第3章 掬う
ピーン……ポーン
先輩と海月に相談した後、いてもたってもいられなくなった僕は、その足で翔の住むアパートに向かった。息を整えてからチャイムを押したけど、やっぱり返事は帰ってこない。反応を返してこないんなら、こっちもお構いなく言いたいことを言わせてもらおう。
「翔、僕だ。陽太だ。大学にも来ないで何しているんだよ?皆心配しているから、様子を見に来たぞ。」
「……………………………………何しに来た?」
ややあって、扉の向こうに人の気配を感じたと思ったら、翔の声が聞こえてきた。良かった。大袈裟かもしれないけど、とりあえず生きてた。だけどもその声はか細く、今にも消えてしまうんじゃないかと錯覚するほどだった。
「そのままでいいからさ、とりあえず話を聞いてくれよ。さっきも言ったけどとりあえずさ、ちゃんと大学に来いよ。先輩も海月も、もちろん僕だって心配しているんだぞ。お前と公園で話した時のこと、僕の始まりの代償のことは、もう二人にも全部話してあるからさ。」
「話したのか……………………そうか。二人は何て?」
「翔の想像通りだと思うよ。最初は二人とも大なり小なりショックを受けてた。でも、二人はそれでも真実を受け止めて、こんな僕のことも受け入れてくれたよ。」
正直、僕は次の言葉を言うか一瞬悩んだ。次に言おうとしていることは、正に翔が思い悩んでいる核心とも言えることだからだ。だけど、さっきあの二人がちゃんと僕の想いを、考えを翔にぶつけた方がいいと言ってくれたんだ。それが他でもない、何者にも用意されていない“僕自身の気持ち”で、それこそが人の心を救えるんだって。
「…………最初は僕も考えたよ。お前に“生物として異質”って言われて、実際その通りだと思ったし、否定できなかったから。もう僕は何があっても狂うことができない、“人間もどき”になってしまったんだって。でも、先輩が気付かせてくれたんだ。人のために動いてしまう、それが僕だって。本質は出会った時から何も変わってないって。」
「……………………。」
翔は扉越しに相変わらず黙っている。頭のいい翔のことだ。僕が考えつくことより、もっと深く色んなことを考えてしまっているんだろう。考えてしまうから、最悪の未来を理解してしまったんだろう。それは、当事者の僕よりも“如月 陽太の行きつく未来”を知ってしまえることからくる苦悩なんだ。その苦悩は、翔自身にしか完璧に理解することはできない。…………でもそれってさ、逆を言うと“僕の気持ちも翔には完璧に理解することはできない”ってことだよね。
「……お前が僕のことを思ってここまで苦しんでるのはわかるよ。それは素直に嬉しく思う。でも、例え翔が最悪を想像して、その通りに未来が進んでしまっているとしても…………僕はそれでも抗うよ。この足掻きこそが、ストーリーテラーを喜ばせることになるかもしれない。けど……僕は最後まで抗って、あの本に書かれていた結末の例外になってみせる!」
そうして僕は左手を前に出す。もう存在がわからない、“あるはずなのにあると認識できない左手”を見ながら記憶の通りに拳を作る。そして翔に伝わることを信じて、扉にコツンその拳を当てた。
「だからさ、お前に酷なことを言ってるのはわかる。でも…………だけども、これからの僕を見ていてくれ。お前の親友は、最後まで運命に抗ってみせるやつだって証明してみせるから。」
僕は左拳を扉から離す。翔に伝えたいことはこれで全部伝えたつもりだ。わざと足音がわかるように踵をかえす。
「じゃあ、明日の講義で待ってるからな。ちゃんと来いよ。」
翔から返事はなかった。構わず僕は扉から立ち去る。やるべきことはやった。ここからは、翔自身が決める問題なんだ。でも、なんとなくだけど、明日翔は僕の前に姿を表すんじゃないかと、そんな根拠の無い予感を抱いていた。




