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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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剣闘大会5

 ゴリッツ邸での晩餐後、イシュガルの客室にレイとセーラは訪れていた。


 応接スペースのテーブルセットには、イシュガルが奥側に座り、その向かいにはレイが腰掛けていた。

 レヴィは報告のためにテーブル横に立ち、セーラは壁際に控えている。


「夕食の席でもマリアンヌ嬢は欠席されていたな」

「目を覚まされたとは聞きましたけど、心配ですよね……」


 イシュガルが呟くと、レイは物憂げにへにょりと眉を下げた。


 晩餐の席で、ゴリッツ子爵家当主のゲアハルトから、マリアンヌが意識を取り戻したこと、だがまだ体調は万全でないため晩餐会には欠席することを伝えられていた。


 レイは、見舞いの言葉をゲアハルトに伝えるだけに留めておいた。今、見舞いに押しかけても、マリアンヌの迷惑にしかならないと思ったからだ。


「体調が戻れば、マリアンヌ嬢も明日の剣闘大会には顔を出すだろう。大事な優勝賞品だからな。それで、レヴィの方はドラゴンスレイヤーについて、何か分かったのか? 念話がどうとか話していたが」


 イシュガルは、炎のように真っ赤な瞳をレヴィに向けた。


「ドラゴンスレイヤーの名は、『シュピーゲル』だそうです。属性は、霧と風の二属性のようです」


 レヴィが淡々と報告をした。


「そうか、二属性とは珍しい。そのシュピーゲルは、他にも何か言っていたか?」


 イシュガルの質問に、レヴィは少し困ったような視線をレイに送った。

 レイもますます困って眉を下げる。


「レイ嬢と何か関係が?」


 二人の微妙なやり取りに、イシュガルが鋭く突っ込む。


「……シュピーゲルは、レイのことを気に入ったようです」


 レヴィは、しぶしぶ口を開いた。


「レイ嬢のことを……?」


 イシュガルは、今度はレイの方を向いた。真っ赤な瞳には、驚きの色が浮かんでいた。


「ゴリッツ家の方々は手入れが丁寧なので、ドラゴンスレイヤー自身も気に入ってるみたいです。でも、魔術の素養が足りないとも言ってました」

「レイ嬢もシュピーゲルの言葉が?」

「はい。頭の中に直接響くような感じで聞こえてきました」

「ふむ、そうか……」


 レイが言えることだけ言うと、イシュガルは腕を組んで少し考え込んだ。そして、ふと疑問を口にした。


「シュピーゲルは、剣の腕前ではなく、魔術の素養を気にしているのか?」

「魔剣によって、主人の好みはさまざまです。シュピーゲルは、ある程度魔術の素養がある者を好むのでしょう」


 レヴィが淡々と答えた。


「ある程度とは言っても、レイ嬢は黒の塔の魔術師だからな。上級魔術師レベルだろう……?」

「わ、私はあのドラゴンスレイヤーと契約はしませんよ!」


 イシュガルが困惑したように言うと、レイはぶんぶんと首を横に振った。


(シュピーゲルは大会の景品だし、私が横から掻っ攫うようなマネはできないし! 何より、レヴィが……)


 レイがチラリとレヴィの方を見上げると、彼はほくほくと嬉しそうな空気を漂わせていた。

 主人に「剣は増やさない」と断言されて、嬉しかったようだ。


(うっ、ものすごく嬉しそう……)


 レイは、自らの剣(レヴィ)の期待は裏切れないな、と再確認したのだった。


「そうなると、剣の腕前だけが強い者が大会で優勝しても、シュピーゲルがその者を主人と認めない可能性もあるということだな?」

「おそらく」


 イシュガルが整理して尋ねると、レヴィは小さく頷いた。


「現状、シュピーゲルはゴリッツ子爵家の誰も主人とは認めていない。そして、ゴリッツ子爵家では宝剣扱いで、管理しているだけにとどまっている。剣闘大会優勝者が、必ずしも主人と認められるわけでもない──王宮としては、現状維持の方がありがたいのだがな……」


