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犬神歩めば呪いに至る  作者: 白海幽漣
鎌倉時代編
29/30

29.死の印

 また口に広がっていく血生臭さ。旨味とは別の生理的不快感で吐き戻す。


 自分はまだ人なんじゃないかと少しだけ思っているところがあった。不老長寿でも、人からは外れた存在じゃないと思い込んでいた。


 でも違う。人妖も妖怪だ。私は最早人間じゃない。


 腹の中のもの全て吐き出し尽くした。気分が悪いままだが、もう何も出てこない。


 そうして辛うじて落ち着いた時、背後から足音がした。


「そいつは、死んだのか?」


 振り返ると、重傷を負っていたはずのキイチが立っていた。口からは血を流し、文様は相変わらず身体に表れている。キイチの身体の中からは、耳を塞ぎたくなるような音が聞こえていた。


「それは、大丈夫なの?」


「……だから前に助けはいらなかったと言ったんだ。他の呪術士ならともかく、俺なら問題ない」


 キイチは口元を手のひらで拭う。折れていたはずの腕が、いつの間にか治っていた。


 彼は怪我をしていたと思わせない動きでしゃがみ、男の遺体を見る。キイチの指先は遺体の歯型をなぞり、何かを考え込んだ。


「何があって、こうなった?」


 私は事の 顛末(てんまつ)を話す。何かあるとすれば、やはり私が噛んだことなのだろうか。


 すると、キイチはこちらの口元を掴んで口内の歯を覗いた。時間にして僅か数秒ほどであったが、流石に抗議を入れる。


「その歯で、生き物を噛んだことはあるか?」


「……食い物になる前の生き物に噛んだのは、はじめてだよ」


 キイチの言葉に、戸惑いながらも答える。


 ここから先、聞きたくない話がされる予感がした。でも、聞かなければいけない話でもあると思い、そのまま耳を傾けた。


「そうか、それなら不用意に牙を使うな。その歯型はおそらく誰であれ殺せる。


 犬神(いぬがみ)の伝承には、呪殺された者には犬の歯型が付くという話がある。お前が犬神であれば、歯型が付いたら死ぬことが確定するようになっている可能性がある」


「……なに、それ」


 背筋が凍るような感覚を覚えた。


 想像以上に、自分に宿った呪いの異常さを痛感する。当時から名指しで禁止されるような術であれば、当然だったのかもしれない。


「それでも、戦闘にはまず使えないだろうな。超至近距離で噛み付くなんて、隙が大きすぎて危険極まりない。そんな隙があるような相手なら、今回のような相手でもなければ使う機会はないだろ」


「呪術士に触れられる可能性もある、からね」


「ああ、そういう知識もあったのか」


「恩人が、教えてくれたから」


 話を終えた直後、草をかき分ける音が近づいてきていることに気づく。その方向を見ていると、見知った顔が出てきて 安堵(あんど)を覚えた。


「いや、終わっとんならウチの安否を確認せえよ」


 不機嫌な千歳は私の隣に座る。少し痛むのか腹部を少し抑えていた。


「大丈夫?」


「ああ、何とか防御の結界が間に合ってな。吹き飛ばされはしたけど、一応問題はないで。


 で、何でコイツ生きてんの? あの鐘が直撃したのに?」


 私と千歳はキイチの方を見る。キイチはばつが悪そうに渋そうな顔をしながら、諦めたようにため息をついた。


「これからのことは他言無用で頼む。

 まず、俺には過去の記憶がない。かつての自分が作った術の影響だと推測はしている」


「術作成で失敗でもしたん? まあ、ウチもちょくちょくやらかすけど」


「一応釘はさしておくのと、過去の自分がやったことから言えた口ではないが、勝手な術の開発全般は違法だぞ。今は裏宰(りさい)の一部でしか許可されていない。

 勝手な開発の結果、想定していない動作をする術開発事故が多かった影響で制限されたらしい」


 キイチはこの言葉の後に「妖怪には関係なかったな」とまた訂正を入れた。


 そこから言葉を出そうとするが、キイチの動きが止まる。


 彼は喉元を抑え、口に手をかざす。一度喉に置いた手を頭に移し、目を剥いた。抑えた口元から歯ぎしりが大きく鳴る。堪えるような仕草の直後、キイチは大量の血を吐き出した。


