十二時間目
「朝野くんに強力なライバル出現!」
「顔もスタイルも勉強も人望も劣る朝野くんに果たして勝ち目はあるのか!?」
「マコっちゃんの運命やいかに~」
真琴の家に遊びにきたいつものメンバーは口々に好き勝手を言った。
「あんたたち、バレンタインが終わったと思ったら……」
真琴はこめかみのあたりを指でおさえた。
かしましい三人娘はきゃっきゃと楽しそうである。
「だって、伊集院さんからの告白断ったらしいじゃん九条くん」
「伊集院さんといえば超お嬢様で、せっかくきれいなのに『わたくしに相応しいのは九条くんただひとりですわ。庶民には興味ありませんことよ』なんて公言してたもんだから、嫌ってる子も多かったんだよね」
「だからって、九条くんがあたしを好きな理由にはならないでしょ?」
「甘いな~マコっちゃん」
真琴の手作りケーキをぱくつきながら美咲は言った。
「九条くんのマコっちゃんを見る目、あれは間違いなく恋する男の子の目だったよ」
「あれはぱんつに見とれてただけじゃない?」
「あははは。朝野くんのスカートめくり鮮やかだったもんね♪」
「………」
真琴がおやつを取り上げると、三人は途端にうるうるした。
「ひどいよマコっちゃああん」
「もうぱんつの話題は出しませんからああ」
「笑ってごめんなさいでしたっ」
「お黙り」
ぷいとそっぽを向き、真琴は窓の外を見た。
夕日に染まる学校が遠くに見える。ここから見ると、すごく小さい。
(九条くん、今までそれらしい素振りなんてなかったんだけどな)
寿人は2年生のころ転校してきた。顔をみて最初は女の子だと思った。そんな第一印象も手伝って、いまでも他の男の子とはすこし違う感じがする。仲はいいほうだ。
そんな彼が、自分を好きかもしれない。
仮にもしそうだとしたら、どうなのだろう。うれしいのだろうか?光栄ではあるけど。彼は非の打ち所がないような男の子なわけだし。まあ、この際スカートめくりの件は忘れてあげるべきか。
「ねえ、質問。あたしを好きになる要素なんてどこにあるの?」
「うわ、聞きましたかユキちゃん?」
「聞きました恭子ちゃん。自覚してない中村さんは結構隅に置けないね。美咲ちゃんお願いしますっ」
「マコっちゃんはね~。一見気が強そうでとっつきにくいんだけど、家庭科の時間にみせる甲斐甲斐しさとか、人を見かけで判断しないところとか、最近だとスカートめくりされてマコっちゃんが怒った時、九条くん気を落としちゃってたのわかる?あそこですかさずマコっちゃんが入れたフォローとか。あれ、普通の男の子ならころっといっちゃうと思う」
おおー、と美咲の分析に感心した様子の恭子とユキが拍手した。
「そういうものなの?」
「そういうものだよ~」
たしかに予想以上にしゅんとしてしまった彼を見てたらなんだかかわいそうになって、フォローした記憶はある。美咲にいわせると「母性本能が働いた」そうだが、よくわからない。
思わせぶりな態度を取ってしまったのかなと、真琴は不安を漏らした。
「心配する必要ないと思うよ~」
「どうして不安なの?相手はあの九条くんだよ?」
「中村さんは朝野くんのことが気になってるんだよね」
真琴は肯定も否定もできなかった。
***
事件はその翌日に起きた。
「マコっちゃんおはよ~」
「美咲、おはよ」
朝。
校舎の玄関で真琴は美咲と挨拶を交わした。
そこまではいつもの日常風景だった。
「あれ?」
「どうしたのマコっちゃん」
「上履き、なくなってる」
「え?」
驚いた美咲も真琴の下駄箱の中を確かめるが、無い。
美咲は眉根をひそめ、
「マコっちゃん、これ、盗難だよ。職員室行って先生に言おう?」
「誰かが間違えただけじゃない?」
「でも、それなら間違えた人の靴が入ってるはずでしょ?下駄箱の中、空っぽなんだよ?」
たしかに美咲の言う通りだ。しかし真琴は盗難といわれてもまるっきり実感が沸かなかった。
そもそも誰かに恨みを買うような覚えはない。だから真琴は呑気に笑った。
「まあ、帰りには戻ってるって。今日はスリッパ借りるから大丈夫。美咲は心配し過ぎなのよ、あははは」
だが、それは大きな間違いだった。
***
「椎名、どうしてあいつスリッパなんか履いてんの?」
授業の合間の休み時間、夕吾は美咲に尋ねた。
スカートめくりの罰なのか、真琴に直接聞いても「すけべ」としか答えてもらえなかったからだ。代わりに寿人に聞いてもらいたかったが、彼は朝から体調が優れないらしく保健室で横になっている。保健委員の特権だなあと、羨ましくもある。
美咲はなぜか考えるような仕草をしてから答えた。
「ええと……洗濯、してるらしいよ。そう、洗濯っ」
「ふうん、そうなのか。やっぱ女子ってきれい好きなんだなー。おれの上履きなんて数年間洗っていないというのに」
「それはいますぐ廃棄にしたほうが……」
「ですよね」
夕吾との会話を終えたあと、美咲は真琴の席に行き、小さく耳打ちした。
「朝野くん、心配してくれてるよ」
同時に、真琴への小さな非難でもある。真琴は今朝のことを秘密にするよう美咲に念を押していたからだ。
「だから、今朝のことは何かの間違いだって。なのに余計な心配されて騒ぎを大きくしたくないの」
「……わかった」
反論したかったが、またケンカになってしまいそうな気がして美咲は食い下がった。
もし次になにかあったらちゃんと言うからねと保険をかけて。
そして、放課後になった。
真琴は帰り支度を終えると、夕吾と話している寿人に声をかけた。
「九条くん、体調大丈夫?」
「中村さん、うん、ありがとう」
寿人ははにかんだ。
「イタタタ、首イタタタタ」
これ見よがしに真琴に回し蹴りされた首をおさえ苦しみ出す夕吾には、
「すけべ」
と突き放し、真琴は寿人に手を振って教室を出て行った。
廊下側に貼られた絵画を眺めていた美咲に「おまたせ」といって二人で階段を下りる。
「さーて、どうかな」
玄関に到着。
自分の下駄箱の前に立ち、真琴はわざと明るく言った。
不安げな眼差しで見守る美咲に、
「そんな顔しないでよ。じゃあ、開けるね」
下駄箱を開ける。上履きは、戻っていなかった。
美咲は泣きそうな顔になった。
「ほら……やっぱり先生に言おうよ」
「で、でも、まだ間違えて履いてった子が残ってるだけかもしれないし、仮に盗難だったとしても、靴は残ってるんだからそこまで凶悪な犯人ではないってことじゃない?」
戸惑いはある。けれど、事件にしたくない気持ちが強かった。
「あたしは誰かに恨まれてます」って、公言するようなものだから。だから、曖昧なまま収束してくれたほうが、臆病かもしれないけど、自分にとっては都合が良かった。誰かの悪意を、認めるのが怖かったから。
「美咲、今日は帰ろ?あたし、お母さんに買い物頼まれて――なんだろコレ」
靴の下にメモらしき紙片が置いてあった。手にとってそこに書かれていた内容を読んだ真琴は青ざめた。
「どしたの、マコっちゃ……ん」
怪訝に思った美咲もメモを見て凍りつく。
メモには「死ね」と書かれていた。ハッキリとした悪意を、真琴に向けて。




