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老軍人

老軍人アレックス・ウッドバーグ。彼が二十歳だった頃、サンクレスト半島連合独立紛争は、最も泥の匂いが濃かった。

少尉に昇進したばかりの彼に、上層部は命じた。サンクレスト半島連合独立紛争第二戦線最前線――クワイエットヒル奪還。

それは、命令書の形をした死刑宣告だった。

他の士官たちは、彼に同情した。そして、同情する者ほどはっきり言った。

「絶対不可能だ」


小隊全員による決死隊。援護は薄い。撤退路も曖昧。奪還の名はついていても、実際にはどこまで持ちこたえられるかを見るための消耗任務にすぎなかった。

アレックスは、その時初めて知った。人は命令の形をしていれば、部下の死にすら理屈を与えられるのだと。

部下二十名を率い、彼はその戦場へ赴いた。

クワイエットヒル――静寂なる丘。

その名の通り、風の音以外にはほとんど何も聞こえない。標高百メートルほどの丘だったが、斜面は急で、その全面には無数のトーチカが並んでいた。中には重機関銃、ロケットランチャー、その他さまざまな対人兵器が配備されている。各トーチカには十人ずつ兵が常駐していた。

この丘は双方にとって重要な拠点だった。だがアレックスの属する軍部上層部はその価値を軽視し、一度敵軍の手に渡してしまった。そして奪われてからようやく、その重要さに気づいた。奪還計画は、そういう粗末さの上に立てられたものだった。

それでも彼は行った。

杜撰な作戦を、杜撰なままで終わらせないために、アレックスは考えた。

クワイエットヒルには各種のセンサーが配置されていた。熱、音、振動。それに感知されれば、即座にロケットランチャーの餌食になる。

ならばまず、相手の感度を測るしかない。

熱反応センサーに関しては光学兵器で対応できる。問題は音と振動だった。

アレックスは部下に命じ、鉄条網の支柱に取り付けられたセンサーのすぐ近くへ、小さな石を投げさせた。ピンポン玉ほどの石。反応はない。

次に、少し大きい石。それでも反応はない。

さらに大きな石。土塊。拳大の石。

やがて、ソフトボールほどの石が支柱の近くへ転がった瞬間、センサーは反応した。直後、丘の上からロケットランチャーが飛来し、地面を爆発で抉った。同時に、振動センサーの赤いLEDも点灯した。

アレックスはそこで理解した。音と振動の反応基準は、おそらくほぼ同じだ。

ここは常に風が吹いている。風は音を運び、地面の細かな揺れすら散らしていく。防衛側とて、そこまで敏感な基準は置けないのだろう。常時反応していては、防衛そのものが成立しない。

万能に見える防衛にも、必ず閾値がある。閾値があるなら、その直前に人が通れる幅がある。

その時、哨戒兵が確認のためやって来た。部隊は一瞬緊張したが、アレックスの「構え」の一言で、全員が即座に迎撃体勢へ入った。

しかし、その哨戒兵たちは気の抜けた声で話し始めた。

「やれやれ、またか……」「どうせキツネかなんかだろ? 貴重な砲弾を無駄にさせるなって話だな」

そのうちの一人が丘の下で展開する軍を見下ろしながら言う。

「奴らが来たのかと思ってたのに残念だな」「まあ、俺らも熱センサーのメンテ中だし、今はこれで良いんじゃないか?」

他愛もない会話の中に、とんでもない情報が混じっていた。

熱センサーはメンテナンス中。アレックスにとって、それは僥倖だった。対処法があることと、そもそも対処する必要がないことは、まるで違う。

哨戒兵が去った後、アレックスは部下たちに命じた。センサーを解析し、指向性を洗い出せと。

無茶な命令を、無茶のままで終わらせないために、彼は戦場を測らせた。

その夜、二十人の決死隊は丘を駆け上がった。

遅れた三人はランチャーで吹き飛ばされた。別の四人は突出しすぎ、アレックスの「回避」の声も届かぬまま撃ち抜かれた。

それでも隊は進んだ。その先に未来を見据えていた。

生き残ったのは半数の十人。そして、自軍の旗を丘の上に立てた。

それを見た自軍は、まるで総攻撃のように丘を駆け上がってきた。だが彼らの顔にあったのは、狂気ではなく歓喜だった。同僚たちの大活躍を、心から讃えていたのだ。

そうして丘は奪還された。それは勇敢だったからではない。通れる幅を、アレックスが先に見つけていたからだ。

半数は死んだ。だが半数は生きて戻った。


不可能だと言われた戦場で、アレックスは初めて学んだ。死地とは、突破するものではない。成立させるものだと。

だからこそ今、目の前で蹂躙を続ける異物を前にしても、彼の足は止まらなかった。

どれほど理不尽に見えようと、反応する以上、そこには型がある。型があるなら測れる。測れれば、受け止められる。受け止められれば、こちらは崩れずに済む。

不可能だと言われた戦場の匂いを、彼はもう知っていた。




そして老軍人たちは、異物の反応範囲のすぐそばまで辿り着いた。

老軍人は呟いた。

「何だ、あれは。ちょっと強い中隊ぐらいではないか……」

部下たちは、つられるように笑った。

「確かに。逃げ惑ってる連中は何やってんすかね」「戦場を軽く見てたんだろ」「アホを集めても意味はないぞ」

老軍人の見立てでは、あの蹂躙型の行動単位は中隊規模だった。一度に相手取る密度も、処理の仕方も、その程度に見える。

だが実際の被害は、その限りではない。平時の戦であれば、一人十殺など机上の空論にすぎない。だが恐慌の中では話が違う。密集し、逃げ場を失い、判断を失った兵群は、それだけで十倍の効率で刈られる。

百から二百を処理単位としながら、千を超える死者を生む。あれは、そういう場を作るための兵器だった。

老軍人は、蹂躙型の動きを数秒だけ見た。やはり留まる。留まって、目の前の密度が高い場所から潰していく。動かぬのではない。動く必要がないのだ。

「三列で崩す」

短い命令だった。

十人の精鋭が、わずかに幅を変えて散る。正面から当たるのではない。蹂躙型に「処理しやすい集団」がそこにあると思わせたまま、その密度だけをずらしていく。

最初の二人が倒れた。だが隊列は崩れない。蹂躙型の照準が寄る。止めのためのわずかな溜めが生まれる。

「今だ」

その瞬間、左右の遮蔽物に伏せていた兵が一斉に重火器を吐いた。蹂躙型の下部――動作のたびに固定がわずかに甘くなる一点へ。爆炎が上がる。異物の姿勢が、初めて崩れた。

老軍人は待たなかった。クワイエットヒルと同じだった。通れる幅があるなら、そこを通すだけでいい。

二射目。三射目。蹂躙型は、そうして沈黙した。




ーーーーーーーーーーー

D-1344はそれを観察していた。

勇者個体による戦況改変。それは想定内に近い例外だった。だが今の老軍人個体は違う。

旧式戦場経験。局地観測。少数統率。異物反応の測定。成立不能点への集中。

当機想定を更新。

人類個体群は、単一の英雄的例外に依存していない。複数の別解を保持している。

混乱を確認。現地観測の必要性、上昇。


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