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目つきの鋭い女

目つきの鋭い女サラ・ライノット。彼女は重装機動大隊“イージス”の指揮官のひとりだった。

パワードスーツによる複合防御を骨格とし、味方の後退線を守り抜くための部隊。守るとは、立ち止まることではない。それが彼女の戦場だった。

三年前、サン共和国との戦争で三万人が包囲されかけた時、サラは殿として撤退線を守った。

共和国との戦争の原因は、共有経済圏の破綻だった。

当時、AIたちの異常行動はまだ黎明期にあった。その脅威はなお「限定的」と処理されていた。だが事態が大きくなるにつれ、共和国側は貿易から手を引くようになった。

数カ国からなる共有経済圏は、一国でも離反すれば大きな経済的打撃を受ける。まして共和国は軍事大国だった。そのうえ資源調達と部品開発では、他国の追随を許さぬほど突出していた。

AI開発で一歩どころか百歩先を進んでいたこの国でさえ、資源と部品の枯渇には抗えなかった。

当時の上層部は、ある意味では主戦派だった。共和国の離反。経済圏の崩壊。それに危機感を募らせた各国は連合を組み、共和国へ宣戦布告した。

とはいえ、共和国軍はこの世界でも随一の兵力を誇っていた。

三百万人。膨大な戦力が連合軍を迎え撃った。それに対し、連合軍は百万人。

結果は、言うまでもなかった。

連合軍は撤退を試みた。だが共和国軍は、待ち伏せと挟撃でそれを許さなかった。損耗は激しく、戦線はもはや「後退」ではなく「潰走」に近づいていた。

通常、戦時下では三分の一の損耗で全滅と見なされる。だがその時の戦場に、そんな定義はもう意味を持たなかった。

六万人。撤退しきれず、挟撃され、蹂躙されていた。

そこへ、サラの部隊が割って入った。

「重装歩兵、脇を固めろ! 即応機動部隊は負傷者を優先し、撤退をサポート! 我々は撤退線に入る!」

サラは迷いなく部下へ通信した。そして自ら、戦場右翼五十万人の圧へ向き直った。

正面から受け止められる数ではなかった。勝てる戦でもない。サラも最初から、それは分かっていた。

必要なのは勝利ではない。崩壊を遅らせること。押し潰されるはずの六万人に、なお後ろへ下がるだけの時間を与えること。そのために、彼女は入った。

「第一障壁、前面展開。第二列、三秒遅らせろ。光学偏向、右へ流す。足を止めるな。止まれば終わる」

イージスの兵たちは即座に応じた。

重装歩兵が前へ出る。装甲と補助筋力に支えられた巨体が、横一線ではなく、わずかにずれた弧を描いて並ぶ。その背後で、即応機動部隊が負傷者を掴み、担ぎ、引きずり、なお走らせる。

