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犬神歩めば呪いに至る  作者: 白海幽漣
鎌倉時代編
22/23

22.情報交換

 全てが終わったとき、血の海が広がっていた。大抵は呪術士が切り伏せた事による出血によるものだ。


 朽花(くちばな)の実験体を数えると20にも及んだ。今はどれも地面に横たわり、物言わぬ状態となっている。


 呪術士は血にまみれた刀を持ちながら佇んでいた。新手がいないか確認しているのか、はたまた私たちを警戒しているのか。彼が動かないことで、私たちも同時に動けない状態が続いた。


 そうして、呪術士が刀を持ち替える。この動きに私たちは警戒を強めたが、次の行動に拍子抜けしてしまう。


 彼は、拭い布を懐から取り出し、刀の血を拭き取ると、そのまま鞘に収めた。そのまま両手を空けてこちらに向いて近づいてくる。


「本当に攻撃はしてこないんだ?」


「そういう約束だろう?」


 呪術士は腕を組む。静かに私を見据え、そのまま言葉を続ける。


「そもそも、最初の戦闘でお前に殺気が感じ取れなかった。妖怪が呪術士と戦うのは生きるか死ぬかの場面だ。いくら人妖でも、そんなことを考える余裕がないはずなのに、お前はそうじゃなかった」


 確かに、私に彼を殺す気はなかった。カンナであれば、殺さないからだ。カンナが守りたい弱者を守る存在として、私には殺意を抱くことは出来なかった。


 それに、裏宰(りさい)の呪術士は人間側の治安を守る側の存在。私たち妖怪を排除対象として認識してくるのは仕方の無いことだ。


「極めつけに、朽花の実験体に囲まれた時、お前たちは逃げなかった。俺が体勢を崩していて絶好の逃げる機会であったのに、実験体を倒すことを優先した。俺に追撃もできたのに、それをやらなかった。

 そして、朽花に対して何かありそうな台詞を吐いた。被害者、というのであれば、こちらが知り得ない情報を持っている可能性がある。奴の被害者で、生き残って且つまともに喋れる状態の輩なんぞ、そういない。

 だから一旦、退治の優先度を落とすことにした」


 呪術士は静かに腰を下ろす。それを見た私たちは一旦警戒を緩め、同じく腰を落ち着けることにした。


裏宰(りさい)の呪術士、それも最上位の大徳(だいとく)様が、ウチらに何を聞きたいん?」


 千歳は呪術士を見ながら少し眉間に皺を寄せる。一方で手のひらを私に向け、まるで自分に任せろと伝えているかのようだった。私は千歳を信頼し、この場では控えておくことを決めた。


「朽花についての情報を可能な限り全て、と言いたいところなんだがな。こっちも忙しい。簡潔に経緯をまとめろ」


「そこはお願いやないん?」


「立場が分かっていないようであれば言っておくが、見逃されているという認識を忘れるな」


 千歳の発言に呪術士は鋭い目つきになり、低い声で釘を刺す。私には、殺気がなくただの脅しに見えた。


 千歳は「おーこわ」と言いながら、その割には怖がっていないような素振りで経緯を話し始める。


 私と朽花の話。朽花の実験の数々。私が朽花を追う理由と、連れ去られたナズナを探していること。ざっくりとした内容ではあったが、簡潔に呪術士へ情報は伝えられた。


 この話の中で、千歳は朽花の本体が呪物であることは話すことがなかった。忘れていたのか、意図的なのか。これは後で確認することにしよう。


 話が終わると、呪術士は顎を手でさすり、考え込むような仕草をする。


「ひとまず、一度本部に戻ったら詳細は精査する。今のところ白髪の少女について情報は無いが、気には留めておこう」


「朽花の情報を知りたいって、裏宰(りさい)からの任務か何かなんか?」


 その言葉に反応して、呪術士はこちらを睨み付けてくる。空気がピリピリと緊張感に満ち、沈黙と緊張が続く。千歳が少し冷や汗をかき、私は唾を飲み込む。この状況を解いたのは呪術士の方だった。


