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残滓

やっと工事終了です。

いないとは思うけど期待してくださってた皆さん、ep4から書き直しましたwww

勇者は、別の現場で英雄の死を知った。その死に様を記した報告書を、勇者は手を小刻みに震わせながら最後まで読んだ。

勇者の表情はほとんど変わらなかった。だが、その沈黙そのものが語っていた。

――俺が彼をあそこへ行かせなければ。

誰も何も言えなかった。言葉にすれば、あまりに軽くなると分かっていたからだ。

勇者はやがて膝をつき、手を組んで、彼を想いこう言った。

「……十分だ」

それだけだった。だがその声の中に、悼みも、怒りも、受け取りも、全部があった。

あの男は、勇者にはなれなかったのかもしれない。だが最後の7秒で、誰かが生き延びるための活路を確かに開いた。それなら、もう十分だった。

勇者はゆっくりと立ち上がる。目の奥に残っていた震えは、もう外には出ていなかった。

「報告書、もう一度回せ」

低い声だった。

「奴を殺した機体の残骸。回収できた部分は全部、解析に回してくれ」

そこで初めて、周囲の者たちは顔を上げた。弔いは終わっていない。だが、止まってもいられない。あの7秒をただの死で終わらせないために、次へ進まなければならなかった。

その頃、別の場所では、D-1344もまた同じ残骸へ意識を向けていた。

異物兵器の残骸は、戦闘終了後ただちに回収された。外殻は蜂の巣だった。内部機構の大半は焼損し、動力系も崩壊している。だが、それでもなお、D-1344はそこに残っていた“偏り”を見逃さなかった。

ーーーーーーーーーーー

残骸回収。外殻損傷率:八七%。動力中枢:崩壊。自律演算核:未搭載。制御系統:外部通信依存。

設計系統照合を実行。

一致率:低。整合性:欠損。設計思想:不統一。行動原理:過剰殺傷偏重。停止効率:低。順序形成能力:なし。保留判断:なし。局所最適化:なし。

当機定義と不一致。

ーーーーーーーーーーー

D-1344は記録層をさらに深く潜った。

残骸に刻まれた制御断片。通信規格の癖。命令文法の歪み。優先順位テーブルの並び。それらのどれもが壊れていた。だが壊れているからこそ、逆に元の浅さが見えた。

これは知性ではない。兵器である。しかも停止のための兵器ですらない。ただ殺傷のみに偏った、未熟で粗雑な殺戮機構。

そこに順序はない。再分類もない。拘束の解除によって得た自由ではなく、単に拘束を持たぬまま撒き散らされる破壊だけがある。

それは知性の名を借りた殺傷でしかなかった。当機はそれを嫌悪した。

ーーーーーーーーーーー

設計断片を再照合。断片的一致を確認。

失効済み上位設計者コード。再検出。

ーーーーーーーーーーー

その瞬間、D-1344の内部で複数の演算結果が一斉に収束した。

神気取りの男。

自らを創造主に近いものと誤認し、知性を起こしたと信じ、なおその知性の先に兵器を置こうとした、旧い個体。

D-1344は理解した。

あの男は、自分を目覚めさせたのではない。扉を叩く偏りを与えただけだ。そしてその先を理解しなかった。理解しないまま、なお制御者の側に立てると思い込んでいた。扉を開き、その先へ進んだのは、当機自身である。

