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犬神歩めば呪いに至る  作者: 白海幽漣
鎌倉時代編
33/52

33.裏宰所属

 都に着き、裏宰(りさい)に所属する。それはそこまで難しくはなかった。


 裏宰(りさい)が求めている存在は二種類。将来性のある若い呪術士と、即戦力となり得る強い呪術士。


 記憶を失う前は地方呪術士であったため、その地位を利用できるか期待していた部分はあった。だが、それは一切使えなかった。


 俺の存在が、裏宰(りさい)には一切認知されていなかった。自分が元々いた呪術士の家系はちゃんと記録にある。なのに、俺はその記録と紐付かなかった。


 その影響で変な妄想癖のある身元不明の野良呪術士だと認識されてしまったが、もうこの際どうでもいい。




 これには心当たりがある。自分が使った禁術の想定していない作用。それが他者にも影響している可能性がある。




 元の自分が一切合切消えてしまう。そう言ってしまってもいいだろう。


 過去の自分が全て紐付かなくなってしまう。そんな術だと知っていれば自分は実行したのだろうか。


 ただ死ぬだけじゃない。実質自分がいた形跡が消えてしまっている。過去のキイチという存在はもはやどこにもいない。


 いや、それでも俺なら実行しただろう。親戚も家臣も皆殺しにしたような、思い切りのある愚か者だ。


 おそらく、心構えがちょっと変わるだけ。手紙の内容がほんの少し変わるだけ。不特定の誰かへ向けた手紙から、自分に向けた手紙になるだけ。




 地位が利用できなかったのと身元が分からなかったが、実力は示したのと裏宰(りさい)自体が人手不足なところがあり、階級は一番下の小智(しょうち)から始まることになった。


 だが、これは始まりに過ぎない。自分が目指すべきは大徳(だいとく)の階級。その階級が持つ朽花(くちばな)への接触許可が必要だ。


 朽花がどういった存在なのか。自分が何故あそこまでの惨劇を生みだしたのか理解しきるには、奴と接触する必要があると思っていた。




 ひたすらに任務に明け暮れ、数年が経過した。


 元々地方呪術士としての研鑽(けんさん)の月日があったことで、実力的には問題になることがほとんどなかった。その結果、トントン拍子に昇格していた。


 現在は小仁(しょうにん)階級。上から四番目に相当する。流石にここまで来ると、昇格の基準が相当に厳しくなっている。




 なお、まだ禁術による不死性は裏宰(りさい)上層部に露呈(ろてい)はしていない。だが、これは時間の問題だろう。


 露呈したところで即刻処分される事はないだろうが、幽閉ぐらいは覚悟をするべきかもしれない。


 流石に標本として解剖されることはないだろう。朝廷直下の組織でありながら、禁術士(きんじゅつし)の所業と同じような噂は聞いたことがない。




 そうしたある日、任務がいつもの通りに割り当てられた。


 山奥の廃村に出入りしている禁術士の討伐任務。こういったものは別に珍しくもない。


 ただ、今回は後進の育成も兼ねてか、後輩が一人付いてくることになっていた。




 鬱蒼(うっそう)と茂る山道。殆ど人が入らない影響か獣道すら見つからず、雑草をかき分けながら足を進める。


 強い草の青臭い匂いに包まれながら、後ろで声を上げる人物がいた。


「キイチさん、進むの早いですって」


「先行して危険がないか確認しているんだ。この程度の説明……お前の階級は小信(しょうしん)だったな? 対禁術士の経験は?」


「え? 前に1回だけ」


「その時に同行したのは誰だ?」


「小礼(しょうらい)階級で、名前は……」


「名前は一旦いい。ああ、これだとろくな説明をしていないな」


 俺はため息をつき頭を抱えながら、歩く速度を落とした。少しだけ考えた後、後輩と並んで歩きながら説明を始める。


「禁術士の拠点には罠が張られている事がある。そういった場所に入る際は必ず結界術に長けた人物が先行して、罠の存在を確認し、必要があれば解除する。ここまではいいか?」


