ドラゴンスレイヤー2
「本日は当商会にご連絡いただき、誠にありがとうございます」
ニールはいつになくニコニコとした笑顔で会釈をした。
現在、黒の塔の所長室の応接スペースでは、レイの隣にニールが座り、その向かいには相談主のジャスティンが腰掛けていた。
テオドールとライデッカーは、商談の話を聞けるように、それぞれ近くにある一人がけのソファに座って耳を傾けていた。
「ほお、これがそのドラゴンスレイヤーですか。手に取って拝見させていただいても?」
「どうぞ」
ニールは白い手袋をした手で、そっと杖を手に取った。
慎重にくるりと回しながら、真剣な表情で杖を眺める。
そして、宝飾品を置くようなクッション入りのベルベットの箱の上に、静かに置いた。
「実に良い品ですね。魔術師の杖という特性もありますが、ドラゴンスレイヤーでここまで傷も破損も無い美品は、なかなか見ないですね。それに属性も地と風の二属性で、珍しいものです」
ニールは小さく感嘆の息を吐くと、うっそりと艶やかな笑みを浮かべて評価した。
「? ドラゴンスレイヤーって、普通は傷が入ってるものなんですか?」
レイは隣のニールを見上げた。ただの素朴な疑問だった。
「ドラゴンスレイヤーはね、竜にとどめを刺して、その返り血を浴びた武器の総称なんだよ。たいていは竜討伐の際に、ボロボロになっていることが多いんだ──竜の耐久力に、武器自体が負けて壊れてしまうんだよ」
「ヘぇ~」
ニールの説明に、レイは改めてドラゴンスレイヤーの杖を見た。
魔術師の杖なので、確かに竜を直接殴るようなものではない。そのためか、使い古したような跡はあるが、傷も欠けもどこにも無かった。
「破損の酷いドラゴンスレイヤーは、修繕することもできるんだけど、下手な鍛冶師や相性の悪い修繕士に頼むと、武器の形は元に戻っても、竜の祝福が抜け落ちてしまうことがあるんだ。そうなると、せっかくのドラゴンスレイヤーも、ただの呪いの武器になる──ドラゴンスレイヤーが希少な理由の一つだね」
「へぇ~、呪いの方は抜けないんですね……」
レイはニールの説明に、感心して相槌を打った。
「呪いに明るい鍛冶師も修繕士も、そんなに多くはないからね……アスター様。竜の返り血で呪いと祝福を受けているはずですが、呪いはどちらに?」
「ああ。何かに使えるかと思い、呪いはスクロールの方に移してます。祝福の方は外せなかったので、そのままに」
ニールはジャスティンの方を向くと、穏やかに質問した。
ジャスティンも淡々と答える。
「そうですか、それは残念です。ですが、杖でしたら、しばき棒……いえ、折檻棒としてちょうど良いですね」
「「「は?」」」
ニールの突然の聞き慣れない言葉に、テオドールとレイとジャスティンは、ぽかんと口を開けた。
ライデッカーだけは、視線を逸らしてどこか遠くを見つめていた。
「ニール、折檻棒って……?」
レイはちょいちょいとニールの服を引っ張ると、尋ねた。あまりにも「ドラゴンスレイヤー」という珍しい武器の使用用途にしては、おかしすぎる。
「ドラゴンスレイヤーは、人族の間ではユニーク武器として人気だけど、竜族からも時々問い合わせがあるんだ。竜を殺して呪いと祝福を受けた特殊武器だからね。やんちゃでいたずら盛りの子竜たちを、脅して叱るのにちょうどいいんだよ。その他にも、里で罪を犯した竜の尻叩き刑にも使われるかな……まぁ、里に一本は欲しい武器だね」
「ジーン……」
「ライデッカー……」
ニールの説明に、テオドールとレイは揃って胡乱な目をライデッカーに向けた。
ライデッカーが気まずそうに視線を外して無言を貫いていると、ニールは「おや? ライデッカー卿は経験者でしたか」とにこやかに口にした。
「呪いが付いていると、より高値で買い取れたのですが、残念です」
「えっ、呪い付きの方がいいんですか!?」
ニールが残念そうに呟くと、レイはびっくりして声をあげた。
「呪いの種類にもよるけど、竜にとって多少の呪いは問題ないからね。ステータスを下げるデバフ系の呪いなら、竜の体力なら誤差の範囲内だし……それより呪い付きの武器の方が、子竜たちの脅しになるからね。再発防止にいいんだよ」
「そうなんですね……」
(まさか、ドラゴンスレイヤーにそんな使い道があったなんて……)
レイのなんとなくのイメージでは、ドラゴンスレイヤーは珍しくてありがたい貴重な武器だった。だが、竜のドラゴンスレイヤーの使用用途が、丸めた新聞紙並みのしばき棒扱いなので、すっかり呆気にとられていた。
「呪いが付いていない方が、人族には好まれるけどね。彼らは武器として使うことが前提だから」
「まぁ、普通はそうですよね……」
レイがぽかんとしていると、ニールはすらすらとその場で見積書を書き始めた。
「アスター様。見積りはこのくらいかと」
「む。思っていたよりは……」
「今回のドラゴンスレイヤーは美品ではありますが、魔術師の杖ですからね。やはりどうしても剣や槍などの方が人気が高く、需要があります。あとは呪いを外してしまった点ですかね」
「……そ、そうか……?」
ニールとジャスティンは、早速その場で金額を詰め始めた。
「所長。ドラゴニア王宮の方は、ドラゴンスレイヤーは買い取らなくていいんですか?」
「少し悩ましいところだな」
レイが尋ねると、テオドールはほろりと苦笑いした。
レイがきょとんと首を傾げていると、テオドールはそのまま言葉を続けた。
「ドラゴンスレイヤーが剣だったら、王宮が買い取った可能性が高いな。魔剣だから使い手は選ぶだろうが、騎士たちの箔付けや褒賞にもなる。だが、魔術師の杖だと、使い手を選ぶうえ、さらに使える魔術にも制限がかかってしまうようだからな……なかなか難しい扱いになるだろう」
「そうですね。竜族以外であれば、ドラゴンスレイヤーは使い手をかなり選ぶでしょう。同族である竜には、素直に従うのですが。ドラゴンスレイヤーも武器ですからね、扱いに困れば、飾ったり眺めたりするだけの蒐集品と変わりませんし……まぁ、そういった武器蒐集家の方からも人気はありますが」
ニールがうんうんと共感するように頷いた。
ジャスティンは、テオドールの見解も聞いて、バレット商会の方に売ることに決めたようだった。
「この分で、何か珍しい魔道具か素材があれば買い取りたい」とジャスティンが申し出ると、「かしこまりました。後ほどアスター様のお宅にお持ちいたしましょう」とニールは艶やかな笑みを深めた。
商談が一段落した後、レイはふとニールに尋ねてみた。
情報通のニールであれば、知っていると思ったのだ。
「そういえば、ニールは他にドラゴンスレイヤーの噂って聞いたことあります? 騎士団で噂になってるみたいなんですけど……」
「ふむ。騎士団内の噂か……最近、ゴリッツ領の領主が、家宝のドラゴンスレイヤーの使用者を探そうとしているという話は耳にしたかな。ゴリッツ領お抱えの騎士団を強化しようとしてるんじゃないか、って噂だね」
(ゴリッツ領……マリアンヌ様のところ?)
レイは自分も見知った相手なので、しぱしぱと目を瞬かせた。
「まぁ、あくまでも噂だからね」
ニールはその後、いくつか軽い世間話をして帰って行った。