「どうした!?」


 私たちは駆け寄るが、キイチの意識はなく、気絶していた。




◆◆◆




 この日は、日差しが眩しく、風が強い日だった。


 山奥に建てられた屋敷。木々に囲まれた庭の中。何かを打ち合う音が響く。


 庭の中央で、一人の少年が木剣を持って直立している。周囲には同じく木剣を持った男性が四人。彼らは構えながらも少年の隙を伺っていた。


 一人が木剣を振りかぶると、少年が即座にそれに反応して攻撃を防ぐ。


 それにあわせてもう一人も攻撃をしてくるが、少年はそれを避ける。避ける動作とともに最初に攻撃してきた相手の足を払い体勢を崩す。


 三人目の攻撃を木剣の柄頭で受け、鳩尾に掌底を叩き込む。


 四人目は体勢を崩した三人目を盾にし、躊躇ったのを見たところで三人目を押して四人目も倒れさせる。


 二人目がまた攻撃をしたところで、木剣で攻撃を受けてから空いた手で喉元に指を軽く当てた。


 それを最後に、少年は元の直立に戻る。


 他の四人は少年の前に並び立ち、全員があわせてお辞儀をした。


「キイチ様、お見事でございました。流石は次期当主様です」


「実戦だったら呪符も使う。今のようにはいかないよ」


 地方呪術士の次期当主。それが俺、キイチだった。


 ここは、夢の中だろう。眠っているときだけ過去を思い出させ、自分の過ちを見返そうとさせてくる。


 自分が作った術でありながら、何とも嫌な効果が出てしまったものだ。


 こんな効果はきっと、自分は設定をしていない。




 そうして静かな時間が過ぎる中、屋敷周辺に張られた結界からとある人物の帰還を察知する。


 俺はその人物を迎えるために、門へと向かった。




「キイチか。戻ったぞ」


「父上、ご無事で何よりです。それは今回の?」


 戻ってきた父は、懐に箱を抱えていた。札が大量に貼られており、尋常なものではないのは予想が付く。


「今回討伐した禁術士(きんじゅつし)の、研究資料だ」


「今回は少なかったですね」


「単独で小規模だったからな」


 父は、討伐してきた禁術士の研究資料を収集している。


 その量は、書庫の一つを忌庫(きこ)とし、その保管だけに当てるほどになっていた。


 その部屋は厳重に封印され、当主のみが入れるように制限されている。




 父に何故研究資料を処分しないのか聞いたことがある。


『禁術士は決して許してはならない。だが、その研究まで焼き払えば、犠牲になった人が無駄になる』


 そう言われ、実際そういった面があるのは納得できた。


 裏宰(りさい)に渡さないのも、処分されるのが目に見えているからだろう。


 それでも、いくら必要でも、血塗られた研究に触れてしまうことを想像すると忌避感を覚えた。




 忌庫の前で父は鍵を取り出す。


「お前が当主になれば、管理を引き継いで欲しい」


 父は静かにそう告げる。


 そうして父が忌庫に入る直前に、俺は思い出したかのように呼び止めた。


 自分の懐から金属の腕輪を取り出し、父に渡す。


 贔屓の鍛冶屋に作らせ、自前の術をかけたお守りだ。


 父は笑顔を見せ、それをすぐに取り付けた。




 今になって思う。


 こんなもの、渡さなければよかったんだ。




 この屋敷では、規模の割りに家臣が多い。父が禁術士に搾取されていた人物を保護して、働き口として迎え入れたからだ。


 親戚と家臣を含め、この屋敷に50人ほどが暮らしている。




 そうしてまた日が経った。


 今度は、曇り、空気が湿気ている風のない日だった。


 最寄りの村で交流を終え、帰宅する中、見覚えのない男が屋敷の方向から来るのに気付く。


 出で立ちから、呪術士であることはすぐに分かった。


 別にそれ自体は珍しいものではない。取引目的や業務連絡だったり、訪れてくる理由はいくらでもあるだろう。


 その男と、ふと目が合う。


 その片目が、花柄の義眼(ぎがん)であった。

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