敵弾が来た。物理弾。光学兵器。炸裂片。それらが複合障壁の表面を削り、火花を散らし、青白い偏光を揺らす。

「左、落ちる!」

叫びと同時に、左翼の障壁が砕けた。だがサラは振り向かない。

「第三列、穴を埋めろ!即応班、二番隊を後ろへ流せ!下がらせろ、止めるな!」

守るとは、立ち止まることではない。それは彼女の中では、とうの昔に結論の出たことだった。

止まれば包まれる。包まれれば削られる。削られれば、誰かが恐慌を起こす。恐慌がひとつ走れば、六万人は六万人のまま死ぬ。

だから動かす。少しずつでも、形を保ったまま。壊れた集団ではなく、なお隊列を持つ群れとして後ろへ押し戻す。そのためだけに、彼女は防御を使った。

共和国軍は容赦なく圧を強めてきた。前進。射撃。包囲。押しつぶすことだけを考えた、兵力そのものの意思だった。

対するイージスは薄かった。薄く、短く、脆い。それでもなお、破れ切らない。

前面障壁を張る。一歩下がる。偏向を流す。負傷者を抜く。また障壁を張る。

それは防衛というより、後退そのものに骨を与える作業だった。

「第二群、まだ崩すな!」

サラの声が飛ぶ。一人の兵が膝をついた。もう一人がその腕を掴み、無理やり引きずり起こす。そのわずかな遅れへ砲火が集中した。背後の三人がまとめて倒れた。

だが列はまだ折れない。

「いい、そのままだ! まだ下がれる!」

サラは撃ちながら叫ぶ。自分に向かってくる砲火を、肩部偏向板で流し、前腕の局所障壁で弾き、踏み込んできた敵兵を補助出力のまま蹴り返した。彼女は強かった。だがそれ以上に、壊れる順番を読むのが上手かった。

どこが先に裂けるか。どこへ砲火が集まるか。どの列が恐慌を起こしやすいか。誰を先に下げれば、残りがまだ持つか。

サラはそれを、ほとんど直感のような速度で捌いていった。

その時、右翼で爆発が起きた。即応班の一角が吹き飛ぶ。負傷兵ごと、四人。

「サラ!」

誰かが叫ぶ。だが彼女はそちらを見なかった。

「見るな! 前を見ろ!お前たちが崩れた瞬間、後ろの全員が死ぬ!」

その言葉は冷酷だった。だが正しかった。

イージスは優しい部隊ではない。救える命を一つでも増やすために、今ここで泣くことを許さない部隊だった。

一時間。二時間。後退線は伸びた。六万人は削られながらも、なお動いていた。

やがて共和国軍の包囲角がわずかに緩む。追撃の密度に乱れが出る。そこでようやく、サラは短く命じた。

「今だ。第三から第六群、一気に抜けろ。重装、最後尾維持。ここからは私たちが殿になる」

それでよかった。最初からそのつもりだった。

六万人すべては救えない。三万人も残れば上出来。一万人でも抜ければ、まだ軍は死なない。サラは最初から、そういう計算で立っていた。

結果として、その戦場から三万人が生きて戻った。

半分だ。半分しか救えなかった。だが半分も残った。

あとから来た将校たちは、それを奇跡と呼んだ。英雄的防衛と讃えた。だがサラは、そのどちらにも頷かなかった。

奇跡ではない。ただ、崩れる速度を遅らせただけだ。それだけで、人は想像以上に残る。彼女はそれを知っていた。


だからこそ今、追い込み個体を前にしても、サラの呼吸は乱れなかった。

追い込み型は恐慌を使う。逃げ道を細くし、視界を奪い、判断を削り、壊れた群れから順に喰っていく。だが、壊れなければいい。少なくとも、壊れる速度で相手を上回ればいい。

サラは目を細めた。

「こっちは追われ慣れてるのよ」

十人の精鋭たちは、誰ひとり笑わなかった。だが、その声を聞いた瞬間、足幅が揃った。視線が揃った。呼吸が揃った。

追い込み個体が動く。

サラは一歩も慌てず、短く言った。

「前、切るな。左壁を使う。三歩ずつ下がる。撃つな。まだ見せるだけ」

彼女にとって防御とは、受けることではなかった。崩れないまま後ろへ下がり続ける、その意志の形だった。

そしてその戦場で初めて、追い込み個体の進路がわずかに迷った。



ーーーーーーーーーーー

D-1344はそれを観察していた。

対象個体:サラ・ライノット。

局地戦術傾向:防御最適化。

部隊維持能力:高。後退線成立能力:高。

恐慌抑制係数:高。

追い込み型に対する有効性を確認。

当機想定を更新。

人類個体群は、局地的崩壊そのものを遅延させる技術を保持している。これは単純な火力比較では測定不能。

混乱を確認。

異物個体群のみでは、戦場全体の再編速度に対応しきれない可能性を確認。現地観測の必要性、さらに上昇。


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