「……状況的に露骨すぎるか。否定はしない。……折角の機会だ。何か一つだけ、質問に答える」


「それって何でもええん?」


裏宰(りさい)の機密は流石に話せないぞ」


「ま、それもそうか」


 その言葉を機に、「ちょっと待ってな」と言った千歳は、私の頭を掴んで背後に持っていく。強引な行為に少し驚いたが、千歳はひそひそと相談を持ちかける。


「なあ、質問に答えるって言っておきながら、ウチらのこと探る気やと思うで」


 言われて初めて気付く。私たちが知りたい情報となると、私たちが求めるものにも繋がる。下手なことを聞けば、信用を落として警戒されるだろう。


裏宰(りさい)の話はどうせ答えてくれないだろうから、今役に立ちそうな情報でも聞く?」


「せやな……。すぐ思いついたんは呪術士が人妖をどうやって見分けているかやけど、多分答えへんやろうな」


 呪術士はどういった手段を使っているのか不明だが、人と人妖を見分ける手段を持っていた。カンナであれば教えてくれた可能性もあるが、当時は教えられることはなかった。多分、私単体だとどうしようもない要素なのかもしれない。


「そうだね。……そういえばさ、次の目的地の篠坂(しのさか)領ってここを北だったよね?」


「あ? そうやな、北って聞いたわ」


「でも前の村で聞いた人、結構なお年寄りだったよね。これまでにも何度か人に聞いた情報が間違えていたこともあるし、精査しておいてもいいと思うんだけど」


 朽花を追っていく上で、人づてに場所を聞くことは何度もあった。それで、聞いた情報が間違いで、あらぬ方向へ向かってしまったことは一度や二度では済まない。その影響で年単位の時間を無駄にしたことだってある。


「あー……全然ちゃう村に着いたこと何度もあるもんな……」


 千歳も流石に思い返して渋い顔をする。


 たった二人で、ろくな情報網もなし。それで長期間潜伏する相手を探すというのが、そもそも無茶だ。そんなことを続けてきたが故に、道を間違えるようなことには嫌気が刺している。


 呪術士にそれを聞くと、拍子抜けされたのと、少し考え込むような仕草を見せた。


篠坂(しのさか)領であれば、ここをそのまま北上すればいい。山奥に猟師や炭焼きの村がある。そこから更に北上すれば下山できて、農村が出てくる。方向がズレると猟師たちの村を通り過ぎるかもしれないが、それでも農村には問題なく着けるだろう。……一応確認だが、篠坂(しのさか)領で何をするつもりだ?」


