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犬神歩めば呪いに至る  作者: 白海幽漣
鎌倉時代編
26/31

26.牛頭馬頭

 息を止める。気付かれてしまうと、どうなるのか分からないから。


 固唾(かたず)を呑む音すらうるさい。心臓の音が相手に聞こえないかと緊張する。


 隠れるので時間が取れず、千歳の結界も張れていない。見つかればただでは済まない。




 被り物の大男は息を荒げながら、廃寺(はいじ)の周辺を歩き回っていた。影に潜みながら過ぎ去るのを待つしか出来ない。鐘を引きずる音が、不協和音のように感じて耳を塞ぎたくなる。




 大男の服は大きく破れ、身体中には戦闘の痕跡が残っていた。いつ頃の物かは分からないが、傷は完全に塞がっている。鐘や丸太は一部赤黒く染まっており、何かを殺しているであろうことは伺えた。




 千歳は私の腕の中で震える。表情は見えないが、いつの間にか取り出した短刀を握りしめていた。




 そうした中、どこかから乾いた音が鳴る。木の枝をいくつか踏み折った、誰かの足音。


 自分たちが鳴らした音かと、背筋が凍り付く。冷や汗が額から流れ、地面に落ちる。


 だが、大男はこちらを見ず、別の方向を見ていた。




 そこにいたのは一人の男性。裏宰(りさい)が持つ最高戦力の一人、大徳(だいとく)のキイチ。刀は既に抜かれ、呪符の束を左手に持つ。静かな殺気を放ち、静かに立っていた。




 それを見つけた大男は方向を上げながらキイチの方向へ走り出す。キイチは冷静に呪符を投げつけると、丸太と鐘に張り付いていった。


 その直後、呪符が一瞬で赤熱し、激しい炎が発生する。


 炎は大男の両手を焼きながら、丸太は瞬く間に炭化していく。鐘も高熱を帯び、普通であれば持ち続けることは不可能だろう。


 強く握りしめたからか、炭化した丸太は手の内で砕かれた。鐘は手の肉を焼きながらも、大男は離すことはない。痛みや熱を感じていないのか。


 大男は武器が壊れた右腕を空振る。キイチはそれを冷静に見極め、足を切り裂こうと刀を振るう。


 太ももの肉を切り裂き、血飛沫が上がる。だが、骨は断てなかったようで、足はまだ繋がっていた。


 キイチが小さく舌打ちする。距離を取り、次の手段を取ろうと懐に手を伸ばす。


 大男は、足の負傷をものともせずキイチへ距離を詰めた。いや、足の傷はもはや塞がっている。大男は、焼け付いた左腕で、鐘を振り回す。


 あの大きさと想定される重量。直撃すれば致命傷になるだろう。


 私は思わず駆け出し、キイチの前に出る。そして、振り回される大男の左腕を蹴り上げて方向を逸らした。私もキイチも無事ではあるが、あまりの怪力に蹴り上げた足に衝撃が残る。


 それに続いて、千歳が自分の手を切って大男に撒く。付着した血の影響か、大男はこちらに足を進めようとしても思うように動いていなさそうだ。


「この術は長く持たん。はよ行くで!」


 千歳の声とともに、私たち三人は走り出した。策を練るためにも、この場から離れないといけない。


 背後の咆哮が、妙に耳にこびりついた。

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