剣闘大会1
その日、レイはドラゴニア王立特殊魔術研究所──通称「黒の塔」の所長室に呼ばれていた。
レイが所長室に入ると、そこには所長のテオドール、その護衛のライデッカーのほか、珍しく第一騎士団団長のイシュガルが待っていた。
「レイ嬢に招待状が届いている」
「え? 私にですか?」
(誰だろう? バレット邸じゃなくて、黒の塔の方に届くなんて……)
レイは不思議そうな面持ちで、テオドールから手紙を受け取った。送り主を確認する。
「……マリアンヌ・ゴリッツ……マリアンヌ様!」
レイは思いがけない送り主に、目を丸くした。
マリアンヌは、以前、黒狼狩りのために滞在したヴォルフェンで仲良くなった領主の娘だ。
ヴォルフェンの街で別れてからそんなに期間は離れていないはずなのに、やけに懐かしい感じがして、レイはほくほくと嬉しそうに手紙の封を切った。
「王国騎士団の方にも、いくつか招待状が届いているのだが、レイ嬢には、必ずその招待を受けてもらいたいのだ」
「? 元々都合がつかないとかでなければ、出席する予定ですが……?」
「まずは内容を確認してみてくれ。詳しくはその後に話そう」
「? はい」
テオドールに不可解なことを言われ、レイは首を捻りながらも手紙に目を走らせた。
手紙には、最初に時候の挨拶やレイの体調などを気遣う言葉が丁寧に書かれていて、その後にはつらつらとマリアンヌの最近のことが書かれていた。
そして、手紙の最後の方に『この度、ゴリッツ子爵家主催の剣闘大会を開くことになりました』と綺麗な文字で書かれていた。大会日時や軽く概要が書かれた後に、『優勝者には、わが家に代々伝わる素晴らしい賞品も用意してますので、レイ様も是非とも奮ってご参加くださいませ』と締め括られていた。
「……ゴリッツ子爵家主催で、剣闘大会が開かれるみたいですね」
レイは、おそらくみんなが一番聞きたいであろう一文を口にした。
「どうやらその剣闘大会の優勝賞品が、ゴリッツ家が代々所有するドラゴンスレイヤーの貸与権のようなのだ。そして、その貸与権を得るためには、ゴリッツ子爵の娘との婚約と、ヴォルフェン騎士団に籍を置くことが条件のようなのだ」
「えっ!?」
(マリアンヌ様が婚約……)
テオドールの説明に、レイはなんとも言えない気持ちになった。
こちらの世界でせっかくできた友人が、剣闘大会の優勝者とはいえ、どこの誰とも分からない見ず知らずの男性と婚約しなければならなくなっている。さらには、優勝賞品の一部のような扱いを受けていることに、なんだかモヤモヤを覚えたのだ。
(こっちは元の世界とは違うけど、そんな女の子を景品みたいに扱うなんて……)
レイが薄らと眉根を寄せていると、今度はイシュガルに話しかけられた。
「俺も剣闘大会の見届け人として、招待を受けている。それでパートナー役として、是非とも君をエスコートさせて欲しい」
イシュガルは、武人らしく真っ直ぐにレイを見つめ、堂々とお願いした。
彼の炎のように真っ赤な瞳が、レイの瞳を射抜く。
「イシュガルには、ゴリッツ子爵家所有のドラゴンスレイヤーの調査と、大会の優勝者──誰がドラゴンスレイヤーの使用者になるのかを、確認してもらう予定だ。レイ嬢は、イシュガルが怪しまれないよう、現地でサポートしてもらいたい」
「一応、ドラゴンスレイヤーが本物かどうかってことと、テオに危害を及ぼすような相手の手に渡らないかってことの確認だけだよ! そんなに深刻な調査じゃないよ!」
テオドールの説明を、ライデッカーが軽くおどけるようにフォローした。
どうやら、レイの表情がどこか芳しくなかったので、断られないかと心配したようだ。
「分かりました」
(マリアンヌ様はきっとこんなことになって不安だろうから、せめて私が会いに行って、お話だけでも聞こう。何かしら力になれるかもしれないし)
レイはこくりと頷いた。心の中で新たなミッションを一つ追加した。
レイが頷くと、ライデッカーはホッと胸を撫で下ろした。
「当日のレイ嬢のドレスは、こちらで用意させてくれ」
「いいんですか?」
「構わない。こちらの都合で、君には調査に付き合ってもらうからな」
イシュガルの申し出に、レイは「それでは、お願いします」と素直に頷いた。
***
バレット邸への帰りの馬車の中、レイはマリアンヌからの手紙を読み返していた。
出席の返事の手紙は、すでに黒の塔の方に預けていた。王国騎士団の返信と一緒に、ゴリッツ子爵家にまとめて届けてもらえるらしい。
(……手紙の文面だと、マリアンヌ様はあまり不安になられてはなさそうだけど……)
マリアンヌの手紙には、日々のことや、最近あった嬉しかったことなど、彼女が特に暗い気持ちになっているような内容は書かれてはいなかった。
(あれ? そういえば、『レイ様も是非とも奮ってご参加くださいませ』って、私が剣闘大会の方に参加するってことじゃないよね……??)
