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犬神歩めば呪いに至る  作者: 白海幽漣
鎌倉時代編
27/30

27.作戦会議

「いった……」


 千歳が川の水で手の切り傷を洗い流す。ただ切り裂いただけには見えず、えぐられたような形跡になっていた。


 千歳は少しだけ涙目になっている。川から手を出すと、手頃な布で傷を拭き取った。


 川のせせらぎや、差してくる日の光はここが安全だと主張してくる。あの大男が追ってくる気配もなく、警戒心は自然と解けていた。


「何故助けた?」


 そこから離れてキイチが声をかける。彼は刀を納めてこちらの様子を観察していた。声がとげとげしく、私たちへの警戒からか近寄ろうとはしてこない。


「あのままだと死んでいたでしょ」


「助けられなくても倒せた」


「殺されかけたくせに何を言っとんねん」


 腕を組んでキイチはこちらを睨み付ける。そのままため息をつき、(きびす)を返して歩き出した。


「どこへ行くの?」


「決まっているだろ。あの獣頭を始末する」


「それなら私も行く。策でもあれば教えて」


 私が乗り出すと、キイチは刺すような目線を向ける。私はそれに怯むことなく続けた。


「私たちも人妖とは言え元は人。名前を知った仲の相手を見捨てたくはない」


 キイチはしばらく間を置いてから、深いため息をつく。そして、私と千歳を交互に見た。


「お前達はどういう妖怪だ?」


 意図が分からず困惑していると、「協力したいんだろ」とキイチは続ける。


「……ウチはただの狐憑き。真奈は犬神(いぬがみ)やで」


「犬神? ……発生した記録は見たことがないな」


 キイチは考える仕草をする。私は朽花(くちばな)ですら予想していなかったところから発生した人妖だ。やはり、裏宰(りさい)の側にもそういう記録はなかったらしい。


「正確には犬神憑きだった。いつの間にか犬神そのものになった、人妖だよ」


「で、なんでこんなこと聞いたん?」


「妖怪の中には特殊な力を持っている者がいる。お前達の場合だとどうなのか確認したい」


 キイチが見定めるようにこちらを見てくる。『特殊な力』というものに、私は少し動揺してしまう。


 自分の遺体の前に佇む光景。見知らぬ人が自分に跪く。宣戦布告して逃げ出し、川で自分の顔を見てしまう。過去の傷が開いたような感覚に陥っていく。


 気がつくと、私は息が少し荒くなっていた。心音が激しく、目の奥に熱が籠もる。何年も経ち薄れていた感情が蘇ってくる。


 忘れていたんじゃない、封印していたんだ。


 この記憶は、私は絶対に忘れてはいけない。


「ウチはほんまに特に何もないで。得意な術も普通の呪術士が使う結界術や封印術とそう変わらん。真奈は……」


 千歳とキイチがこちらを見る。私は、これを口にしたくはない。自分がやったことを、改めて再認識することになるから。


「自分から言っておいて、協力する気はないのか?」


 キイチからの圧。千歳がなだめようとしたが、私はそれを止めた。


 数度の深呼吸から、私は口を開く。


「今から話す力は、使わない前提で進めて欲しい。大事な、大事なものを失うから」


 振り絞るような、震えた声が出る。身勝手な願いだとは分かっている。それ以上に、私にとっては、この身体を失うことが何よりも恐ろしい。


 私はカンナの肉体を奪ってしまったときの顛末を話した。声が切れ味を持ったかのように、出ていくたびに身体の内を裂いていく。あの時の光景を想起して、無意識に涙が出そうになる。もう二度とこの話はしない、そう誓った。


 息を切らしながら、話を続けてどれくらい経っただろうか。ほんの数分程度の話でまとめたはずなのに、何時間も経ったような感覚に陥る。


 それを聞いたキイチは、静かに続けた。


「……それは、犬神の儀式失敗の呪詛返しだな。

 そもそも、犬神は生贄を必要とする術だ。そういう術は呪詛返しも強くなりやすい。

 それに、妖怪の正体も分からなければ、対策なんて出来ようがない。殺されてはじめて分かる力を持っているのは、極めて稀だから尚更だ」


 その言葉は、私への配慮も入っているように聞こえた。


「犬神の力が呪詛返しだけで終わるのは違和感がある。犬神は誰かを呪い、そして殺す術だ。

 呪詛返しとは別に、そういう力に心当たりはないか?」


 『殺す術』。その言葉が嫌でも耳に残る。自分が人を殺す想像をしてしまい、身の毛がよだつ感覚を覚えた。


「……いや、特にはない」


「分かった。その前提で策を組もうか……」


 キイチはそう言うとそのまま地面に胡座(あぐら)をかく。そのまま地面に落ちている枝を一本拾い上げた。


 私たちもそこに集まり、囲むように座った。




 こうして地面に誰かと何かを書いて話していると、カンナが教えてくれた日々を改めて思い出す。


 カンナとの日々が、ずっと私の中に焼き付いている。今の私には眩しすぎる、平穏な日々。


 あの人の教えを、考えを、私は引き継がないといけない。そのためにも、あの獣頭を倒してこの土地の平穏を保たないといけない。


 手の内が痛み、我に返る。無意識のうちに、私は拳を握りしめていたと気付いた。




 そして、時間が経ち夕刻を過ぎた。


 廃寺(はいじ)への道の真ん中で、千歳が一人歩いている。


 嫌そうな表情をしながらも、大男が目の前に現れるまで、廃寺への歩みを止めることはなかった。

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