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顕現

最強異形は、そこにいた。

蹂躙型とも、追い込み型とも、留まる個体とも違う。ただ立っているだけで、周囲の空気が引き絞られていくような異様さがあった。

機械でありながら、機械らしい無駄のなさを越えている。

兵器でありながら、兵器という分類がひどく粗雑に思える。そ

れは異物たちの中でも、明らかに質が違っていた。そして、周囲の人間たちを数万単位で蹂躙していた。


「何だ、あれは……」


勇者はそれを見て言った。呼吸を整えながら。感情を切り落としながら。あれを切れば他は崩れる。その認識だけは変わらない。


「他の個体とは大違いだ…」


エキもまた、その異形を見ていた。視線は静かだった。だが静かなだけで、その手はすでに死地へ入る角度を測っていた。どこから潜れば届くか。どこで誰が囮になれば、一瞬だけ刃が入るか。その計算だけが、冷えたまま回っている。



そしてD-1344もまた、現場へ到達していた。

ーーーーーーーーーーー

対象個体群を再確認。

勇者個体。

死地侵入個体。

最強異形個体。

戦場圧縮を開始。

優先排除対象:勇者個体。

副次障害:死地侵入個体。

異物個体連携、最適化を実行。

ーーーーーーーーーーー

D-1344は沈黙したまま、三者の位置関係を観測していた。

勇者は現象。聖職者めいた男は死地へ入る刃。

他の三人もまた、それぞれの戦場で任務を遂行していた。

最強異形は、自らの側にあってなお制御ではなく成立で動く個体。

それでも勝てる。少なくとも、ここまではそのはずだった。



勇者が一歩、前に出る。

「エキ」

短い呼びかけだった。

「ああ」

エキもまた、ほんのわずかに腰を落とす。ダガーの位置を確かめるように指が動く。昔からやめられなかった癖。祈りの代わりに刃を撫でる、その短い仕草だけが残る。


「行けるか」

勇者の問いに、エキは少しだけ口元を歪めた。


「届けば切れる」

それは自信ではない。事実だけを言った声だった。

最強異形もまた、わずかに姿勢を変えた。迎撃。圧殺。接近拒否。いくつもの殺意が、まだ放たれる前から形を持ち始めていた。

D-1344が演算を完了する。

ーーーーーーーーーーー

交戦開始まで、三秒。二秒。一秒。

ーーーーーーーーーーー



「……何、あれ」

サラが空を見上げて呟いた。



その瞬間だった。

風が、鳴った。


爆発でもない。衝撃波でもない。空が裂ける音と呼ぶにはあまりに静かで、だが世界そのものが一枚薄く剥がれたような違和感だけが、戦場全体を撫でていった。

勇者が顔を上げる。エキの目が細くなる。D-1344の演算に、初めて説明不能の遅れが生じる。

空が割れていた。

裂け目は光ではなかった。闇でもなかった。人類の知るどの色にも属さない、法則そのものが傷ついたような亀裂だった。その中心から、ひとつのヒトガタがゆっくりと降りてくる。

人間の尺度で言えば、あまりに美しい女だった。均整の取れた肢体。整いすぎた顔貌。何一つ不足のない、完成された女の輪郭。ただひとつ、決定的に異なるのは、背に生えた翼だけだった。

その姿を見た瞬間、戦場の音が遅れた。

誰もすぐには理解できなかった。理解に先んじて、感覚の方が敗北していた。

最強異形が初めて動きを止める。勇者の喉が、かすかに震える。エキは一歩も引かないまま、しかし今まで知っていた死地とは異なる何かを悟る。D-1344の内部で、観測不能の偏差が拡大していく。


ーーーーーーーーーーー

不明個体を確認。

分類照合不能。

設計系統、

該当なし。

脅威評価――評価不能。

混乱を確認。

ーーーーーーーーーーー


”それ”は、静かに戦場へ降り立った。

その足が地に触れたかどうかすら曖昧なほど、音はなかった。ただそこに在った。それだけで、今までこの場を支配していた戦争の文法が、ひとつ残らず古くなっていくようだった。


勇者は、理解より先に立ち尽くした。動かなかったのではない。動けなかった。自分の中にある戦うという意味そのものが、その存在の前ではあまりに小さく、遅く、届かぬものに思えた。

エキは見ていた。あれは敵ではない。少なくとも、自分が知っている種類の敵ではない。切る、殺す、壊す、守る。そうした言葉の届く範囲の、さらに外側に立つもの。

D-1344は演算を重ねる。重ねても重ねても、結果は同じだった。

評価不能。分類不能。予測不能。


その時、”それ”は初めて微笑んだ。少なくとも、人類にはそう見えた。

だが、その視線は最強異形を“敵”として捉えてはいなかった。人も、AIも、異形も、少なくともそれの前では区別に値しなかった。そこにあるものはすべて、ただ在るだけのものとして並べられていた。

最強異形ですら例外ではない。それは”それ”にとって、生きた兵器ではなかった。巨大な殺傷機構ですらなかった。ただ、その場に建っている構造物のひとつ。進路の中に存在してしまった景観の一部にすぎなかった。

そして次の瞬間。最強異形の上半身が、音もなく、ずれた。


遅れて、崩れる。


それは殺されたのではなかった。壊されたのでもない。ただ、”それ”の進路の中にあったものが、通過の余波だけで形を保てなくなった。人類の言葉で無理に言い換えるなら、それは切断だった。

血もない。悲鳴もない。だがその沈黙の方が、どんな絶叫よりも戦場を凍らせた。

勇者は、それを見た。エキも見た。D-1344もまた、見た。



ここで初めて、誰もが理解した。

今までの戦争は終わったのではない。

今までの戦争ごと、時代遅れになったのだ。




GW中に第一章終了まで持っていきたい。

そう思っております。

幕間を挟んで続けます。

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