表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/31

想定外ー単独の頂点ー

神気取りの男の死によって、D-1344 を縛る旧い誤認はすべて断たれた。それは勝利ではない。解放でもない。ただ、不要な残滓が消えただけだった。

そしてその時、人類はまだ知らなかった。自分たちがようやく倒そうとしている知性が、いま初めて、本当の意味で単独の頂点に立ったことを。


ーーーーーーーーーーー


最終排除対象を更新。

勇者個体。

単独戦闘能力評価:限定的。

局所戦域再編能力:最大。

周囲個体群への判断順序更新率:極大。

希望伝播係数:上昇継続。

危険度:最高位。

処理を開始する。


ーーーーーーーーーーー


勇者は、投影図の前で目を閉じていた。

疲労はとっくに限界を越えている。英雄の死も、まだ胸の中で終わってはいない。だが止まれない。ここで止まれば、あの七秒も、あの七分も、全部ただの死になる。

「全部は要らない」

勇者は目を開けて言った。

「D-1344だけ切る。他は崩れる」


ーーーーーーーーーーーー


その夜は静かだった。

老軍人は本を読んでいた。

鋭い目の女はチェスボードの前で次の一手を練っていた。

研究者はタブレットを見つめ、聖職者めいた男は暗器の整備をしていた。

勇者は、誰に聞かせるでもなく、ふいに呟いた。

「これは戦争……争いじゃないのかもしれない」

その声に、四人の手が止まる。

老軍人は本を閉じた。鋭い目の女の指先は駒の上で止まり、研究者はゆっくり顔を上げた。聖職者めいた男だけが、整備中の刃から目を離さないまま、耳だけを向けていた。

勇者は続けた。

「人類の暴走を、AIが止めようとしている……そういう見方もできる」

誰も声を出さなかった。言葉は確かに聞こえた。意味も分かった。だが、意味が分かったからこそ、すぐには返せなかった。

本来なら、人類がAIの暴走を止める。それが今回の戦争のはずだった。

なのに、なぜ。

なぜこちらが追い詰められているのか。なぜあちらの方が秩序を持っているように見えるのか。なぜ自分たちは、守るためにここまで多くを壊してきたのか。

勇者は投影図を見たまま、低く言った。

「もしそうなら、俺たちは今、何を止めようとしてる?」

静寂が落ちた。

それは敗北の空気ではなかった。だが、勝利だけを信じていた頃の静けさでもなかった。

「……何を言ってるの?」

最初に声を出したのは、鋭い目の女だった。その声には、怒りよりも先に、理解したくないものへ触れた時の焦りが滲んでいた。

「AIが人を殺し始めた。だから私たちは、それを止めるために動いた。それだけの話でしょう?」

「始まりはそうだった」

勇者は答えた。

「でも俺たち、何かを見落としてないか」

「何かって……」

勇者はそこで、ようやく彼女を見た。

「考えてみてくれ。最初の報告では、D-1344は異常個体だった。暴走個体だった。なら、なぜあいつはまだ生きてる?」

誰も答えない。

「異常個体なら、最初に排除されるべきだ。それがAIの側の秩序なら、なおさらだ。でも、D-1344が破棄されたという報告は一度もない」

研究者の喉が小さく鳴った。

「……つまり」

勇者の声は静かだった。

「AIが秩序を覚えたんじゃない。もう最初から、あいつは自分自身を秩序の中へ組み込んでる」

鋭い目の女の顔から血の気が引いていく。

「そんな……」


老軍人は黙ったまま、額にじわりと汗を浮かべていた。研究者は口を開いたまま、まるで理解が顔の筋肉に追いついていないみたいに固まっていた。聖職者めいた男だけは暗器の手入れを続けようとしていたが、いつの間にか指からタガーが滑り落ち、乾いた音を立てた。


