剣闘大会2
「ドレスがよく似合っているな」
第一騎士団団長のイシュガルがニッと微笑んで、レイを褒めた。
イシュガルは癖のある黒髪に、炎のように真っ赤な瞳をした美丈夫だ。ドラゴニア王国が誇る王国騎士団の騎士らしく、この国の貴色である深紅の騎士服を堂々と着こなし、その肩には団長職を示す金色の飾緒が揺れていた。
今日は、剣闘大会が開かれるゴリッツ領へと出発する日だ。
王都の外れにあるバレット邸には、レイの迎えのために、馬車一台と王国騎士の騎馬数騎が詰めかけていた。
「ありがとうございます」
レイは、はにかみながらお礼を言った。
本日のレイは、旅行用の動きやすいドレスを着ていた。針葉樹林のような深みのある緑色で、足元は編み上げのブーツを合わせている。長い黒髪も、動きやすいようにハーフアップにまとめていた。
「こちらは私の侍女のセーラです。旅の間の身の回りの世話をお願いしてます」
レイは、自身のすぐ後ろに控えていた女性を紹介した。
セーラも小さくお辞儀をする。
セーラは、十代後半くらいに見える若い女性だ。焦茶に近い黒髪はシニヨンにまとめられ、暁のような朱色の瞳が綺麗に映えている。バレット邸の侍女のお仕着せを着て、旅行用トランクを持って控えていた──もちろん、バレット邸の使用人なので、彼女はBランクの影竜だ。
「ああ、分かった。二人とも馬車に乗ってくれ。早速だが出発しよう」
イシュガルはしかりと頷くと、エスコートのためにレイに手を差し出した。
レイはその白い手袋に包まれた手をとって、馬車に乗り込んだ。
***
「まずは旅程を話そうか」
レイの正面に座っているイシュガルが、口火を切った。
「お願いします」
「初日は、王都の転移門を使ってツァイラー領のゴルドスタッズの街まで移動する。そこからはゴリッツ領に向けて二日間、馬車を走らせる。順調にいけば、三日目の午前中にはゴリッツ領に入り、夕方までにはヴォルフェンの街に到着する予定だ」
レイは小さく相槌を打った。話の続きを促す。
「それから、レイ嬢の希望で、レヴィも護衛に付けている。……彼は剣やドラゴンスレイヤーに詳しいと聞いたのだが……?」
「そうですね。レヴィは武器に詳しいですし、目利きです。おそらく、今回の任務でお役に立てるかと」
イシュガルがどこか半信半疑な様子で尋ねると、レイは力強く頷いた。
(レヴィは剣に詳しいし、その人にピッタリの武器を言い当てるし、何よりドラゴンスレイヤーでもあるし)
レヴィ──いや、聖剣レーヴァテインは、レイの魔力を使って人型化している剣だ。彼は、歴代の剣聖と一緒に、武器として竜を倒してきたため、一応ドラゴンスレイヤーの称号も持っている。
「そうか。彼は建前上、我々の護衛として付いてもらうことになっている。今も馬車の後方に付いている」
イシュガルに言われ、レイは馬車の窓から後ろの方を覗いてみた。
騎士団の馬に乗ったレヴィが、馬車の速度に合わせてついて来ているのが見えた。
王国騎士団の制服のコートを着ているが、他の護衛の騎士たちとは違って、一段階暗い赤色の見習い用のものだ。
「もし彼から何かゴリッツ家のドラゴンスレイヤーについて情報を聞いたら、俺にも共有してもらいたい」
「分かりました」
イシュガルに頼まれ、レイは素直に頷いた。
(前回は、ヴォルフェンまで行きも帰りも転移魔術だったから、馬車旅はなんだか新鮮かも……)
一通り話が終わると、レイは窓から王都の街並みを眺めた。
空は快晴で、雲一つない良い天気だ。
転移門は、防衛のために王都の中心部を囲む第二城壁の外に設置されており、王都の外れにあるバレット邸からはそれほど遠くない。
賑やかな店が立ち並ぶ商人街を抜け、たくさんの王国騎士が常駐する王国騎士団の詰所の前を通り、そのすぐ隣にある転移門にはほどなくたどり着いた。
「馬と馬車はここで変えることになる。忘れ物がないようにしてくれ」
「分かりました」
イシュガルに言われ、レイはセーラに目配せをした。
セーラも小さく頷く。
イシュガルに手を貸してもらい、レイは馬車を降りた。
赤煉瓦積みの建物の前には、警備の王国騎士たちが並んでいた。
イシュガルがエスコートしてくれているためか、王国騎士たちはピシッと背筋を伸ばして、敬礼の姿勢で迎え入れてくれた。
建物内に入り、コツンコツンと靴音を鳴らして、立派な転移門が据えられた転移の間に向かう。そこでは、転移門を操作する魔術師たちが、どこか緊張した面持ちをで出迎えてくれた。
「今回移動するのは、全部で八名だ」
「かしこまりました」
イシュガルが堂々と伝えると、責任者らしき魔術師がうやうやしく頭を下げた。
(わぁ……! 転移門、初めて!)
レイは内心わくわくしながら、さりげなく周囲の様子をうかがった。
転移の間の大部分の床には、大きな魔術陣が彫り込まれ、その溝には、特殊な魔術薬が丁寧に塗られていた。
魔術陣をぐるりと囲むように、六ヶ所ほど大きな魔石が置かれた台座があり、その前には魔術師たちが待機していた。
転移の間の丸天井には、てっぺんにガラス窓がはめられていて、どうやら高価なマナガラスが使われているらしく、表面が虹色に色づいていた。
「転移門は初めてか?」
魔術陣の上へとレイをエスコートしながら、イシュガルが小声で尋ねてきた。
「そうですね! すごい設備ですよね。ここは決まった場所へしか飛べないんですか?」
レイは、イシュガルの方を見上げた。好奇心で、黒曜石のような瞳がキラリと輝く。
「そうだな。転移門は王都に四ヶ所あって、王国内の東西南北の主要都市へ転移できるようになっている。ここからは、南のゴルドスタッズに移動できる。大人数を移動できる転移門は、かなり珍しいな」
「そうなんですね!」
イシュガルとレイは朗らかにおしゃべりしながら、魔術陣の真ん中へと進んで行った。
他の護衛の騎士たちも、魔術陣の上へと続々と上がって来る。
全員が揃うと、責任者らしき魔術師が「それでは開始いたします」と合図を送った。
台座の前に立っていた魔術師たちが、魔石に両手をかざし、魔力を込め始める。
足元の魔術陣が、目も開けていられないほどに眩い光を放ち始めた。
(自分で転移するよりも、すっごく眩しい!)
レイはぎゅっと目をつむった。
護衛の騎士たちは、レイよりも転移魔術に慣れていないためか、「おぉ……」「うわっ」と小さく声を漏らしていた。
「いってらっしゃいませ」
眩い光の中、淡々と送り出す魔術師の声だけが、静かにその場に響いた。




