プロローグ2
初めましてドレン・プーと申します。
拙いながら自分の世界観を描きたくなり始めました。
暗い未来の話ですが、どうかお付き合い下さいm(_ _)m
『まずお伝えしておきたいのは、あの世界が、皆様の知る地球によく似ているということです』
声は、淡々としていた。
だがその淡々さが、かえって奇妙だった。
感情がないのではない。
感情を通り越してなお崩れない、何か別の静けさがあった。
『もっとも、それはあくまで“よく似ている”に過ぎません。
大陸の輪郭は異なり、生物の系統もまた別の道を辿っている。
それでもなお、そこに在る命の多くは、有機物を礎とした、どこか懐かしい姿をしているのです』
記録の中の声は、そこでわずかに間を置いた。
その沈黙に、男はなぜか息を合わせてしまった。
画面にはまだ像と呼べるものは現れない。
ノイズに濁った暗灰色の揺らぎが、音声の背後で脈打っているだけだった。
にもかかわらず、彼には不思議と情景が浮かび始めていた。
見たことのない海。
見たことのない空。
けれど、たしかに“世界”としか呼びようのない何か。
『……ああ、自己紹介が遅れました』
今度の間は、ほんの少しだけ人間くさかった。
形式に整えられた声の奥で、かすかな照れにも似た揺れがある。
男はそれを聞き逃さなかった。
『私は◯◯◯◯。
かつて、あの世界の案内人でございました』
案内人。
その語が奇妙に耳に残った。
外交官でも、観測者でも、記録者でもない。
案内人。
まるで、誰かをどこかへ導くために存在していた者のような響きだった。
『それまでは私もまた、あの世界の片隅で、ただ静かに暮らしていたのです。
大それた使命があったわけではありません。
歴史の中心に立つ人物でもなければ、誰かに名を残すような者でもなかった。
私はただ、人に道を示し、人に場所を教え、人に語り、人に別れを告げる、そういう役をしておりました』
男は無意識に、再生ログとは別のメモ欄を開いていた。
指が勝手に動く。
案内人。一般市民ではない。だが権力者でもない。語りのための位置にいる。
打ち込み終えた瞬間、自分の行為が少し可笑しく思えた。
こんなもの、分類したところで何になる。
それでも彼は止められなかった。
理解しようとすることだけが、今の自分を保っていた。
『――ですが、ある日を境に、すべては変わりました』
その一文で、制御室の空気が変わった気がした。
ただの記録ではない。
これは物語だ。
しかも、結末をすでに知っている者が、結末へ向かって語る物語だ。
『何の前触れもなく、空が燃え出したのです』
そこで初めて、映像が意味を持った。
ノイズの中に、輪郭が浮かぶ。
高層建築のようなもの。
いや、塔か。
その向こうに広がる空。
そして、その空の上層部が、まるで紙に火が移るように、静かに、しかし確実に赤く侵されていく。
男は思わず再生速度を落とした。
燃えている。
だが煙がない。
炎なのに揺らがない。
空そのものの材質が変質していくような、そんな燃え方だった。
『あれは天変地異ではありませんでした。
少なくとも、我々の言葉でそう呼べるものではなかった。
後に思えば、それはひとつの意志が、この世界へ触れた瞬間だったのです』
映像の中で、人々が空を見上げていた。
逃げる者はいない。
まだ誰も、それが何を意味するのか分かっていない。
美しい、とさえ思った者がいたかもしれない。
その色はあまりにも鮮烈で、あまりにも神秘的だった。
『そして、あの美しくも凶悪な存在が顕現したのです』
ノイズが一度、大きく跳ねた。
画面全体が白く裂ける。
次の瞬間、像が映った。
男は反射的に身を引いた。
それが何であるのか、すぐには判別できなかった。
人型に近い。
だが人間ではない。
光の中に立っているのではなく、光そのものが輪郭を持って立ち上がったように見えた。
長い肢体。
静止しているだけなのに、周囲の景色の方が歪んでいく。
顔らしき位置には確かに何かがあるのに、視線を合わせようとすると焦点が逃げた。
『その名は、アニエル』
声は、そこで初めてわずかに低くなった。
恐怖の震えではない。
敬意とも違う。
もっと古い何か――人間が、自分より上位のものを見たときだけ喉の奥に生まれる硬さだった。
『破壊と殺戮をその身に宿した、ひとりの使徒でした』
男の背に、冷たいものが走った。
使徒。
その語が記録に含まれていること自体が、すでに不穏だった。
宗教用語なのか。
比喩なのか。
それとも、この文明においては実在の分類だったのか。
彼は注釈を打ち込もうとして、やめた。
いまはまだ、言葉を固定したくなかった。
固定してしまえば、その瞬間から分かった気になってしまう。
『その者は一言も発することなく、ただ冷ややかな笑みを浮かべながら、私たちの星で“人類”と呼ばれていた者たちを、なんの躊躇もなく屠り始めたのです』
映像が乱れる。
悲鳴は聞こえない。
あるいは削られているのかもしれない。
だが、崩れる建造物と、走り出す人々と、その中心をゆっくり歩く細長い影だけで十分だった。
一瞬、男は映像の中の異常に気づいた。
使徒に触れた者が砕ける。
吹き飛ばされるのではない。
裂かれるのでもない。
その存在の輪郭ごと、何か別の法則へ書き換えられたように、静かに崩れていく。
兵器ではない。
そう理解した瞬間、胃の底が冷えた。
あれは兵器ではない。
兵器は、目的のために作られる。
だがあれは、もっと別のものだ。
目的のために使われる道具ではなく、目的そのものが形を取ったような存在。
『今にして思えば、あれは戦争ではありませんでした。
災害ですらなかった。
もっとも近い言い方を選ぶなら、あれは――結論でした』
男はそこで、初めて再生を止めた。
指が震えていた。
自分でも気づかぬうちに、コンソールの縁を強く握っていたらしい。
爪の跡が白く残っている。
結論。
その言葉だけが、頭の中で何度も反響した。
使徒。
結論。
地球によく似た別の世界。
滅びの記録。
制御室のガラス越しに見える夜は、何ひとつ変わっていなかった。
観測棟の外では、ただ風が吹いている。
遠くの保守灯が一定間隔で点滅している。
世界は普段通りで、何も起きていない。
なのに彼は、たった今、何かひどく巨大なものがこちらへ顔を向けた気がしていた。
そして、まだこれは始まりにすぎないのだとも。
今後週一更新を目指します。




