ドラゴンスレイヤー1
「……それで、王国騎士様全員を私が指導することは、難しいかなと……」
レイは、難しい顔をして言った。
向かいのソファに座るテオドールも、小さく相槌を打つ。
レイは自分の研究について、上司であるテオドールに相談しに来ていた。
ドラゴニア王立特殊魔術研究所──通称「黒の塔」の所長室にある応接スペースでは、レイの向かいにテオドールが座り、彼の隣には護衛役のライデッカーがだらしなく背もたれに寄りかかって話を聞いていた。
レイは研究の一環で、微弱な魔力しか持たなかった王国騎士たちを、身体強化魔術が使えるまでに導いたのだが、その結果、彼女の魔術指導を受けたい王国騎士が殺到することになったのだ──今まで魔術が使えなかった仲間が、身体強化ができるようになり、実務でも活躍している姿を見せつけられる──「自分も是非!」と期待して、教えを乞う者が後を絶たないのだ。
(……一番最初の身体強化が使えるようになるまでは、確かに私が担当した方がいいと思う。でも、ある程度身体強化が使えるようになった人や、他の魔術も覚えたいって人にまでは対処できないし……)
「むぅ……人手が足りない……」
レイは腕を組み、「うぅむ……」と唸った。
黒の塔の魔術師の本分は、研究者だ。魔術教育を専門分野にしているならまだしも、研究以外の魔術指導にまで時間をとられすぎるのは、あまりよろしくなかった。
「エヴァに頼んでみるか?」
「……でも、エヴァにはエヴァの研究がありますし、第四王子殿下の魔術指導もありますよね?」
ライデッカーに軽く訊かれ、レイはへにょりと眉を下げた。
エヴァは魔術教育の研究をしているが、それは育ちきった大人ではなく、主に成長中の子供
が対象だ。それに、彼女自身の研究以外にも、週に数回、第四王子に魔術を教えるために王宮に通っている。
「黒の塔で他に魔術指導ができそうな人物は…………残念ながら、いないな」
テオドールは、部下を順番に思い浮かべていった結果、薄らと眉間に皺を寄せた。
「どいつもこいつもクセが強いからな。それに、相手が人間で、しかも元が魔力の扱いもままならない生徒なら、話すら通じない可能性もあるだろ」
ライデッカーもあっけらかんと言い放つ。
「こういったことは、むしろ王宮魔術師団の方が人材が揃っているのだろうが……」
テオドールの呟きに、レイは思わず遠い目になった。
(……王宮魔術師団……)
先日見合いをした、王宮魔術師団長イリアスの顔が思い浮かんだのだ。研究対象にされたような気分になり、反射的にぷるりと小さく震える。
「そういや、最近王国騎士たちの間でドラゴンスレイヤーの噂が流れてるって聞いたんだけど、レイちゃん、何か聞いてる?」
「ドラゴンスレイヤー、ですか?」
不意にライデッカーが話題を変えてきて、レイは目を瞬かせた。
「そ。竜にとどめを刺して倒した武器のことだよ。ドラゴンスレイヤーって、竜族にとっては天敵みたいなもんなんだ。殴られるとすごく痛いし、気味が悪いし、傷の治りは遅いし……」
「ライデッカーは、ドラゴンスレイヤーで攻撃されたことがあるんですか?」
やけに嫌そうな顔で具体的に説明してくるライデッカーに、レイはきょとんとして素直に尋ねた。
「…………まぁ、とにかく、そんな不吉な武器があるなら、どこにあるのか知っておきたいんだよね。ほら! テオだって、ドラゴンスレイヤーで斬りつけられたら大変だろう!?」
ライデッカーは誤魔化すように、テオドールに話を振った。
「……ドラゴンスレイヤーで、王族が怪我を負わされたと聞いたことはないが……火竜の血が流れている以上、何も影響がないとは言い切れないな」
テオドールは顎先に指を添えて少し考えると、肯定も否定もしなかった。
「う~ん、ニールなら何か知ってるかも?」
「わっ、わざわざ黒竜王様のお手を煩わせなくても……!」
レイが小首を傾げると、ライデッカーはいきなり慌てだした。
「ドラゴンスレイヤーって、剣だけじゃないですよね?」
「そうだね」
レイが確認すると、ライデッカーが頷いた。
「それなら、たぶんジャスティンも持ってますよね?」
「へ?」
「何?」
ライデッカーとテオドールの驚きの声が、綺麗に重なった。
「だって、黒っぽい竜にとどめを刺したのは、ジャスティンですよね?」
「あ」
「そういえば、そうだな……」
その時、コンコンッと所長室の扉がノックされた。
テオドールが反射的に「どうぞ」と答えると、ジャスティンが部屋に入って来た。
「失礼します」
「お。ちょうど良かった!」
「は?」
ライデッカーがやけに明るく声をかけると、ジャスティンは怪訝そうに眉をひそめた。
***
「ドラゴンスレイヤー……これのことか?」
ジャスティンは一人がけのソファに席を勧められ、断りきれずに腰を落ち着けた。
ポンッと空間収納から、一振りの杖を取り出す。
材質は黒鳶色の艶やかな木の杖で、持ち手には黒い漆が塗られていた。品の良い上等な魔術師の杖だ。
「あ、それです!」
「うげっ」
レイは興味津々に身を乗り出し、ライデッカーはあからさまに青い顔をした。
「ドラゴンスレイヤーは倒した竜の力を宿すと聞くが、それは本当なのか?」
「確かに、地と風属性の魔術の威力は上がりました。ですが、それ以外の属性の魔術を使うと、杖が機嫌を損ねるようになり、かえって扱いが難しくなりました」
テオドールの質問に、ジャスティンは淡々と答えた。
「杖がドラゴンスレイヤー化すると、そのような弊害が……」
テオドールが感慨深く相槌を打つ。
「じゃあ、もうその杖は使ってないんですか?」
レイは、ジャスティンの腰のホルダーに刺さっている新しい杖に目を留めて、質問した。
「そうだな。使い勝手も悪いし、新しい物も手に入れたから、そろそろ手放してもいいかと考えてるんだが……バレット商会はドラゴンスレイヤーの取り扱いはあるのか?」
「ニールに確認してみますね!」
ジャスティンに訊かれ、レイはすぐさま通信の魔道具を取り出した。
青く平べったい形状のそれに魔力を流すと、すぐに『レイ、どうした?』と優しげな応答があった。
「ニール、見てもらいたいドラゴンスレイヤーがあるんですが」
『何!? すぐに向かう! 場所は……』
こうして、ニールは一時間とかからないうちに黒の塔に駆けつけたのだった。