 イシュガルは溜め息混じりに、ぽつりと呟いた。


 ドラゴニア王家には火竜の血が流れている──ドラゴンスレイヤーは、王族に大ダメージを与える可能性のある武器だ。下手な者の手に渡るよりも、今まで通り、王家に他意のないゴリッツ子爵家のような実力のある貴族に管理を任せている方が、ドラゴニア王家的には気がかりが少なくていいのだ。


「二人とも、ありがとう。明日は剣闘大会だからな、ゆっくり休んでくれ」

「はっ!」

「はい」


 イシュガルに言われ、レヴィは敬礼しながら、レイは相槌を打って返事をした。



「レイ嬢」

「? はい」


 部屋を出る時、レイは呼び止められた。イシュガルの方を振り返る。


「以前贈ったドレスは、持ってきてくれているだろうか?」

「はい、セーラの鞄の中に入ってますよ! 本当に素敵なドレスをありがとうございます!」


 イシュガルに訊かれ、レイはにっこりとお礼を言った。


「ああ。明日、着飾った君を楽しみにしている」


 イシュガルは、一際あたたかくて柔らかい微笑みを浮かべた。さらりとレイの髪を撫でる。


 普段は騎士としてキリッと凛々しい表情が多いためか、イシュガルの見慣れない無防備な笑顔に、レイの心臓がドキンッと大きく跳ねた。


「は、はいッ! わ、私も明日を楽しみにしてマス!」


 レイはドギマギしながら、なんとか返事を返した。


(あれれ? 急にどうしちゃったんだろう……!?)


 レイは、胸は緊張するようにドキドキと高鳴っているのに、頭は熱があるかのようにぼーっとしながら、自分の部屋へと帰って行った。



***



 翌日、レイはセーラの手を借りて準備をしていた。


 イシュガルから贈られたのは、薄桃色のドレスだった。派手すぎるものが苦手なレイに合わせてなのか、真っ赤な細いリボンが控えめにいくつか散りばめられている、可愛らしいドレスだ。


「よくお似合いですよ、お嬢様。髪には、フェリクス様からいただいた炎織りのリボンを合わせましょうか?」

「うん、お願い!」


 セーラに訊かれ、レイは機嫌良く頷いた。


 セーラは手慣れたように、レイの黒髪に炎織りのリボンを編み込んでいく。


「わぁ……! 今日も素敵だね! ありがとう、セーラ!」


 鏡の中を覗き込むと、レイはすっかり小さな淑女(レディ)になっていた。


 リボンを編み込んだ髪は、少し高めのサイドポニーになっていて、毛先も緩やかに巻かれている。剣闘大会が開催される野外でも動きやすく、かつ、ドレスに合わせて可愛らしい雰囲気に仕上がっていた。


「喜んでいただけて光栄です」


 セーラは、暁色の目を柔らかく細めた。


「レイ嬢、準備はできただろうか?」


 その時、ちょうど客室の扉がノックされた。

 扉の向こう側から、イシュガルの声が聞こえてくる。


 セーラが扉を開けると、そこには王国騎士団の正装姿のイシュガルが立っていた。

 深紅色の騎士服の胸元には勲章がいくつも輝き、白いサッシュも付けられている。今日は、立派な黒いマントを、片側の肩から下げているようだ。


 王国騎士ということもあり、イシュガルも鍛え抜かれて引き締まった体付きをしている。姿勢良く堂々と騎士服を着こなす姿は、非常に(さま)になっていた。


(わわっ! イシュガル団長、すごくかっこいい!!)


 制服効果もあるが、レイはきゅんっとときめいた。


「思った通りだ。とても可愛いな。今日はよろしく頼む」


 イシュガルがさらりとレイを褒め、白い手袋に包まれた手をゆっくりと差し出してきた。

 レイがその手に自分の手を重ねると、きゅっと優しく包み込むように握られた。


「こちらこそよろしくお願いします! ……イシュガル団長も、かっこよくて素敵です……」


 挨拶はするりと口をついて出たのに、褒め言葉は変に照れてしまって、レイは頬を赤らめてぽそぽそと小声で伝えた。


 イシュガルには、そんなレイの様子も初々しく感じたのか、「それでは行こうか」とあたたかく微笑んで流してくれた。


 二人は、剣闘大会の会場へと向かった。




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