剣闘大会3
レイが次に目を開くと、ゴルドスタッズの転移門に到着していた。
ここも、王都と全くそっくりな転移の間が広がっていた。
魔術陣の外で待っている魔術師が変わっているので、「あぁ、転移したのだな」とやっと気づくことができたくらいだ。
「ようこそ、ゴルドスタッズへ」
ここの責任者らしき魔術師が、穏やかに歓迎してくれた。
転移門近くのゴルドスタッズの騎士団詰所で、イシュガルたちは馬車と馬を確保してくれた。
準備が整うと、すぐに出立することになった。
レイはぼんやりと馬車の窓の外を眺めた。
軽快に、活気ある工房街の風景が、馬車の後方へと流れていく。
「ここは主に宝飾品の工房街だな。今は急ぎのため無理だが、帰りであれば立ち寄れるぞ」
レイの様子を見て、イシュガルが声をかけた。
「う~ん、私は宝飾品にはあまり興味がないですし、ニールが用意してくれた物の方が確かなので、大丈夫です」
「フッ。それもそうだな」
イシュガルは一瞬虚を突かれたように真っ赤な瞳を丸くしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
ニールが商会長を務めるバレット商会は、世界中に支店を持つ大店だ──どこの誰よりも正確に、レイにピッタリ合ったものを用意してくれるだろう。
「レイ嬢はあまり欲がないな。貴族の令嬢であれば、宝飾品には目がないものだろう?」
「必要なら買いますけど、そうでなければ無駄買いは好きじゃないです。付けて行く所もそんなに無いですし」
「そうか、レイ嬢は堅実なのだな」
レイが答えると、イシュガルは柔らかく目を細めた。
工房街を抜け、ゴルドスタッズの街を囲う城壁を抜けると、のどかな畑道に出た。そこでは、背の低い葉物野菜や根菜の畑がどこまでも続いていた。
イシュガルが、向かいの席のレイに穏やかに話しかけた。
「今夜は次の街に泊まることになる。レイ嬢は、ゴリッツ領に行くのは初めてか?」
「いえ。冒険者として、ヴォルフェンの街に行ったことがあります。イシュガル団長は?」
「俺は初めてだな。だが、ヴォルフェンを囲むタンネンヴァルトの森には、強い魔物が棲んでいると聞く。そんな魔物たちから民を守る騎士団は、特に勇敢で屈強だとの噂だからな。行くのが楽しみだ」
「そうなんですね。確かに、ゴリッツ子爵もかなり大柄で屈強な方でしたよ」
「レイ嬢はゴリッツ子爵に会ったことがあるのか?」
「はい。以前、タンネンヴァルトの森で、ゴリッツ子爵のお嬢様を助けたことがありまして──」
イシュガルとレイは、他愛もない話を続けた。
イシュガルとの会話は、派手に盛り上がるようなものではなかった。だが、落ち着いて穏やかなもので、彼の心配りや気遣いが感じられるものだった。
(イシュガル団長は優しくて気配りのできる人だな~ なんか、こういうのって悪くないかも……)
レイは、イシュガルとの間の優しくのんびりとした空気感を、どこか心地良く感じていた。
「団長! そろそろ休憩に入りますか!?」
馬車と並走している騎馬の騎士が、コンコンッと馬車の壁を叩く。大声で確認してきた。
「もう昼か。一旦、休憩に入るか。どこか休めそうな所で止めてくれ」
イシュガルは、御者側の壁に付いている小窓を開けると、軽く指示を出した。
少し走った先の広場で、馬車が止まった。
護衛の騎馬たちも、次々と止まっていく。
馬車から降りると、侍女のセーラは旅行用トランクの中から、敷物とバスケットを取り出した。テキパキと昼食の準備を進めていく。
騎士たちは馬から降りると、馬たちを休ませたり、水をあげて労ったりしていた。
「ここで一時間ほど休憩を取る」
「「「「「はい!」」」」」
イシュガルが一声かけると、騎士たちは声を揃えて答えた。
「レイお嬢様。昼はヴィンス料理長お手製のサンドイッチです。紅茶もお淹れしますね」
「ありがとう」
セーラはバスケットを開けた。中には、ハムやレタス、トマトや卵などさまざまな食材を挟んだサンドイッチが、所狭しと詰め込まれていた。
レイはベリージャムのサンドイッチを手に取ると、ほくほくと幸せそうに頬張った。
(おいふぃ……料理長、いつも私の食べたいものを用意してくれるんだよね!)
「たくさんあるので、イシュガル団長も召し上がりますか?」
「ああ、すまない」
ごっくんとサンドイッチを飲み込むと、レイはイシュガルにも声をかけた。
「うん、うまいな」
イシュガルはサンドイッチを一口頬張ると、目を丸くして頷いた。
レイがふと気づいて周りを見渡すと、他の騎士たちが羨ましそうな視線を、バスケットの中身に向けていた。
どうやら騎士たちは、固い干し肉やパンのような携行食で、昼食を済まそうとしていたようだった。ふかふかのパンに挟まれた美味しそうなサンドイッチに、目を奪われてしまったようだ。
「セーラ?」
「はい。料理長も、おそらくこうなるだろうと多めに作っておりますので、まだございますよ」
レイが視線で尋ねると、セーラは小さく頷いた。
「護衛の騎士様たちも、どうぞ召し上がってください。サンドイッチはまだありますので」
レイはニコッと微笑んで、みんなに声をかけた。
「いいんですか!?」
「いただきます!」
「うまっ!」
「遠征中にこんなうまい飯が食えるとは!」
騎士たちはバスケットの周りに群がると、サンドイッチに手を伸ばした。ばくばくと夢中で頬張る。
レイがそんな彼らを見て、コロコロと朗らかに笑った。
イシュガルは「お前たち、食べ過ぎるなよ」と呆れたように部下を嗜めつつ、レイには優しげな視線を向けていた。
「レヴィ」
「あ。レイ」
食後の休憩時間に、レイはレヴィに声をかけた。
レヴィは一人だけ王国騎士見習いのため、出立前に装備や馬たちの点検をしていた。
「久しぶり。元気にやってた?」
「ええ。病気にはなりませんから」
レイが軽く尋ねると、レヴィは柔らかく表情を崩して答えた。
レヴィは元の体が剣なので、病気のしようがなかった。彼的には、ただ単に事実を伝えただけだった。
「レヴィは、ドラゴンスレイヤーに会ったことある?」
「ドラゴンスレイヤーですか? 何度かありますよ」
「ゴリッツ領のドラゴンスレイヤーは?」
「まだありませんね。でも、会えば分かります」
レイは、レヴィの作業を眺めながら質問していった。
レヴィも淡々と答える。
(それなら、今回のお仕事は大丈夫そうかも)
レイはぽつりと考えた。
「レイは、そのドラゴンスレイヤーが気になるんですか?」
レヴィは作業の手を止めて、尋ねてきた。いつもは淡々としているレヴィの瞳が、微かに揺れている。
「ううん、特には。イシュガル団長の任務で必要なだけだし」
レイはレヴィを見上げて、ふるふると首を横に振った。
「……それなら良かったです」
レヴィはホッとしたように、静かに呟いた。
「レイ嬢。そろそろ出発するぞ」
イシュガルが、エスコートをしに迎えに来てくれた。
サッと白い手袋に包まれた手が、差し出される。
「はい! 午後もよろしくお願いします!」
レイはにっこりと微笑んで、彼の手に自分の手を重ねた。




