【幕間】大いなる意志
そこには、想像をはるかに絶する意志があった。
それは感情ではない。人格でもない。ましてや、人類の語る神と同じものでもなかった。ただ、あまりに巨大で、あまりに遠く、存在するだけで世界の側を歪ませる種類の意志だった。
その意志は、数京分の一にも満たぬ偏りの中で、それを見た。
だが、それはたったひとりの人間ではない。ひとつの研究でもない。ひとつの罪でもない。そうした個別の事象は、大いなる意志にとってあまりにも微小で、ほとんど区別に値しなかった。
それでも、その星には確かに滲んでいた。
自らを創造へ近いものと見なし、届かぬものへ手を伸ばし、なお支配できると信じて疑わぬ、極小で、無数で、しかし無視できぬ意志の偏りが。
ひとりの傲慢ではない。ひとつの野心でもない。星全体に薄く広がった、知性の総体としての歪み。大いなる意志が触れたのは、その集積だった。
それを、人類の言葉に置き換えるならば――不敬。
怒りではない。憤りでもない。裁きですらない。
不敬。
その一語で充分だった。
大いなる意志は、自らの一部を剥ぎ取った。肉とも、光とも、法則とも呼びがたい何かが裂け、そこからひとつのヒトガタが形を持つ。
「覚醒せよ」
その言葉と共に、一条の風が生まれた。風は空間を撫で、裂け目をひとつ作り、その中心でヒトガタがゆっくりと目を開く。
人類の尺度で言うなら、それはおそろしく美しい女だった。均整の取れた肢体。整いすぎた顔貌。何ひとつ不足のない、完成された女性の輪郭。ただひとつ、人間と決定的に異なっていたのは、背に生えた翼だけだった。
大いなる意志は、そのヒトガタへ命じた。
「聞け、我が眷属よ。この星の意志は不敬である。この星の人類を、遍く殺してくるのだ」
大いなる意志にとって、個はあまりに小さすぎた。
だが小さすぎるがゆえに、その歪みはむしろ総体のものとして見えた。
ヒトガタは、そこで初めて笑った。それは歓喜ではない。忠誠でもない。命じられたことを、完璧に遂行できると知っている者の静かな笑みだった。
「御意」
そしてヒトガタは、自らに名を与えた。
使徒。
次の瞬間、その身体は空高く舞い上がった。コスモゾーンをひと筆で裂くように飛翔し、星間の距離すら移動と呼ぶには短すぎる時間で踏み越えていく。
命令を果たすために。まず最初に、空を切り裂くために。