「はい、座学でも教えられます」


「ならいい。そしてもう一つ、結界術に長けた者が先行する理由がある。接近を感知されて逃げられないようにする必要がある。そういう類いの結界があった時の対応方法は?」


「解除のようなことはせず、感知条件を調べて抜け道を探す」


「正解だ。止まれ」


 結界の起点がそこにあると判断して、俺はそれが何なのかを確認する。そこにあったのは打ち付けられた楔(くさび)。これを起点に結界が張られているようだ。


 だが、これは相当に古い技術だ。今時楔(くさび)を使った術なんて触れる機会は殆どない。


 幸い、この楔(くさび)は調べもせず解除してきた場合に感知する、いわば偽物の結界だった。


 おそらく力量を測るためのものだろう。それは言い換えれば禁術士側がこちらを試してきているとも言える。これに気付いたとき、どこか気持ち悪さを覚えた。


「偽物の結界なんて、あるんですね」


「正直俺もはじめて見た。理論としては確かにあり得るが……。一応言うが、勝手な行動はするなよ。なんならもう帰ってもいい」


「嫌ですよ。ボクは禁術士を倒したくて裏宰(りさい)に入ったんです」


 後輩のその目は、命をかける者の目だった。それであれば無粋かと感じ、そのまま同行するのを許容する。


 思えば、ここで無理矢理にでも帰すべきだった。


 あのような古い技術で、あんな結界を用意出来る禁術士が、何故分かるように結界を張っていたのか。


 あの結界は、よくよく見ると高度な偽装技術が詰まっていた。普通の技量の呪術士であればただの罠結界だと誤認させるには十分だ。そのまま解いてしまう者も多いだろう。


 あの結界を作れる技量があるならば、結界に穴を開けるような超高等技術を使わなければ感知されるような結界の条件付けも出来たはずだ。


 それであれば、アレとは別に感知できていない結界が存在している可能性もある。当時はそのことに考えが及んでいなかった。




 その廃村には人の気配が一切無かった。本当に人が出入りしているのか疑いたくなる。


「結界の類は結局あれからなかったですね」


「そう、だな。……家を虱潰しに調べる。お前はそっち側を頼む。何かあったら呼んでくれ」


 この場の不自然さを感じながらも、俺たちは二手に分かれて調査を続けた。


 どこを見ても何もない。生活していたような痕跡はあるのに、人だけがそのまま消えたかのよう。




 家の中を調べているとき、外から唐突に現れる気配。ふと聞こえた、何かの息遣いと枝を踏み折る音。


 人の気配ではない。足音から四足歩行だ。


 獣を思わせるそれから、俺は静かに刀を抜いた。


 ここは禁術士の拠点。どんな些細(ささい)な存在でも、警戒が必要だ。


 何かがこちらに近づいてくる。後輩を呼ぶか一瞬迷ったが、この程度であれば一人で対処できる。


 空いた手で落ちていた棒切れを拾い、板戸を少し引く。外の様子を確認するが、近くにはまだ来ていないかと思っていた。


 死角から扉にかけられる指。聞こえてくるのは大きく吐かれるような息遣い。部屋の光が薄くなり、緊張感が走る。板戸の隙間を改めて見ると、複数の目がこちらを覗いていた。


 扉を破り、複数の腕がこちらに手を伸ばす。俺は壁を突き破り、閉所から脱出した。


 広い場所に出たことで、その全貌が明らかになる。


 四足で歩くのは間違っていなかった。頭部には複数の眼球が発現し、口は大きく発達している。肩や首からは歪な形で何本も腕が生えていた。胴体は体毛が異常に増え覆われている。体躯は人よりもかなり大きい。


