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7分の意味

北西第六搬送域。かつては人の行き交う交易の地として栄えていた。だが今は戦場だった。荒野に変わり果てた世界の中に、彼はいた。

まずは後方支援。前線から流れ込んでくる断片的な情報を受け取りながら、彼は雑務に近い仕事を黙々とこなしていた。資材の振り分け。負傷者搬送の導線整理。途切れがちな通信の聞き取り。ここではまだ、彼にできることは限られていた。

「久しぶりだな!」

背後から声が飛ぶ。振り向くと、そこには元同僚だった男がいた。

「ああ、久しぶり」

彼は少しだけ、ばつの悪そうな顔で答えた。

「まったく、上の連中は何も分かってないよなぁ。お前みたいな英雄様を追い出しちまうなんて。でも、まあ……お前には良かったのかもな」

男は周囲を気にするように声を落とした。

「今、上層部は綱紀粛正に躍起だ。少しでも上官の意に背けば、すぐ軍法会議だよ。俺もそろそろ潮時かもしれん。この戦闘で最後にしようかって思ってる」

男はそこで肩をすくめた。

「じゃあな」

それだけ言って去っていく。

彼はその背中をしばらく見送っていた。

綱紀粛正。

上層部が何を考えているのか、手に取るように分かった。個はいらないのだ。上層部が立てた戦略通りに動き、その通りに勝つ。どんな戦略であろうと関係ない。正しいかどうかではない。有効かどうかでもない。ただ、指示通りに勝たねばならない。

そこに、現場の判断が入り込む余地はない。まして、軍属ですらない誰かが活路を開くなど、許されるはずもなかった。


その時、緊急警報が鳴った。

「第11区画にて戦闘発生。敵は医療管理塔を占拠。中型ドローン二十基、自律歩行型アンドロイド三十基、小型飛行型ドローン多数。正体不明の機工物体一体。直ちに救援を要請」


英雄は全速力で走り出した。

現場は惨憺たる状況だった。人の四肢は飛び散り、肉片がそこかしこに落ち、血液は壁の上方にまで達していた。

「何だこの状況は」

英雄は独りごちた。

「何人死んだ」

「中に何人残ってる」

走りながら周辺の状況を確認していた、その先で――見えてしまった。



「何だ、あれは……」





それは、いくつもの火器を射出しながら、刃物の束を無秩序に振り回す、怪物じみた兵器だった。


ーーーーーーーーーーー

当機識別:D-1344予測系統:異常。

生成起点、不明。設計系統、照合不能。戦術目的、判別不能。

当機、混乱を確認。


ーーーーーーーーーーー


D-1344 は停止を想定していた。だが、あれは停止のための兵器ではなかった。

それは兵士たちを文字通り蹂躙していた。こちらの兵器は、ほとんど何の役にも立っていないようだった。

英雄は一瞬だけ考えた。

そして声を上げた。


「一度、俺があいつを止める! その時に全員で掛かってくれ!」


兵士たちは彼を見て、一瞬目を見張った。空港の英雄だ、と認識したのだ。そしてその異物の射程圏から距離を取った。

英雄は見回す。細かな情報ですら見逃すものかと、視線を走らせる。そして見つけた。小さなアンテナ。

この物体に自律演算はない。外部通信による制御個体だ。

少し英雄は苛立った。

「AIまで安全なところから観戦かよ」


だが、活路は見えた。


「7秒だ! 俺が7秒だけ時間を稼ぐ! その7秒に全ての攻撃を加えてくれ!」

彼はジャマーを片手に、それの動くリズムを測った。単純な機械なら、必ず規則性がある。そこに活路を見出したのだ。

他のドローンやアンドロイドは、すでに兵たちがあらかた排除していた。だからこそ彼は、あの異物だけに意識を絞ることができた。

そして一分ほど観察して、ようやく見えた。

刃を三回。その後、連射三秒。さらに刃を五回。連射二秒。それを繰り返している。

あんなものが突然現れ、味方を蹂躙し始めた状況で、そんな規則に気づけるはずがない。後から来た彼だからこそ、見えた活路だった。

連射の合間に、一瞬だけ間が空く。それも僥倖だった。

刃を振り回している間に接近。連射中は伏せる。その繰り返しだ。

そして彼は、刃の届かないぎりぎりの位置まで距離を詰めた。

「今だ!」

物体の真下に飛び込み、ジャマーを起動する。物体は、その場で完全に沈黙したように見えた。

その瞬間、兵士たちが一斉に攻撃を始めた。機関銃による一斉掃射。銃声が狭い空間を揺らし、火花と破片が激しく散った。

「ガガガガ――」

それは声とも言えぬ音を上げ、その場に崩れ落ちた。

英雄は伏せていたため致命傷は免れた。しかし無事とは言い難かった。銃弾は身体を掠め、全身は切り傷だらけだった。数千本の刃の下へ潜り込んだのだから、当然だった。

動かなくなった機体を見て、英雄はゆっくりと立ち上がった。それから兵士たちを見た。

兵士たちも、彼を見ていた。その目には、驚きと、安堵と、そしてまだ名前になり切らない期待が宿っていた。

――新たな勇者の誕生か。

誰も口にはしなかったが、たしかにそんな空気がそこにあった。

そして英雄が勝鬨を上げようとした、その刹那。

動かなくなったはずのそれから、一本だけ刃が振られた。

英雄の首は、胴体から離れた。

血飛沫が上がる。胴体が崩れ、遅れて首が床を転がった。兵士たちは、その光景をただ見ていた。完全に停止した物体と、たった今まで立っていた男の死を、理解しきれぬままに。

「あぁ、俺はあの人に追いつけなかった。だけどこの7秒は……」

英雄の意識は、そこで途切れた。


『彼は、最後にようやく理解したのでしょう』

『七分の意味とは、長く戦うことではなかった。世界を変えることでもなかった。ただ、誰かが生き延びるための、最小の活路を開くことだったのです』

『だからあの男は、7分を7秒にまで削り、それでもなお十分だと証明してみせたのでした』





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