34.日は沈み獣は山を降りる
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木々がざわめき、日は傾き始めた。紅の空は不穏な空気を醸し出す。何かから逃げるかのように何羽もの鳥が飛び立ち、一瞬静けさに覆われた。
キイチを横に寝かしつけてそれなりに時間が経った。千歳と目を合わせながらこのまま放置するべきかどうかを考える。
明らかに彼は普通ではない。致命傷を受けてもすぐに治る。過去の記憶を失っているという話。話を聞かずとも、禁術に手を出したのだと察することができた。
一応彼が目を覚ますのを待っていると、千歳がキイチの瞼を開けながら何かを考えているような素振りをしていることに気付く。
「千歳、何をしているの?」
「んー、こいつの目の中に結界が見えるんよな。どういう構成なんか調べてるんやけど」
「もうやめときなよ。目を覚ました時にバレたら面倒なことになるよ」
「せやな。ある程度覚えたし、頭ん中で整理しとこ」
そう言って千歳は手を離す。その後、どこから拾ってきたのか虫を何匹かキイチの頭に乗せだした。
地面に寝かせているからある程度言い訳ができそうだが、バレたらどうなるか分かったものではない。千歳の頭を引っぱたき、引きずって彼女をキイチから離した。
そこで、一つ思い出したことを千歳に聞く。
「そういえばさ、この前キイチに朽花の話を一部ぼかしたでしょ。朽花が呪物であること。アレ、なんで?」
「あ? ああ、万が一ウチらとまた敵対した時に切り札にしようと思ってな。こういう話は全部話すと用なしになったらすぐに殺されかねんし」
その直後、キイチの身体が動き出す。それに気付いた私たちは慌てて口を紡いだ。
もぞもぞと今の身体の状態を確認するような動きから、ゆっくりと身体を起き上がらせた。
「今度こそ死んだと思ったで」
千歳は軽くからかうように言う。それを聞いたキイチは一瞬睨むが、すぐにため息をつく。
「……俺はどれだけ眠っていた?」
「2時間ぐらいかな。放置もできないし、ずっと待っていた」
「無駄なことを……」とキイチが呟くが、その後の言葉を続けることはなかった。
「もう動いても大丈夫なの?」
「完全に治った。ところで、あの男の身柄について何か分かったか?」
あの男とは牛頭馬頭のことだろう。3人で確認すれば問題ないと思い、特にまだ確認はしていなかった。
改めて、私たちは倒れている男の方を見る。そこには、明らかに死亡前よりも小さくなっていることに気付いた。
獣の被り物がズレて、元の顔が少しだけ覗かせている。私がそれを引き剥がすと、やつれた武士の顔が露わになった。
「その被り物、呪物だな。被れば変貌させ、常軌を逸脱した力を発揮させるといった具合か。ただ正気を失うだけじゃなく、他の代償もあっただろう。今となってはもう分からん」
キイチが被り物をひったくって観察する。キイチは被り物を触りながら、分析した内容を口にした。その直後、キイチの手の中でその被り物が燃え上がり、跡形もなくなる。
「それ燃やしたんか?」
「下手に残して誰かに被られた方が面倒だ。あの強さの妖怪が何度も発生したら、流石に俺でも厄介極まりない。それに、篠坂家を調べるのに、こんなものを持って行く訳にもいかない」
裏宰の呪術士であれば保管して都まで回収するものかと思っていたが、そうではないらしい。もう二度と、あの牛頭馬頭が現れることはないだろう。
燃え尽きたのを確認した後、キイチは男の持ち物を漁り始めた。何をしているのか聞いてみると、理解できないものを見る目で見られる。
「こんなもの、身元確認ぐらいするだろう? どこの誰か分かれば、そこに禁術士がいる可能性がある」
思えば、カンナなら追い剥ぎに近い真似はやらないと思い、そういう確認はやったことがなかったかもしれない。
私はほとんど触れることなく、キイチと千歳が男の持ち物を探し、一枚の手紙を見つける。
手紙の内容は私はほぼ読めなかったので、二人から要約して教えて貰った。ちゃんと漢字の読みを教えて貰った方がいいかもしれない。
この手紙を書いた人物は、篠坂家の武士の一人。
3年前、篠坂家に、呪術士である片目が花柄の義眼の老婆が訪れた。それを契機に、領主が変わってしまった。老婆は領民に手を出し、何らかの実験を繰り返している。最後に、第三者が読んでいれば裏宰へ通達して欲しいと記載があったという。
花柄の義眼。その言葉だけで私たちは確信を持っていた。そういった特徴を持った人物であれば、ほぼ確実に朽花と関係がある。
ただ、一つ疑問がある。何故こんな手紙を持たせたままにしていたのだろうか。朽花でも、流石に処分していそうなものなのに。何か、朽花らしくなさを感じてしまう。
それはキイチの方も同様なのか、ピリピリとして空気に覆われた。
「これは、多分朽花に関係がある」
「……俺は篠坂家に直行する」
「篠坂家ってどっちの方向や?」
「ここからなら東だ。俺は急ぐからもう行く」
キイチは、どこか焦っているかのような印象を受けた。ここで付いていこうとすると、千歳が裾を引いて止める。何かと思っていると、キイチの姿はもうなかった。
「真奈、下手についていったら多分殺されるなり封印されるなりするからやめとき」
「……なんで?」
「あっちにも面子があるやろ。下手に妖怪に手伝って貰いましたなんてことになったら面子丸つぶれや。ああいう権力強いところはそういうの嫌うで?」
千歳が言うことに正直しっくりとは来ていない。ずっとそういう権力関係とは無縁の生活だったせいだろうか。
対して千歳は元々は仏師の娘だ。宗教関連になると力も持っている。そういった面を少なからず目にしているのだろう。
私たちはひとまず下山をすることにした。あの牛頭馬頭を倒したことを報告する必要もある。
夕日がほとんど沈んだのか星が空に浮かんでいるのが見える。影は濃くなり、夜に紛れて何かが動き出す時間が近づいていた。
あの戦闘から時間が経ったとはいえ、少し疲労は溜まっている。ちゃんとした寝床で休まないといけない。
特に千歳だ。あの牛頭馬頭の蹴りを防いだとは言っていた。だが、それでも何かしらの傷が残っている可能性があると思っていた。
そうして歩き続けていると、しばらく感じなかった感覚に襲われる。
どこから見られているのか分からない視線。気色の悪い観察するような気配。
「ああ、無事降りられたんだ。どうだ? 噂の内容は、何か分かったか?」
現れたのは、白く濁った瞳。そして、鼻につくほどの炭の匂い。
甚兵衛が、杖を突くこともなく、私たちの前に立ち塞がった。
空気が変わる。風が異様に冷たい。
甚兵衛は明らかに殺気を放っていた。




