第5章 Confession
年が明け、年末年始休暇も終わりにさしかかり、明日からまた大学が始まる。翔が戻ってきて数日後、先輩の判決通り翔の奢りで、皆で焼肉を食べに行った。店自体は学生の僕らでも行けるレベルのところだけど、予想通り先輩が遠慮なく高いお肉を注文していたから、会計時に翔の背中に哀愁が漂っていた。あの時ばかりは、翔は泣いてよかったと思う。でも、あれは翔が僕たちの輪に帰ってきやすいようにした、先輩の気遣いだと思う。
年末年始は海月も一度実家に帰り、今日僕の部屋に戻ってきた。しっかりとお年玉も貰ったらしく、ホクホク顔だ。帰省した時にオカ研のことを父さん母さんに話したらしい。もちろんセレクター関係の話は全部伏せたらしいけど。多分、二人とも海月の口から家族以外の人の話を聞けて嬉しかっただろうな。
「そういえばお兄、帰る時にママから手紙を預かってきたよ。はいこれ。」
「手紙?何で手紙?RAINで送ればいいのに、なんでわざわざ面倒なことを?」
別に母さんの奇行は今に始まったことじゃないけど、なんでこのご時世に手紙なんだ?とりあえず便箋を開けて中身を見てみる。手紙は二枚入っていた。まずは一枚目から読んでみる。
『よー君へ
みーちゃんから全部聞いたよ。アンタがオカ研に入ってるのも驚きだけど、皆さんみーちゃんのことも受け入れてくれたんだってね。世界全てが敵だと思っていたみーちゃんが、あんなに楽しそうに他人のことを話している姿を見て、私もお父さんもとても嬉しかったです。特に椎名さんには良くしてもらってるみたいで……改めてよー君の方からもお礼を言っておいてください。
最後に、お兄ちゃんとして、みーちゃんのことを支えてくれて本当にありがとう。ただ、たまには顔を見せに帰ってきなさい。よー君も私たちの大切な子どもなんだから、いつでも甘えていいんだからね。母より』
…………母さん。突然の手紙に警戒してしまったけど、そこには母の愛が籠っていて、自然と目頭が熱くなる。続けて二枚目の手紙を見てみた。
『追伸、椎名さんメッチャ良い娘じゃない。孫の顔はいつ見れる?』
二枚目の手紙だけ破り捨てた。バカなの!?何故わざわざ手紙でこんなくだらない事を聞いてくるのか、我が母のことが一番わからないかもしれない。さっきまでの感動を返してほしい。
「お兄〜、ママの手紙なんて書いてたの〜?」
「教えません!海月ちゃんにはまだ早いザマス!」
「えー、何それー!お兄のケチ!」
そんなことを兄妹で話しながら夜が更けていく。改めて翔も戻ってきて、先輩が場を和ませて、海月がいる。本当に何でもない日常が穏やかに過ぎていったと思う。ただ一つ…………セレクターがずっと沈黙している、その不気味さを除いて。
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翌日、長いようで短かった年末年始休暇も終わってしまい、今日から登校日だ。さすがに初日だから講義は昼までになっていて、せっかくだし翔と学食に行こうと思ったんだけど、生憎と今日バイトがあるらしい。仕方がないから、海月を迎えに行ってそのまま先輩も誘ってお昼を食べに行こう。部室に着き扉を開けると、そこには先輩だけソファに腰掛けていた。
「あれ、先輩一人ですか?海月は?」
「んっとね〜、海月ちゃんはちょっと買物に行ってるよ〜。多分すぐ戻ってくるんじゃないかな?」
「あっ、そうなんですね。だったらここで待っておこうかな。」
そんなに時間がかからないのなら、このままここで待っていよう。元々先輩も誘うつもりだったんだし。それにしても、海月も一人でちょっとした買物に行けるようになったんだな。今までは僕(最近は先輩も)とベッタリ一緒じゃないと、コンビニですら買物に行けなかったのに。妹の確かな成長を喜びつつも、それはそれで少し寂しいとも思う。べ、別にシスコンってわけじゃないんだからね!
