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犬神歩めば呪いに至る  作者: 白海幽漣
鎌倉時代編
31/52

31.愚か者

 朽花(くちばな)を倒すために何が必要なのか。




 記録されている限り、朽花は数百年活動できる存在だ。

 だから追い詰めるには長い寿命を得る必要がある。




 裏宰(りさい)は大徳(だいとく)以外の接触を禁じている。大徳(だいとく)は小徳(しょうとく)とは一線を画す存在。人の形をした怪物と表現して差し支えない。

 つまり、他を圧倒的に超える強さが必要だ。




 相手は大量の呪術の知識を持っている。初見だと即死しかねない攻撃があるかもしれない。それに対応できるようにするにはどうすればいいのか。

 それなら堪えられるような肉体があればいい。




 何年かけても、どれだけの血を流すことになってもいい。


 どれだけの苦痛に苛まれ地獄を見ることになってもいい。


 俺はどんな手段を取ってでも、朽花を追い詰めて殺すことを考えていた。


 目的のために、俺は禁術の研究に手を出した。


 幸い、研究資料は山のようにあった。様々な禁術士(きんじゅつし)が書き溜めてきた研究の記録。


 俺がやっていることは、父の意図していない許されないことだ。父が知れば殴られる所が腕の一本を切り落とされても文句は言えない。


 でも、俺はそれをやめることはできなかった。止めてしまえば、俺はきっと何も出来なくなるから。




 禁術士の研究は、どれもおぞましいものばかりだった。


 当然のように人や妖怪を使い、蠱毒や生贄のようなこともやっている。


 命の尊厳を一切考えない、禁術士が禁術士たる所以を覗き込んでいた。


 こんな禁術士の研究でも、何の成果も得られなかったものが大半だ。だが、裏を返せば、ちゃんとした成果のある研究もあった。

 手段はともかく、奴らにも何かの目的があったのだろう。結果的に、犠牲者を踏みにじることになったとしても成し遂げたいものがあったのだろう。


 手段を選ばないということは、かつて嫌っていた存在と同じになり得るということ。俺はきっと、かつて研究のために犠牲になった者を踏みにじっている。




 そうして数年が経ったが、どうしてか家臣は辞めていく者はほとんどいなかった。


 親戚も、家の維持のために仕事に今まで以上に努めていた。


 とても頭が上がらない。自分の研究の内容から、彼らの顔を見られない日々が続いていた。




 そんなある日、俺は親戚と家臣全員に大広間に集まるように指示をした。


 彼らは驚くほど素直に集まってくれた。女性も子供もいる。でも、これからの行為に、例外を作る気は当時はなかった。




 彼らの前に立ち、集まってくれた事へ感謝を伝える。


 ここから何かを言おうかと思っていた。だが、その直前に皆の目を見てしまった。何を言われるのかと期待する瞳。それを認識して、考えを改める。今からやることを言葉にすれば、きっと自分は躊躇(ちゅうちょ)する。


 だからこそ、自分は、単刀直入に、要件を伝える。


「すまない、俺はこれから貴方たちを殺す」


 禁術の研究の末に、俺は、キイチという愚か者は、刀を抜く。キイチが何を言い出したのか、理解できずに固まった者が大半であった。


 そして、集まった人を例外なく鏖殺した。




 逃げ出そうとした者もいた。だが、事前に結界を張り逃げ場は塞いでいた。


 抵抗した者もいた。だが、突然の凶行に対応できた者はほんの僅か。その僅かも、キイチを止めることは叶わなかった。




 皆が言う。「何故」と。


 その顔は、戸惑いや悲しみが強い。どうしてか、怒りを示した者はいなかった。


 切り捨てた人全員の顔が、今記憶を見ている自分へ罪だと突きつけてくる。


 切ったときの感覚が手にずっと残っている。自分にかかる血飛沫が、錆びた鉄の臭気を発する。足裏に感じる水気は、足を掴んで離さない無数の手を思わせた。




 この惨劇を見て思う。


 キイチは、屍の山を上らないと到達できないようなものに手を伸ばそうとしている。


 この行為はただの禁術士と何も変わらない。


 何の罪もない者たちを、身勝手な研究のために消費している。


 ただ術を開発するだけならともかく、今は禁術士を倒すために、禁術士と同じ所にまで堕ちている。




 事が終わると、屋敷全体も、自分の全身も鮮血に染まっていた。殺した人数を指折り数えて漏れがないことを確認する。遺体の顔が視界に入ると、反射的に目を逸らしてしまう。


 その後、キイチは手紙をしたためた。術が失敗したときに、何があったのか誰かに伝えるためのものだ。

 筆を持つ手が震えている。少し心が落ち着いたせいか、自分の行動を後悔し始めている。だが、止まることはもう許されない。よれよれの文字になるのを、もう片方の手で押さえながら、使命感で無理矢理筆を進めた。




 そうして大広間に戻ったキイチは、床に血を使って陣を描く。


 キイチはその中央で座り込み、服をはだけた。


 そして、血まみれの刀を心臓にあてがい、数度の深呼吸の後に突き刺した。


 切り裂いた時の熱。そして流れ落ちる血液。徐々に感じてくる寒気。それを感じながら、次第に自分の意識が薄れていく。




 数多の生贄と、自分の命まで使う禁術。


 禁術士の残した資料から論理を組み合わせた、継ぎ接ぎの術。


 成功すれば、生贄の分だけ不死身になり、再生力や生命力を得られるはずであった。


 検証も何もされていない、失敗する可能性だってある。


 なのに、過去のキイチは実行した。


 全ては朽花への復讐のため。




 目覚めたら忘れてしまうことではあるが、改めて思う。


 この愚か者め。

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