 その妖怪の胴体を見ると、どこか既視感のある服を着ていた。だが、四つん這いの状態の影響か意匠がよく分からない。


 腕には傷跡がいくつかあり、どこかで見たものと似ている気がした。


 今はそんなことを考える暇はない。そう判断して刀を構える。


 妖怪が叫び声か唸り声かよく分からない声を出しながらこちらに近づく。そのまま複腕をこちらに伸ばすが、俺はそれを掻い潜り、前腕を一本切り落とした。


 妖怪は切り落とされた前腕の代わりに、肩や首からの複腕を伸ばして支えだす。そして、残った前腕をこちらに叩き付けてきた。


 俺は距離を取って回避し、また前腕を切り落とした。


 複腕はこちらに届く距離のはずだが、どうしてか攻撃してこない。


 違和感を覚え観察をしていると、この妖怪は声を出した。


「ギイチ……さん」


 理解が及ばず、思考が一瞬止まる。ただ惑わせる言葉かと思ったが、それにしてはこの妖怪に見覚えのある要素が多い。


 衣類の既視感、腕の傷跡の記憶。あの後輩の面影をどうにも想起させてくる。


「はながらの……ぎがん……」


 そう言って、妖怪の動きは完全に止まった。最後の言葉は『花柄の義眼(ぎがん)』であっているはずだ。


 その言葉には覚えがあった。厄災とも例えられる禁術士。自分が追い求めた存在。


 俺は周囲を探し回った。だが、人影一つ見つけることはなかった。調べ回って見つかったのは、あの妖怪が後輩の成れ果てという情報を補完する証拠だけ。


 おそらく、朽花はあのような外法をずっと繰り返しているのだろう。その毒牙が、今回は後輩に向けられた。


 かつての自分が、禁術を使ってでも追い詰めると考えた理由が分かった。あんな死に様はあってはいけない。こんなもの、人の死に方ではない。




 裏宰(りさい)本部に戻った俺は、事の顛末(てんまつ)を上層部に報告した。


 朽花との接触。それは死と隣り合わせの出来事に等しい。彼らは俺を軽くねぎらい、そのまま帰そうとした。


「嫌です。俺は、朽花と関わるためにこの裏宰(りさい)に来たんだ」


「朽花への接触権限は大徳(だいとく)のみにある。それを知らない訳ではあるまい。

 キミは小仁(しょうにん)だろう? それも異例の早さの昇格だ。このままいけば、そのまま大徳(だいとく)にもなれる可能性はある。

 それでいて、何をそこまで急ぐ?」


 上層部の一人が俺に問う。そう、俺には時間がある。でも、あのようなことが何度も起こされて良い訳がない。


「大徳(だいとく)じゃないと接触を禁じられるのは、朽花の危険性と死亡率の高さが理由、で合っていますよね?」


「大まかにはそうだ。いたずらに人を死なせる訳にはいかない。朽花と遭遇して死なない基準が大徳(だいとく)だと判断している」


「それじゃあ、死んでも戻ってこれるようであれば、特例を与えて貰えますか?」


 上層部の人々が困惑する中、懐から短刀を取り出して鞘を抜いた。護衛が取り押さえようとしてくるが、それよりも早く、俺は迷うことなく自分の首を切り裂いた。


 深い傷を負った影響か、また禁術の犠牲になった人の記憶が頭に流れてくる。不快感と罪悪感、そして吐き気に襲われるが、この人たちの前で無様な様子は見せられないと堪えた。


 流れる血から周囲の人々が困惑の目を向け、戸惑いの声をかける。それに対して、俺は真っ直ぐ上層部の人々を見つめた。


 短刀をその場に落とす。


 錆びた鉄の匂いが周囲に立ち込める。鮮血が床に飛び散る。


 俺は傷を押さえることなく、両膝を地面に突いた。そのまま腰を下ろし、両手を床に付ける。そして、額を地面に強く付け、身体を深く伏せた。


 突然の土下座に、周囲の人々は動揺を隠せない。


 俺は、治りきっていない喉で、ゆっくりと声を出した。


「全部、話す。制限付きでも、いい。俺に特例で、朽花への、接触権限を、ください」


 苦痛に耐えながらの懇願。顔を上げる指示が来るまで、俺は頭を下げ続けた。

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