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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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剣闘大会4

 レイたち一行は、魔物に遭遇することなく、ゴリッツ領の領都ヴォルフェンにたどり着いた。


(護衛の騎士様たちは運が良かったって喜んでたけど、本当はセーラが影竜だから、魔物が怖がって近寄らなかったんだと思う……)


 レイは「そうですね」と相槌を打って、笑顔で受け流しておいた。


 今回の旅では、珍しくニールに侍女を付けられた。

 旅先でドレスの着付けやヘアメイクなど身の回りの世話をさせることはもちろん、護衛も兼ねている。

 セーラは影竜ということもあり、かなり頑丈で怪力だ。影竜王であるニールに忠誠を誓っていて、レイのことも可愛がってくれている。


 馬車は、ヴォルフェンの街中を軽快に進み、大きな屋敷の前にたどり着いた。

 さらに鉄柵の門をくぐり、前庭のロータリーを抜け、屋敷の車寄せへと回る。

 屋敷の前で、静かに馬車が停止した。


「着いたな」


 イシュガルが呟いた。


 御者が外から馬車の扉を開けた。

 イシュガルが先に降りる。


 導くように白い手袋に包まれた手を差し出され、レイは静かに自分の手をのせた。

 軽快にステップを踏み、馬車を降りる。


 レイが屋敷の方へ向き直ると、ヴォルフェン騎士団の騎士服姿のゲアハルトと彼の息子たち、そして可愛らしく着飾ったマリアンヌが出迎えに出ていた。


「ようこそお越しくださいました」


 ゲアハルトが、空気を震わすようなバリトンボイスで挨拶をした。


「お会いできて光栄です、リヒター団長」

「こちらこそお招きいただきありがとうございます、ゴリッツ子爵」


 大柄な二人が、がっしりと厚く握手を交わす。


 軽く挨拶を交わした後、ゲアハルトはもう一人の来客に目をぱちくりさせた。


「そちらのご令嬢は?」

「ご無沙汰しております、レイ・メーヴィスです」


 レイはコートをちょこんと摘み、淑女の礼をした。


 本日のレイは、セーラの手によって完璧に貴族のご令嬢に仕立て上げられていた。

 旅用のドレスは淡いライラック色で、上から白いコートを羽織っている。

 長い黒髪はハーフアップにまとめられ、毛先は緩く巻かれていた。薄化粧も施され、凛とした透明感はそのままに、いつものレイよりも可憐な美少女に仕上がっていた。


「レッ、レレレ、レイ様ぁあぁぁあっ!!?」


 それまで客人向けにニコニコと微笑みを浮かべていたマリアンヌが、素っ頓狂な声をあげた。「はぅ……」と溜め息のようにこぼすと、くらりと揺れて、バタンと倒れた。


「「「「マリアンヌッ!?」」」」

「「「!?」」」


 ゲアハルトたちは急に倒れたマリアンヌに驚いておろおろし、屋敷の中からは使用人たちが慌てて飛び出して来た。急ぎ、彼女を屋敷の中へと運び込む。


 レイたち客人はあまりのことにびっくりして、ぽかんとその場に突っ立ったままになってしまった。


──屋敷前は、一時騒然となった。



***



 レイたちは、ひとまず客室に案内された。

 来客用のベッドと応接セットが置かれ、続きの部屋には使用人用の小部屋もある──シンプルだが、綺麗に整った部屋だった。


 レイはソファに座り、小休憩をとっていた。


 セーラはテキパキとレイの荷物を整理したり、彼女にお茶を用意したりして、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。


「びっくりしたね……マリアンヌ様、大丈夫かな?」

「すぐに介抱されてましたからね、大事にはならないかとは思いますが。後ほど確認いたしましょうか?」

「うん、お願いできる?」


(ご迷惑じゃなければ、後でお見舞いにも行きたいし)


 レイは友人マリアンヌとの再会を楽しみにしていたが、こんなことになってしまい、非常に心配していた。


 その時、コンコンッと客室のドアが叩かれた。


「? どうぞ」


 レイが答えると、「失礼する」とイシュガルとゲアハルトが部屋の中に入って来た。


「ゴリッツ子爵が、特別に秘蔵のドラゴンスレイヤーを見学させてくださるそうだ。レイ嬢も一緒に行くか?」

「いいんですか? 是非、お願いします!」


 イシュガルの誘いに、レイは二つ返事で頷いた。


 廊下に出ると、イシュガルの護衛でついて来ていたレヴィが控えていた。

 レイと視線が合い、レヴィは小さく目礼をした。


 ゲアハルトの案内で、レイたちは屋敷の奥の方へと進んで行った。


「……その、本当にメーヴィス殿ですか? かなり以前と雰囲気が変わられましたな……」


 途中の廊下で、ゲアハルトがどこか不安そうに尋ねてきた。


「そうですね、前回は完全に冒険者の格好をしていたので、かなり雰囲気は変わっているかと……今日は、侍女がいろいろとめかしこんでくれましたので」


(そんなにびっくりするほど違うかな??)


