地獄の食卓と、王子の葛藤
エレナが王宮を去ってから、わずか3日。
王子ミゼルの前に並べられた朝食は、彼の大好きなソースたっぷりのローストビーフと、色鮮やかなケーキでした。
新しく婚約者候補となったフローラが、お抱えの料理人達と作ったものです。
「さあ、ミゼル様!あなたの好きなものだけで作った、最高の朝食ですわ」
「おお、素晴らしい!エレナのクソ真面目な料理とは大違いだ!」
ミゼルは勢いよく肉を口に運びました。
続けてケーキを満足そうに食べるも、彼の顔が妙に引きつります。
脂っこい肉と暴力的な甘みが、彼の繊細すぎる胃を一瞬で直撃したのです。
「うぐっ……!?」
「どうされました、ミゼル様?」
「い、いや……少し胃が……。すまない、いつもの『スープ』を頼む。あの、口当たりが優しくて、飲むと一瞬で胃痛が消える、あの特製スープを……」
ミゼルは青い顔で執事に命じました。
しかし、執事は冷や汗を流しながら、困惑した顔で首を横に振るばかりです。
「それが、殿下……。あのお夜食を作っていた『謎のシェフ』ですが……エレナ様が婚約破棄されて王宮を去られたその夜から、忽然と姿を消してしまったのです」
「何だと!? 探せ!どんな金を積んででも連れ戻すのだ!」
「それが……調査の結果、驚くべき事実が判明いたしまして……。これまで殿下の健康状態に合わせ、深夜に厨房でスープを煮込み、特別なスパイスを調合していた人物の署名が、調理日誌に残されておりました。 その名前は……」
執事はふっと息を呑み、その名前を告げました。
「『エレナ・フォン・ローゼンバーグ』−−あの料理を作っていたのは、エレナ様ご本人だったのです」
「な……何だとっ!?」
ミゼルは椅子から転げ落ちそうになりました。
フローラ達が作った料理は、彼の弱り切った胃には毒同然。
さらに追い打ちをかけるように、王宮に激震が走ります。
隣国の超重要人物、ユリウス王太子が激怒しているというのです。
ユリウス王太子は、かつて自国で盛られた毒の後遺症に苦しんでいましたが、この王宮で提供された「あるスープ」を飲んで以来、奇跡的に体調が回復し、その料理人を正式に自国へ迎え入れたいと切望していました。
その料理人の正体がエレナだと知った彼は、即座に王宮へ抗議の使者を送ってきたのです。
「我が命の恩人を侮辱し、追放したとはどういうことか。この件、相応の覚悟をしていただこう」
ミゼルの父である国王からも、凄まじい怒声が飛んできました。
エレナを失ったことで、王宮の外交は破綻の危機に瀕し、ミゼルの王位継承権すら危うくなってきたのです。
「嘘だ……あいつが、あのスープを作っていた!? くそ、胃が痛い……何も食べられない!なぜっ、なぜ言わなかったんだエレナ!」
偏食と極度の胃痛でみるみる弱っていくミゼルは、ついにプライドを捨て、彼女に婚約破棄の「取り消し」を申し出る決意を固めました。
自分の健康のため、そして自らの王位のために……
エレナなら、優しく泣いて戻ってきてくれるはずだ。
−−彼はそう信じ込んでいたのです。