「みなまで言わんでも分かるやろ? ウチらは朽花を追っている。別に、篠坂(しのさか)領で悪さする気なんてないで。何もなければ、また一からあいつを探すだけや」


 しばらくの沈黙。呪術士の目線に圧を感じる。生唾を飲み込むのも難しく感じる緊張の中、呪術士は圧を切り、立ち上がった。


「一旦、信用する。人を喰っているかのような血の臭いも薄いからな。

 ここの遺体はそのままにしておけ。後日裏宰(りさい)の者が詳細を調査しに来る。追跡されても面倒だろ」


「信用してくれたのはありがたい。よければ、名前を聞いてもいい? 私は真奈。こっちは千歳」


 呪術士を呼び止める。私の発言に、千歳は「なにやっとんねん」と裾を引く。呪術士は一瞬固まり、静かにこちらを向いた。


 呪術士に名前を聞くのは少し不味かったかもしれない。少し後悔をしながら、彼の様子を注視していると、静かに一言だけ残した。


「……キイチ」


 それだけを伝えると、キイチは振り向くことも無く、この場から立ち去った。


 その場を支配していた緊張感は完全に解け、私たちは同時にため息をつく。


「真奈、名前聞く必要なんかあったんか?」


「まあ、次に会ったときは敵かもしれないけどさ。ちょっと、カンナを思い出したから、つい」


 キイチの真面目さと、人を襲っていないと判断したことで私たちを見逃したこと。カンナが私を殺さなかったときも、そんな感じのやり取りがあった。


 きっと彼は、私たちが人喰いであれば、私たちから情報を取ったらさっさと殺していただろう。


 呪術士は厳格な者が多い。妖怪であれば大抵問答無用で殺しに来る。私たちは所詮害獣と同じ分類だから。


 それでいて、妖怪を人喰いじゃなさそうという理由で見逃すカンナやキイチはかなり異端だ。


 千歳はそれを聞き、「あー、そう……か?」とちょっとしっくりきていなさそうな反応をされた。


◆◆◆


 あの人妖たちは、相当な変わり者に見えた。


 朽花を追うのは、自分から死地に向かうのと同義だ。現在の裏宰(りさい)ではそう認識されている。


 今は朽花との接触は大徳(だいとく)階級のみに制限されている。純粋な戦闘能力と呪術に関する知識がなければ、無駄に人が死ぬからだ。


 それを、たった二人で追っている。無謀で、愚かで、強烈な信念がなければ到底できない選択。


 人から妖怪になると、衝動に支配される傾向にあると聞いたことがある。だが、彼女たちからは理性を強く感じ取れた。衝動すら飲み込むほどの体験があるのか、元からそんな衝動がなかったのか。


 本来であれば殺すべきなのだろうが、人喰いにある特徴的な血の臭いもなく、そんな気になれなかった。


 いつの間にか日は傾き、空は赤みを帯びている。


 風が肌寒く、京の裏宰(りさい)本部がいかに暖かかったか痛感する。


 ここで、やるべきことを一つ思い出した。


 懐から巻物を取り出して開く。これに書かれた一文を改めて読む。


 それは、あの廃村の調査に関する記載。不審な人物が集まっているという村に関する、調査任務の内容だ。


 本来であればもう少し調べるべきであったのだが、それは次の任務の帰り道でやっておこう。


 人差し指を噛み切り、錆びた鉄の味が口に広がる。皮膚が大きく裂け、血が滲んだ指。痛みはあれど、この程度は慣れてしまった。赤く染まった指で、廃村の記載に対して軽く線を引く。最低限の確認を済ませたという、目印だ。


 廃村の隣の一文を読む。それは、篠坂(しのさか)領にある廃寺(はいじ)での妖怪の目撃情報だ。これは、自分とは別に調査に入った大仁(だいにん)階級が戻ってきていないという話を聞いていた。


 大仁(だいにん)階級は決して弱くはない。裏宰(りさい)の階級で言えば上から3番目だ。全部で12ある階級から考えれば上澄みも上澄み。それが助けを呼べることもなく死んだという可能性。大徳(だいとく)に調査任務が割り当てられるのも納得だ。


 思えば、あの人妖たちは篠坂(しのさか)領に関する情報を欲しがっていた。彼女たちの話しぶりから、篠坂(しのさか)領に朽花と繋がりがある可能性がある。


 朽花との接触が発生すれば、この任務は只では済まない。


 脳裏に浮かぶ、一つの情景。異形となった死に体の仲間。彼の最後の言葉。『花柄の義眼(ぎがん)』。確かにそう言った。


 同じ裏宰(りさい)の呪術士で、たまたま一緒に任務に就くことになっただけの関係。仲間の死は何度も見たことがある。だが、あそこまで異常な死に様は、類を見ない。


 朽花は放っておいていい存在ではない。かつての自分もそう認識したから、あんな術を使って、今の身体になったはずだ。


「やっと、奴と対峙できるのか」


 そう呟きながら自分の手を見る。




 噛み切ったはずの人差し指の傷は、いつの間にか跡形も無く塞がっていた。

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