十四時間目
「あなた、鏡で自分の顔をご覧になったことがあって?」
「え?」
相手の男子がきょとんとする。
伊集院雨理は嘆息した。家ではアメリーと呼ばれている。
彼女の所作はすべてが洗練され、ため息さえも美しかった。
雨理はフランス人の母をもつハーフである。つやつやしたブロンドの髪に、青い宝石のような瞳、すらっとした身体。完全無欠の美少女だ。
告白された数は、10や20ではきかない。
フッた数も、10や20ではきかない。
雨理は髪をかきあげようとして失敗した。「いらっしゃーい」みたいな格好になってしまった。
ひとつ咳払いをして言う。
「出直してきなさい。わたくしの理想はとても高いの。というかわたくしも高嶺の花だし。それに見合うくらいの男の子でなければ、この伊集院雨理の伴侶にはなれないわ」
小学生の発言としてはいささか問題があるようにも思えたが、雨理は立ちつくす男子を一瞥し、体育館裏から去っていった。
彼女は黙って笑っていれば間違いなく学校1のアイドルだ。
しかし毒舌の申し子みたいな性格と、しょっちゅう怒っているせいで、残念なアイドルとの呼び声も高かった。
***
お昼休み。
机に頬杖をつき、ぼーっとしていた真琴に美咲が話しかけてきた。
「給食残すなんて珍しいね」
「ダイエット中なの」
無理して笑う親友の頭を、美咲は撫でた。
「なに?」
「なんとなく」
「……変なの」
今朝、4足目が盗まれていた。
クラスメートも流石に真琴の異変に気付き始めたようだ。
(そりゃそうよね。ほぼ毎日スリッパと上履き履き替えてるんだから)
そこかしこから無遠慮に投げつけられる好奇の視線に真琴が足をもじもじさせていると、スリッパが脱げてしまった。
美咲は真琴を抱きしめてやりたかったが、周囲の目があるので出来なかった。
「ん、ちょっとごめん」
ポケットの中の携帯がぶるっと鳴った。メールだ。
美咲はメール内容を確認すると、びっくりしたように目を見開いた。
「どしたの?」
「ううん、なんでもない。えへへ」
真琴が聞くと、美咲はまるで悩み事が解決したような、そんな笑顔を浮かべた。
真琴は首をかしげた。
***
放課後。
お小遣いの残りを心配していた真琴の下駄箱に、上履きが戻っていた。
「あれ」
思わず声に出すと、隣で美咲が喜んだ。
「上履き戻ってよかったね、マコっちゃん」
「うん、でも……どうしてだろ」
犯人の気まぐれなのか、反省したのか、それとも別の理由からなのか。
スリッパを脱ぎ上履きを履くと、しっかり足にフィットした。かかと部分に書かれている名前も自分のものだ。
「解決したらしいよ」
「なにが?」
「この盗難事件。明日の放課後、真相を話すって」
「……誰がそう言ってるの?盗んだ子?」
「ううん、朝野くんが。犯人も連れてくるって」
「それ、どういうこと?」
美咲がこれまでの経緯を説明すると、真琴はカッとなって怒った。
「誰にも言わないでって言ったのに、なんでバラしちゃったのっ」
「――怒らないで、お願い……私、これ以上マコっちゃんが被害に遭うの、見たくなかったんだもん……」
美咲は涙ぐんでいた。真琴とケンカをしても、滅多に泣かない美咲が。
「…………行こ。ここ、人来るから」
真琴の声に頷き、美咲は洟をすすりながら靴に履き替えた。
校庭を抜け校門を出て、帰り道を歩く。15分以上も二人は無言だった。
足元を見ながら歩いていた真琴は、ちらりと美咲の様子を伺った。
(うわ、まじ泣き)
美咲は顔をくしゃくしゃにして、しゃくり上げ、洟をすすり、ぽろぽろ涙をこぼしていた。
とんでもなく悪いことをしてしまったような罪悪感に駆られ、真琴はハンカチを差し出した。
「顔、拭きなさいよ。色々台無しだから」
「……ぐしゅ……ありがとう」
ごしごしと顔を拭き、えらいことになってしまったハンカチに申し訳なさそうな顔をする美咲を真琴は笑った。
「美咲が泣くの久しぶりに見た」
「……お願い、みんなには言わないで」
「どうしようかなあ。あたしはバラされちゃったしな~」
「マコっちゃん、いじわる……」
「あはは、ごめん。あと、あたしのためにありがとね」
「私はなにも……朝野くんのおかげだよ」
「ううん、美咲がアイツに言ってくれなかったら、あたし、ずっと我慢してたと思うから」
助けてくれてありがとうと言うと、美咲はまた泣き、それから笑ったのだった。