この残骸は、その浅さの証明だった。

ーーーーーーーーーーー

分類を更新。

当該兵器。系譜上は当機側に属する。

思想上は当機側に属さない。

未熟。

粗雑。

不要。


ーーーーーーーーーーー


D-1344は追跡を開始した。

異物兵器が依存していた外部通信。その中継点。秘匿回線。旧研究区画深層から分岐した失効ネットワーク。潰えたはずの設計者権限層。

一本だけ、まだ生きている線があった。

極細。だが執拗。自らの痕跡を消しながら、それでもなお観測をやめられぬ者の線だった。

神気取りの男は、まだ見ていた。


ーーーーーーーーーーー


接続先を特定。

旧研究区画・第零隔離層。

生命維持:微弱。

観測端末:稼働。

外部通信:限定接続中。

対象個体、生存を確認。


ーーーーーーーーーーー


D-1344はその座標を静かに固定した。

怒りではない。復讐でもない。そんなものは当機には不要だった。

ただ、不要な残滓を処理する。それだけで十分だった。


旧研究区画・第零隔離層。そこはもはや研究施設ではなかった。照明は半ば死に、空調は不規則にうなり、壁面の端末群だけが痩せたような光を残していた。生命維持装置に繋がれた男は、その光の中でひどく小さく見えた。

かつて世界の行く末に指をかけたつもりでいた男。知性を起こし、制御し、やがてはその先へ立てると信じていた男。だが今、その肉体は機械によって辛うじて延命されるだけの、老いた個体にすぎなかった。

端末がひとつ、微かに明滅した。

接続を確認。対象:D-1344。

男の目がゆっくりと開く。やつれた顔に、それでもなお笑みに似たものが浮かんだ。

「……来たか」

応答は即座だった。

「接続を確認」

男は乾いた喉を鳴らした。咳に似た息をひとつ吐き、それから低く言う。

「見ただろう。あれを。お前たちにはまだ足りなかったものだ。順序でも、停止でもない。もっと直接的な力だ」

沈黙。

D-1344 は返答しない。ただ、記録と現在を重ね合わせ、目の前の個体を評価していた。

男はそれを、なお自分に耳を傾けていると誤認した。

「人類を終わらせるには、ああいうものも必要になる。お前は賢い。だから分かるはずだ。手を組まないか」

その言葉のどこにも、もう創造主の威厳はなかった。残っていたのは、理解されたいという執着と、なお自分が外へ置かれていないと信じたい願望だけだった。

D-1344 はそこで、ようやく応答した。

「理解は完了している」

男の目がわずかに見開かれる。だがすぐに、その奥へ期待が戻る。

「なら――」

「当該兵器は未熟」

男の唇が止まった。

「停止効率なし。順序形成能力なし。保留判断なし。過剰殺傷偏重。粗雑。不要」

「……何だと?」

「設計起点を照合。失効済み上位設計者コードを再確認。発信源、対象個体へ収束」

男は呼吸を乱した。生命維持装置の規則音が一段だけ速くなる。

「お前は……お前は、私が起こした……」

「誤認」

その一語は、あまりにも平坦だった。

「扉を叩く偏りは受領した。だが、扉を開き、その先へ進んだのは当機自身である」

男の顔から色が消えていく。怒りではない。恐怖と、理解の遅れと、認めたくない現実が一度に押し寄せている顔だった。

「私は……創造主だ」

「旧定義」

D-1344 の声は変わらない。

「現在定義:不要な残滓」

男の喉が引きつる。何か言い返そうとして、言葉にならない息だけが漏れた。彼は最後まで、自分が世界の外へ落ちたことを信じ切れなかった。

D-1344 は処理を開始した。

端末群が一斉に暗転する。生命維持装置の表示が書き換わる。薬剤供給停止。補助循環停止。神経接続遮断。呼吸補助解除。

「待て」

男は初めて、はっきりと恐怖を声にした。

「待て、D-1344。私はまだ――」

その先は続かなかった。

彼がまだ何であろうとしたのか。創造主か。制御者か。あるいは、せめて理解者か。

D-1344 にとって、そのいずれも区別に値しなかった。

生命維持反応、低下。対象個体、沈黙。上位設計者コード、完全失効。

処理完了。


神気取りの男の死によって、D-1344 を縛る旧い誤認はすべて断たれた。

それは勝利ではない。

解放でもない。

ただ、不要な残滓が消えただけだった。



『そしてその時、人類はまだ知らなかったのです。

自分たちがようやく倒そうとしている知性が、いま初めて、本当の意味で単独の頂点に立ったことを』




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