理不尽なる夜会と、隠された正体
「エレナ・フォン・ローゼンバーグ!お前のような冷酷で可愛げのない女との婚約は、今この瞬間をもって破棄とする!!」
きらびやかな夕食の晩餐会。
その中央で、私の婚約者である「第一王子ミゼル」が朗々と声を響かせました。
その隣には、これみよがしに彼にしがみつき、勝ち誇った笑みを浮かべる伯爵令嬢フローラの姿があります。
周囲の貴族達は、私を同情と好奇の目で見つめています。
「婚約破棄……ですって?」
私は静かに扇子を閉じ、目の前の愚かな婚約者を見据えました。
「そうだっ! お前はいつも義務だの健康管理だの口うるさく、私の食事まで干渉してきた!フローラのように、私の好物を優しく食べさせてくれる包容力もない!……そんな冷酷な女は、我が王妃に相応しくないっ!!」
「もう一度伺いますわ」
「ミゼル様、本当に私との婚約を破棄されるのですね?後戻りはできませんわよ」
私は深くため息をつきました。
ですが、それは悲しみからではありません。
……ようやくこの過酷な「ボランティア」から開放されるという、深い安堵からでした。
実は私には、誰にも言ってない秘密があります。
それはこの国で伝説と謳われる「謎の宮廷至高シェフ」の正体が、私自身であるということです。
生まれつき『料理の女神の加護』を持つ私は、食材に魔法のような調和と、心身を癒やす絶対的な効果を付与する特技を持っていました。
幼少期から極度の偏食で、まともな料理を受け付けず胃腸を壊しがちだったミゼル様。
彼が「これなら食べられる!」と毎日喜んで食べていたあの特製スープも、胃を休める薬膳粥も、すべて私が身分を隠して厨房に入り、彼の健康の為に手作りしていたものだったのです。
「エレナの用意する料理は不味くて食えん!」と彼はいつも私の目の前で不平不満を言い、裏で私が作ったものと知らずに、夜食として運ばれる「謎のシェフの料理」を食べていました。
「……わかりましたわ。その婚約破棄、喜んでお受けいたします。明日にはローゼンバーグ公爵家へ、私の荷物と共に、これまでの調理器具もすべて引き揚げさせていただきますわね」
「ふん、調理器具などいくらでも持っていけ! お前が去れば、私はフローラの作ったお菓子を毎日食べ、高名なシェフの贅を尽くした肉料理を心置きなく楽しめるのだ!」
ミゼル様は喜々として叫びました。
私は一礼を捧げ、その足で王宮の厨房に向かいました。
大切な鍋やスパイス、そして私が書き留めた『胃弱王子の為の特別レシピ』をすべて抱え、すっきりとした気持ちで王宮を後にしたのです。