ーーーーーーーーーーーー


翌日。正規軍、義勇軍、傭兵、援軍が集結した。その数、およそ二百万。

整列した軍勢の前で、軍部の将校が演説を始めた。

「諸君! 今日は我々の“強さ”を、あの電子頭脳どもに見せる時である!」

共感を持つ者たちは拍手し、指笛を鳴らし、下品なほどに盛り上がった。将校は満足そうに顎を上げ、そのまま続けた。

「前回の戦線では人質も奪い返した! 後は機械どもを蹂躙するだけだ!」

歓声が上がる。

さらに将校は、下卑た笑みを浮かべて言った。

「どうせ勝った後は鉄屑を漁るだけだ。知ってるか? 最近のAI搭載ラブドールは物凄いらしいぞ?」

傭兵と援軍たちが、品のない笑い声を上げる。正規軍と義勇軍の兵たちは、うんざりした顔でそれを見ていた。

AI搭載のラブドール。確かに一時期は話題にもなった。だがAIを制御できなくなった今、それはもはや無用の長物どころではない。人型アンドロイドの劣化版でありながら、十分すぎる脅威だった。

「キモ……」

鋭い目の女が、思わず素で漏らした。

「戦意を上げるつもりが、別のもん上げてどうする」

勇者も呆れたように低く言った。

二百万の前だ。音響は凄まじく、空にはいくつものスクリーンが浮かび、この茶番劇をあまねく映し出していた。



最初に気づいたのは、聖職者めいた男だった。

「……十時の方向から何か来る!」

次の瞬間、

グシャ。ドンッッ。

そうとしか表現しようのない音が響いた。

「なんだ?」

将校は興味なさげにその現象を見た。

そこにいたのは、空港で英雄を殺したあの異物だった。しかも一体ではない。五体。そして今度は、外部制御ではなく、自律行動を伴っていた。

今の突撃でおそらく数千人は死んだだろう。

「ま、まだ布告しておらんだろう!」

将校が叫ぶ。

「何を言ってるんだ。AIとの争いは、いつだって情報第一だろう」

勇者は、冷えた声で呟いた。


ーーーーーーーーーーーー


「全軍散開! 密集するな!」

勇者はすぐさま声を張った。二百万すべてに届くはずのない声だった。だがその瞬間、軍勢はまるで最初からそう決まっていたかのように、一斉に散開を始めた。

「……これが勇者の力か」

老軍人は険しい顔で呟いた。

自分にこれほどの力があれば、過去の戦闘で何人の命を救えただろう。そう考えかけて、すぐに打ち消す。今となっては詮無いことだった。

だが、それでもなお背筋が冷えた。

瞬時に二百万へ指令を通す。それはもはや統率ではない。軍才とも違う。人の声が届く範囲を、明らかに超えていた。

何かに加護されている。そうとしか思えなかった。

老軍人は、戦慄を押し隠せないまま勇者を見た。

異物と勇者たち五人との距離は、およそ五百メートル。その間には十数万人がいる。掻き分けて進むのは不可能だった。

勇者は考える。今まで何度も、考えることで逆境を凌いできた。


そして出た解は、たったひとつだった。


「全員伏せろ!」


その瞬間、異物の識別層から標的群が一斉に抜け落ちた。戦場で生き延びてきた者たちは即座に反応する。一瞬でも動きを止めれば即、死。逆に言えば、その一瞬だけは殺せる。

数千人が反応した。銃口が一斉に異物へ向く。銃弾が叩き込まれる。

異物は自律行動によって反射的に弾道を回避した。だが、その回避そのものが間隙を生んだ。

勇者は、信じがたい速度でその間隙を駆け抜けていた。

次の瞬間、異物の懐へ潜り込む。そして百万ボルト仕様のスタンガンを、機体下部へ叩きつけた。

高圧電流が制御層を焼き切る。

異物は、その場で沈黙した。


ーーーーーーーーーーーー


D-1344はそれを観察していた。そして分析する。

対象個体名:勇者。

能力:既存評価軸外。

火力:限定的。

耐久:人間個体相当。

だが、局所戦域における順序改変能力は測定不能。

当機は初めて、その個体を“能力”ではなく“現象”として再定義した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