「ねぇ陽ちゃん、久しぶりに二人っきりなんだし、少しお話しない?ほら、隣においでよ。」
「?はい、じゃあお言葉に甘えて。」
先輩は自身の隣をポフポフと叩いて、僕がソファに座るよう促していた。先輩の表情は微笑んでいるけれど、その眼差しは真剣そのものだ。一体なんだろう、改まって話って。
「突然だけどさ、多分二人っきりになれる機会なんてもうないかもしれないから、どうしても陽ちゃんと話したかったんだ。…………ねぇ、先月カケルっちのことで陽ちゃんがこの部屋で相談をしてきた時、つい勢いで陽ちゃんに伝えちゃったこと覚えてる?…………私が陽ちゃんのこと大好きって言ったこと。」
「それは…………」
まさかその話がくるとは思っていなかった。あの時はそれどころじゃなかったし、聞き間違いかと思ってた。きっと後輩、友人としての意味だと思うようにしていた。でも、このタイミングで聞いてくるってことは、つまりそういう意味ってことなんだろう。
「陽ちゃん、私の気持ちは今でも変わらないよ。私は陽ちゃんのことが好き。大好き。初めて会った時が私が2年の時だから…………この気持ちを伝えるのに3年くらいかかっちゃった。私が意気地無しで言う勇気がなかったのが悪いんだけどね。今の陽ちゃんに言っても困らせるだけってことはわかってるんだけど…………でもほら、もうすぐ私も卒業だからさ。最後のワガママとして、一度は胸にしまおうとした気持ちだけど、どうしても伝えたいと思ったんだ。」
「………………………………っ。」
先輩の声音はどこまでも優しかった。それが痛いほどわかるからこそ、たまらなく胸が苦しくなる。自然と僕は両手で顔を覆っていた。
「でもね、この3年間これだけ陽ちゃんのこと見てたらさ…………私も、何となく今の陽ちゃんが言いそうな言葉もわかっちゃうんだよね。えへへ、だったら尚更言うなよって話なんだけどさ、それでも………私は陽ちゃんの言葉で答えを聞きたい。」
先輩は立ち上がって、顔を覆っている僕の正面にしゃがみこむ。指の間から見える先輩の顔は、慈愛に満ちていた。…………僕の回答はとっくにわかってるはずなのに。
「陽ちゃん…………改めて言うね。私は陽ちゃんが好きです。大好きです。陽ちゃんが嬉しいと私も嬉しいし、辛そうにしていたら私も悲しい。ずっと傍にいて、あなたと共に歩んでいきたいと思っています。これが私の素直な気持ち。だからどうか、“陽ちゃん自身が出している答え”を陽ちゃんの口から聞かせて?」
「ぼ、僕は………………っ!」
僕は今から凄く残酷なことを先輩に言わなければならない。目頭が熱くなり、涙が溢れてくる。わかっている。これは誰が悪いとかはない。でも、今からこの人を傷つけることになる僕に、本当は涙を流す資格なんてない。でも、これが僕の罰なんだ。あの時、調子に乗って好奇心に抗えず、路地裏の空間に浮かぶ穴に近づいてしまった僕の。涙が止まらないまま、僕は顔から手を離す。真っ直ぐ先輩の顔を見ながら、“僕の気持ち”と告白の答えを告げた。
「ぼ、僕も…………先輩のことが好きです。初めて会った時から、ずっと。でも…………僕の体はこんなことになってしまって……きっと、それでも先輩は僕のことを受け入れてくれるんでしょうね。だけど、だからこそ…………次力が発動した時、僕はどうなるかわからないから。大好きな人を巻き込みたくないから。だから……だからっ………………その気持ちに応えることはできません。」
僕はもう涙を抑えることが出来なかった。とめどなく涙が溢れてくる。そんな僕のことを、先輩はまるで全部わかってたように、応えられなくても構わないと言うように、優しく抱きしめてきた。
「うん、大丈夫だよ。ありがとう、こんな私のことを好きになってくれて。私のために涙を流してくれて。そしてごめんね。私のワガママで、陽ちゃんにツラいことを言わせてしまって。」
僕を抱きしめる先輩の目にも1粒の涙が落ちていた。僕達は抱えて生きていくしかない。繋がりを、戻せたものを、失ったものを、そして応えられなかった気持ちを。先輩の静かに流れる涙が僕の服を濡らす。残酷な程に暖かい涙だった。僕たち二人の涙が溶け合い熱を持つと共に、長い冬が終わろうとしていた。
告白、そして懺悔