レイは最後の方の文章を読み返して、ピシリと固まった。少し嫌な予感がしたのだ。
レイは、テオドールたちの依頼や話ぶりからして、てっきり自分は大会の見学者として参加するものだとばかり思っていたのだ。
(あれれ? でも、返信用のお手紙で「参加」に丸しちゃったし…………うん、大会当日にゴリッツ領に行くことには変わりないし…………)
イシュガルにドレスとエスコートの約束をしてしまった手前、「今からそれは無し」と言い出すのは非常に心苦しかった。
(それに、大会参加者は必ず男性のはずだし、気のせいだよね……?)
大会の趣旨が、マリアンヌの婚約相手探しも担っている以上、レイは「きっとそう。そんなはずはない」と思うことにしたのだった。
***
一週間後──
「うふふっ! レイ様は剣闘大会に参加されるのね!!」
マリアンヌは、出席に丸が付いた手紙を掲げてはしゃいでいた。
ここは、ゴリッツ子爵家の当主の執務室だ。
ゴリッツ家当主のゲアハルトが、「メーヴィス殿の返事が届いたぞ」と、家令に娘を呼びに行かせたのだ。
マリアンヌは半ばひったくるようにレイからの返信の手紙を受け取ると、人目も憚らずに小躍りを始めたのだった。
「こらこら。必ずしもメーヴィス殿が優勝するとは限らないぞ」
「えーっ! お父様は認めてくださったのではなかったの!?」
ゲアハルトが嗜めると、マリアンヌはギュンッと勢いよく振り返った。
さっきまではニコニコと嬉しそうな笑顔を浮かべていたのに、今にも泣き出しそうな顔にすっかり変わっている。
「メーヴィス殿は、すでに爵位を持っているようだし、剣も魔術も使えるようだからな、認めてはいる。……だが、大事な娘を嫁に欲しいというなら、これくらいの試練は乗り越えてもらわんとな!」
ゲアハルトは力強く断言した。ビリビリと低い声が執務室内に響く。
ゴリッツ領は、強い魔物が生息するタンネンヴァルトの森を広範囲に抱えている──可愛い娘が追々悲しい思いをしないためにも、生半可な男に預けるつもりはなかった。
そして、ゲアハルトは、今回の剣闘大会で婿候補の実力をじっくり吟味するつもりでもあった。
「そういうことなら、仕方がありませんわね……」
マリアンヌは少し唇を尖らせながらも、渋々了承した。彼女もゴリッツ領の領主の子──この領では強き者が好まれ、認められると肌で理解しているのだ。
「マリアンヌも、メーヴィス殿が優勝するよう応援してさしあげるといい」
「レイ様を応援……!」
ゲアハルトがさりげなく勧めると、マリアンヌはキラキラリンッと瞳を輝かせた。
マリアンヌには儚い夢があった──魔物討伐で鍛え抜かれて筋肉ダルマの多いゴリッツ領では、たとえ叶ったとしてもあまり格好がつかないものだった。
「私も物語のお姫様や王都のご令嬢方のように、刺繍入りのハンカチをお渡しして健気に応援したり、レイ様のお好きな菓子をいじらしく差し入れしたり、あまつさえそのお礼に、レイ様に白馬に乗せていただいてデートしたりして……!!!」
マリアンヌのやる気が、ぐんと上がった。
パッと見、女性と見まごうような爽やか少年であるレイとだったら、どれも非常に様になる恋物語の定番シーンだった。
「キャーーーッ!!」
マリアンヌは、すっかり自分の妄想世界にハマり込んでいた。「こらこら。いきなりデートは認めんぞ」というゲアハルトの言葉は、すっかり右から左へ聞き流されていた。




