21.私たちも妖怪
大徳の呪術士は、刀に付いた血を拭うこと無く私たちに近づく。
「……人妖が2体。奴の実験も、そこまで進んだのか」
呪術士は私たちを見て、眉間に皺を寄せながら、静かに刀を構えた。
周囲を覆うような粘ついた殺気。それに反応し、私は思わず義手の方を構え防御に徹する。
その瞬間、義手が斬撃を妨げた。木と金属がぶつかったとは思えない鈍い音。千歳の術が無ければ、きっと私はもう既に真っ二つだろう。
千歳の結界術には信頼を置いている。彼女の術であれば、傷なんて付かないと過信していたところはあった。だが、今回その認識が覆る。呪術士の斬撃を完全に防ぐことはかなわず、刃が義手に食い込んでいた。
呪術士が義手を見て一瞬何かを考えた隙に、私は呪術士の腹部を蹴り上げて距離を開ける。
普通の人間であれば悶絶するような衝撃。だが、呪術士は何もなかったかのように平然としている。
「……千歳、なるべく早く解除をお願い。時間稼ぎが、長く持つ自信が無い」
千歳が「もう手を付けとる」と言ったのが聞こえた。私の目線は呪術士の方から離せない。目を逸らせば、それだけで死に繋がる予感がした。
「……結界術を扱える妖狐と、義手を持つ正体不明の人妖。本来なら妖狐を優先するべき。……だが、お前を無視するのは難しそうだな」
呪術士の言葉を聞き、私は少しだけ笑みを作った。千歳に戦闘能力は無い。その攻撃が私の方に向くのであれば、それに越したことはない。無傷とはいかないまでも、少しの時間防ぐだけならなんとかなる見込みであった。
呪術士の攻撃は苛烈なものであった。戦いをなるべく避ける私たちとは違い、戦場に踏み込み続けた者の経験値の差。数手防いで、私はこの大徳の呪術士に勝てる姿を想像できなかった。
時折使われる呪符を避けながら、斬撃は義手で受ける。呪符による炎や爆発は、なるべく千歳の邪魔にならないように誘導した。ほとんど傷の無かった義手は、刀の斬撃でどんどんと削られていく。私の毛や服が少し焼け、あちこちの皮膚に切り傷ができた。血が滲むと同時に熱を帯びる。
朽花と戦った時は、先読みから来る攻撃を、反射神経でなんとか避ける感じだった。だが、今回の相手は朽花とは違い手数が多い。懐に入って攻撃ができるような隙が無い。
人狼の姿になれば、直接攻撃出来る可能性は上がるか? でも、あの姿になると、カンナの肉体を穢したような感覚になる。それに、あの姿から元に戻ると、身体に少し獣の状態が残っている。使い過ぎると、きっとまた人狼から戻れなくなる。
そう考えあぐねていると、周囲の空間からピキッっと音が響いた。
空間に入る亀裂。結界の破壊の兆候。千歳が、間に合った。
呪術士の舌打ち。彼が新たに呪符を取り出そうとしたところで、胸を蹴り飛ばす。
呪術士が倒れたところで、薄氷が割れるように結界が完全に破壊される。それと同時に私は千歳の手を取り逃げようとした。
だが、こちらを見る気配に気付き、私の足は止まる。
結界の周囲に、先ほどの虫人間が、十数体ほど取り囲んでいた。
「朽花、村人全員を実験体にしたのか……!? 」
よく考えれば当然の帰結ではあった。朽花は死体の処理が雑だ。死体に群がる虫も実験に使うことがあるからだ。なのに、この地の死体の死臭が薄すぎることに、私は気付いていなかった。村の地面に骨一本落ちていないことに何故違和感を持たなかったのか。
このまま放置すれば、近場にやってきた人々に被害が及ぶ。このまま逃げてしまえばよかったはずなのだが、普段の癖で足を止めて戦闘態勢を取ってしまう。そうして逃げ出す目的を一瞬忘れていると、背後から呪術士が困惑した声を出す。
「……ちょっと待て。何故こいつらと対峙する? お前たちは、朽花の何かじゃないのか?」
「あ? ああ、ウチらは朽花の被害者側やで。あんな奴と共謀するなんて虫唾が走るわ」
呪術士の言葉に千歳が不機嫌に反発する。それを真に受けたのかは分からないが、呪術士は一瞬考え込む仕草を見せた。そして、彼は口を開く。
「この虫たちを始末したら、お前たちに確認したいことがある」
「殺さないことを約束するなら待つよ」
「真奈、それは楽観的すぎんか?」
彼の言葉に私は迷わず答える。だが、罠を疑わない回答に流石に千歳が釘を刺した。確かに迂闊だったかもしれない。ほんの少しの沈黙の後、呪術士は答える。
「ああ、約束する。今から一晩、お前たちに攻撃的な干渉はしない」
あまりにも好条件な約束。千歳の言葉もあって少し警戒心を抱いたが、今は優先するべきことではないと考えるのを後にすることにした。
「千歳、自分の身は守れる?」
「当然。何年結界を扱っていると思ってんねん」
千歳との軽いやり取り。疑ってる訳じゃない。むしろ信頼しているからこその軽口だ。
対して、呪術士とは言葉も顔も合わせない。ただ、自然と背を預けあい、周囲の虫人間に意識を向ける。
ここから始まったのは、一方的な駆除であった。




