もう一度伺いますわ
数日後、ローゼンバーグ公爵家の広大な邸宅。
その厨房からは、信じられないほど芳醇で、食欲をそそる香りが漂っていました。
香ばしいハーブ、じっくりと煮込まれた黄金色のスープ。
そのテーブルを囲んでいるのは、エレナと……そして見違えるほど血色が良くなり、輝くような美貌を持った青年です。
「本当に……君のスープは奇跡だ、エレナ。これを飲むと、体中に満ちて温かくなるのを感じるよ」
「ふふ、ユリウス様。お気に召していただけて光栄ですわ。今日は少し、滋養強壮に良いハーブを多めに使ってみましたの」
隣国の王太子、ユリウス様。
彼は私が王宮を去ったと知るや否や、光の速さで我が公爵家を訪れ、私を「国賓」として、いや、それ以上の情熱をもって迎え入れてくれました。
今や彼は、私の料理の一番のファンであり、私個人を心から大切にしてくれる、かけがえのない存在です。
そこへ、ドタドタと無作法な足音が響き、扉が勢いよく開かれました。
「エレナっ! 探したぞ!!」
現れたのは、かつての婚約者ミゼル……しかし、その姿は哀れなものでした。
頬はこけ、見る影もなくやつれ果てています。
「あら、ミゼル様。公爵家に許可なく押し入るなんて、相変わらず無作法なことですわね」
「うるさい! エレナ、お前に命令だ……今すぐ王宮に戻り、あのスープを作れっ!お前が作ったものなら、食べてやってもいい! ほら、婚約破棄は『なかったこと』にしてやる!だから早くそのスープを私に……!」
物乞いのように手を伸ばすミゼル様。
その視線は、テーブルの上のスープに釘付けになっています。
その姿に私は心底、軽蔑の眼差しを向けました。
「婚約破棄を……なかったことに、ですって?」
私はゆっくりと立ち上がり、静かに扇子を広げました。
そして、冷ややかな微笑みを浮かべて告げたのです。
「くすくす……。婚約破棄をやめる、ですって? くす、うふふふ!」
「もう一度伺いますわ」
「な、何がおかしい!」
「だから……婚約破棄はやめてやる!」
「私が、あなたのような『自分の婚約者の価値も分からず、他人の努力を貪り、挙句に他の令嬢と浮気をして私を侮辱した愚か者』の元へ戻ると、本気で思っていらっしゃるの?」
「なっ……! お前、立場をわきまえろっ!!」
「立場をわきまえるべきは、そちらです、第一王子殿下」
鋭い声が響きました。
ユリウス様が、私をかばうように前に立ちます。
その圧倒的な覇気と威厳に、ミゼル様は一歩後ずさりました。
「ユリ、ウス……王太子……!?なぜお前がここに……」
「私の命の恩人でもあり、最も愛しい女性であるエレナに、我が国への移住と、私との正式な婚約を申し込んでいる最中だ。貴様のような、彼女の価値を泥にまみれさせた愚者に、指一本触れさせるつもりはない!!」
「そんな……! しかし、エレナは私の婚約者で……!」
「それはあなたが、あの夜会で『破棄』されたのでしょう?」
私は扇子をパチンと閉じ、冷徹に言い放ちます。
「今度は私から、決定的なお返事を差し上げますわ!――婚約破棄、喜んで『こちらから』正式にお受けいたします。どうぞ、お可愛らしいフローラ様と、そのお腹に優しくないお菓子と共に、破滅の道を歩んでくださいませ!」
「う、嘘だ……エレナ!まて……頼むっ、許してくれえぇぇ!」
這いつくばって叫ぶミゼル様は、公爵家の衛兵たちによって、惨めにも引きずり出されていきました。
聞けば、彼は偏食が治らず完全に健康を害し、さらに隣国との関係悪化の責任を問われ、王位継承権を剥奪されて地方の領地へ幽閉されることが決まったそうです。
フローラ様も、そんな彼を見捨てて、別の貴族の元へ逃げ出したとか。
♢♢♢♢♢♢♢♢
「さあ、エレナ。冷めないうちに、君の美味しいスープの続きをいただこう」
「それから……さっきのプロポーズの続きも。僕はこれから一生、君の作る料理を味わいたいんだ。僕の奥さんになってくれないか?」
いつもは冷静で完璧なユリウス様が、耳を赤くして、私の手をそっと包み込んできます。
その真剣な眼差しが嬉しくて、私は少し悪戯っぽく小首をかしげました。
「ふふ、ユリウス様。もう一度伺いますわ」
「ああ、君が頷いてくれるまで何度だって言うさ。エレナ、僕の生涯をかけて君を愛し、幸せにすると誓う。だから僕と結婚してほしい」
真っ直ぐで熱い言葉に、今度は私のほうが顔を赤く染める番でした。
「ええ、喜んで、ユリウス様。私の料理は−−いえ、私のすべては、本当に私を見て……必要としてくれる、貴方の為にありますから」
私たちは仲良く一緒に、スープを口に運びました。
−−口いっぱいに広がるのは、温かくて……とっても優しい…………最高の幸せでした♡