 レイは苦笑いで返した。


「そ、そうでしたか。元々女性で……?」

「? そうですけど?」


 ゲアハルトがためらいがちに質問すると、レイはきょとんと小首を傾げたのだった。



「この部屋です」


 ゲアハルトが、一階奥の倉庫まで案内してくれた。


 扉の前には、ヴォルフェン騎士団の騎士が一人、見張りで立っていた。

 木製扉には頑丈そうな鉄製の鍵がかけられていて、少しだけ物々しい雰囲気だ。


 ゲアハルトは、腰のベルトから鍵の束を取ると、ゆっくりと鍵を回した。


 倉庫の中は、主に武器庫として使われているようだった。

 壁際には槍や弓が立てかけられ、剣や矢がまとめて置かれている。盾や鎧などの防具も、木箱に入れられ積まれていた。


 倉庫奥の真ん中には、古びたテーブルが置かれ、その上には一際立派な木箱が置かれていた。


「こちらが、我が家に代々伝わるドラゴンスレイヤーです」


 ゲアハルトは、木箱の蓋を開けた。


 中には、一振りの美しいファルシオンが入っていた。

 幅広の片刃で、まどろみの中にいるかのように微かに魔力の気配をまとっていた。

 そして、その刃はまるで上質な鏡のように、見る者の姿を正確に写しだしていた。


「これが……」

「わぁ、綺麗ですね」


 イシュガルとレイは、ドラゴンスレイヤーの美しさに息を飲んだ。


「貴重なドラゴンスレイヤーですからな。代々の当主が、まめに手入れをしてきたのです」


 ゲアハルトが、得意げに説明した。


 レイたちがじっと見入っていると、不意にドラゴンスレイヤーの魔力が強まった。


『我が名はシュピーゲル、霧と風の子。竜の王の主よ、剣の王よ。貴女は我が仕えるに相応しい』

「!?」


 レイの脳内に、直接、落ち着いた男性の声が響いた。

 びっくりして思わず声をあげそうになり、レイは自分の口元を両手で押さえた。


『……えっと、もしかして私に話しかけてる?』


 レイは念話の要領で、脳内で問いかけてみた。


『そうだ。ゴリッツ家は我の扱いは丁寧だが、我を使うにはいささか魔術の素養が足りない。だが、貴女は剣だけでなく魔術の素養がある。さらに、竜の王の主の証もある。我の主人として、これ以上の者にはいまだ会ったことがない』


 シュピーゲルが朗々と返答してきた。


『えぇと、私はすでに自分の剣を持ってるから、あなたまで持つわけには……』


 レイはチラリと横目でレヴィの様子をうかがった。


 普段は淡々と無表情気味なレヴィが、珍しく眉や口元をむずむずとさせ、微妙な表情をしていた。


(ですよね! イヤですよね!?)


 レイは自らの剣(レヴィ)の不機嫌を察知した。


『貴女には、風の王の主の証は無い。我なら貴女のさらなる役に立てるだろう』

『う〜んとね……』


 さらに自らを押し売りしてくるシュピーゲルに、レイはどう言えば断れるか、頭を悩ませた。


 その時、レイたちの背後から、咎めるような低い声がした。


「シュピーゲル、あなたのわがままでレイを困らせないで下さい」


 今にもスパッと切り裂いてしまいそうな鋭利な視線を、レヴィは箱の中のドラゴンスレイヤーに向けていた。


『…………』


 これにはシュピーゲルも観念したのか、またまどろむようにその魔力を鎮めて、そのまま黙り込んでしまった。


 ゲアハルトだけは驚愕の表情で、レヴィの方を振り返っていた。



***



「君は、いつ我が家のドラゴンスレイヤーの名を知ったのかね?」


 倉庫の扉の鍵を閉めると、ゲアハルトは訝しむようにレヴィに話しかけた。


 イシュガルも、レヴィを見つめる。


「先ほど、シュピーゲル自身が自己紹介してました」


 レヴィが淡々と答える。


「……まさか、君が……?」

「いえ、私ではシュピーゲルの主人にはなれません。たまたま念話が聞こえただけです」

「そうか……」


 レヴィの回答に、ゲアハルトは少しホッとしたような、それでもまだ腑に落ちていないような、なんとも言えない表情を浮かべていた。



 その後は、レイたちは元の客室まで案内されることになった。




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