入った人々全員が、同じ症状を見せている。このまま人妖になるようであれば、全員を殺すほかなくなってしまう。
このまま襲いかかって来るんじゃない。そういった願いは、届くことはなかった。
彼らが変貌した後の瞳を見る。
獣が餌を見つけたような、飢えに飢えた様子でしかなかった。




