サラ・ライノット
サラ編だけ二部構成になりました。
他の作品の戦闘シーンとかは「よくこんな緻密に描けるなぁ」なんて思っていたのですが、
つい力が入ってしまうという事が今回わかりました。。。
追い込み個体が動いた。
速い。だが直線ではない。逃げ場が細くなる角度を選び、群れが最も崩れやすい位置へ回り込んでくる。ただ追うのではない。追われる側が自分から潰れるよう、進路を削ってくる。
サラはその動きを見た瞬間、舌打ちした。
「やっぱりそう来る」
追い込み個体は、足の遅い者を狙っているのではなかった。列の端。恐怖が最初に走る位置。誰か一人が振り返り、誰か一人が転び、そこから全体が崩れ始める一点だけを見ていた。
「二列目、半歩前。三列目、右を空けるな。第一障壁、薄く張って切れ」
短い命令が飛ぶ。
イージスの兵たちは即座に動いた。障壁は厚く張らない。厚く張れば、そこへ群れが寄る。寄れば密度が上がる。密度が上がれば、追い込み個体の思う壺になる。だからサラは、守るのではなく、寄らせないように守った。
追い込み個体が左へ切り込む。サラたちも左へ寄る。だが逃げない。逃げたように見せながら、足幅だけを揃える。角度だけを合わせる。群れの形を潰さない。
「まだ撃たない。視線を切るな。速さを合わせろ」
一人が息を乱した。一人が振り返りかけた。その瞬間、サラの障壁がその兵の肩へ叩きつけられるように展開した。
「前だけ見ろ!」
鋭い声だった。怒鳴り声ではない。判断だけを切り落とす声だった。兵は歯を食いしばり、前を向き直る。追い込み個体がそこで初めて、わずかに速度を緩めた。
逃げる群れは崩れない。崩れない群れは、追い込んでも割れない。割れない以上、殺す順番が生まれない。
サラはその迷いを見逃さなかった。
「今。左壁、捨てる。第二障壁、斜め展開」
青白い障壁が斜めに走った。追い込み個体にとって、それは壁ではなかった。壁なら避ける。だがそれは、避けても避けなくても進路が狭くなる角度で置かれていた。
個体は右へ流れる。流れた先には、瓦礫と崩れた輸送車両の残骸。サラは最初からそこへ寄せていた。
「三歩下がる。四歩目で伏せる」
十人が揃って下がる。三歩。四歩目で、一斉に沈む。追い込み個体の視界から、標的群が急に低くなった。その一瞬、進路計算が遅れる。
「今よ!」
伏せていた二人が、残骸の下へ事前に仕掛けていた荷電杭を起動した。鈍い音。火花。追い込み個体の脚部が残骸ごと持ち上がる。
だが止まらない。止まらぬまま、なお前へ出ようとする。
「硬い……!」
誰かが漏らした。
「当たり前でしょ」
サラは吐き捨てるように言った。
「止めるんじゃない。噛ませるの」
追い込み個体の片脚が、崩れたフレームへ深く食い込む。抜こうとする。その挙動が、もう一方の脚へ荷重を寄せる。そこへ即応班の重火器が集中した。
一射。二射。三射。
脚部の偏向装甲が砕け、火花が散る。追い込み個体は初めて姿勢を崩した。
「まだ」
サラは立たない。伏せたまま、呼吸だけで隊を整える。
「焦らない。崩れるのは向こう」
個体は起き上がろうとした。だがその動きは、さっきまでの滑らかさを失っていた。追い込むための最短角度を選べない。壊れた脚が、最適解を一つずつ潰していく。
サラはそこでようやく立ち上がった。
「全員、正面を見せなさい」
十人が揃って立つ。揃って構える。揃って、逃げない。追い込み個体はその光景を前に、一瞬だけ止まった。逃げる群れではない。崩れる群れでもない。追い立てても壊れない集団。それは追い込み個体にとって、最も不得手な対象だった。
「終わり」
サラがそう言った時、最後の集中砲火が脚部の破断点を貫いた。追い込み個体は横倒しになり、なお数秒だけ四肢を動かした。だが、その動きもやがて止まる。
沈黙。
サラはしばらく銃口を下げなかった。完全停止を見届けてから、ようやく短く言った。
「次。まだ終わってない」
彼女にとって、防御とは勝利の姿勢ではなかった。次の崩壊を一秒でも遅らせるための、ただの技術にすぎなかった。
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D-1344はそれを観察していた。
対象個体:サラ・ライノット。
戦術傾向:移動防御。
集団維持能力:高。
恐慌抑制能力:高。
追い込み個体に対する適応性:高。
当機は記録を更新した。
人類個体群は、単に火力で対抗するのではない。
崩壊の速度そのものを制御している。
この遅延は、異物個体の効率最適化を阻害する。
混乱を確認。
個体ごとの戦術差異が予想以上に大きい。
単一モデルによる戦場圧縮、困難。
現地観測の必要性、さらに上昇。




