第4章 おかえり
「あっ!」
「……………………おぅ。」
翌日、僕の予想した通り翔は講義に出席した。久しぶりに見た翔は、ちゃんと食事を取っていなかったのか少し痩せたように見えた。その姿に少し心配をしつつも、同時に嬉しくもある。あの時、僕の話したことはハッキリ言って綺麗事だ。例外になれる保証なんてないし、そもそも例外になるためにどうしたらいいのか何もわからない。でも、抗うと決めたのは紛れもなく僕自身から生まれた気持ちだ。翔に戻ってきてほしい、それだけで出た表面的な言葉じゃない。それがわかったから、翔も外に出てくれたんだろう。扉越しではあったけど…………“僕の言葉”ちゃんと伝わってたんだ。自然と口角が少しだけ上がっていく。それに気がついた翔がジトっとした目で僕のことを見てきた。
「…………何ニヤついてんだよ?」
「べっつに〜。ほら、講義始まるんだから、いつまでも突っ立ってないで座れよ。ここ、空いてるからさ。」
「…………ったく。」
そう悪態を突きながらも、翔は僕の左隣に座る。やれやれ、せっかくしおらしくなったと思ったのに、相変わらず素直じゃないなぁ。しばらくすると教授が入ってきて講義が始まる。自然と内容を聞くために前を向く形になるけど、僕たちは互いに顔を合わせることなく翔が小声で話しかけてくる。
「陽太。」
「ん?」
「…………悪かったな。迷惑かけた。」
「…………フフッ。それはお互い様だよ。」
全部元通りとはいかない。けれど、僕は僕の意志を示し、翔がそれに応えてくれた。今はこれでいいと思う。親友であり、理解者であり、協力者である最高の相棒が戻ってきてくれたんだから。
――――――――――――――――――――――――
講義が終わって、僕は翔を部室に連れて行っていた。さすがに気まずいのか最初はちょっと渋っていたけど、半ば強引に引っ張っていった。
「ほら、海月にも先輩にもめちゃくちゃ心配させたんだから、顔くらい見せに行かないとだろ?」
「いや、そりゃそうだけどよ……何も一気に全部済ませなくてもよくないか?」
「いいから。ほらもう着いたんだし、覚悟を決めろって。開けるぞ?」
ガチャリと部室の扉を開けると、死んだ魚のような目をした海月が、先輩に後ろから抱きしめられてうなじのあたりに顔を埋められて吸われていた。
「…………………………………………。」
「…………………………………………。」
あまりの意味不明な光景に僕と翔は沈黙する。どうしよう、ちょっと考えてみたけど先輩の奇行がわからない。恐る恐る聞いてみることにした。
「あの〜、先輩?翔、連れてきましたけど…………その、何してるんですか?」
「吸ってる。海月ちゃん、すっごくいい匂い!スーハースーハー。」
聞いてみたけど、ちょっと何言ってるのかわからないですね……。海月の方を見る。相変わらず虚ろな目で僕と目が合い、か細い声で弱々しく手を伸ばして助けを求めてきた。
「お兄〜………………助けて〜………………」
「せ、先輩?海月、何だか離してほしそうですけど…………離してあげません?」
「無理!チャージ中!だってさ、海月ちゃんこんなに可愛いんだよ!つまり、海月ちゃんが可愛すぎるすぎるのが悪いんだも〜ん。」
うん、これは無理だな。海月は尊い犠牲になったということで諦めよう。ということで、僕は無慈悲に微笑みながら海月を見捨てることにした。
「だってさ、海月。可愛すぎるお前が悪いみたいだから、諦めて大人しく吸われてなさい。」
「うわ〜ん!お兄に助けを求めたウチがバカだった〜!お兄ーーー!!」
久しぶりに全員(プラス1人)が揃ったオカ研の部室は、相変わらずカオスなことになっていた。せっかく元通りになったのに締まらないな〜と思いつつも、今はこの日常こそが何よりも尊いと思う。ふと隣にいる翔を見ると、頭痛を我慢するようにこめかみのあたりを揉んでいた。
「…………………………何これ?」
余談だけど、この後翔は心配をかけたことをちゃんと皆に謝り、裁判長である先輩が出した判決は、今度皆でご飯を食べに行く時に全額翔が奢るようにとのことだった。おそらく先輩は容赦なく高いお肉を注文しまくるだろうから、翔は既に天を仰いでいた。合掌。
海月吸いは猫吸いだと思ってください。




