剣闘大会6
剣闘大会は、ヴォルフェン騎士団の訓練場で行われる。
領主であるゴリッツ子爵家は、騎士団の宿舎と近く、本日の会場までは徒歩数分ほどの距離にある。
ヴォルフェンの街は、剣闘大会という初めてのイベントに、祭りのように盛り上がっていた。
街角にはいくつも屋台が出ていて、朝も早くから観光客や住民たちで賑わっていた。
騎士団の訓練場の敷地の周りには、場所取りのためか、たくさんの住民が集まって来ていた。
(わぁ! 屋台がいっぱい出てる! 串焼きに、何かのサンドに、あのクレープみたいなのも気になる……!)
レイがチラチラと街の方の様子を見ていると、イシュガルが耳元で囁いた。
「大会が終わったら、後で街を一緒にまわろうか?」
「えっ、いいんですか?」
レイがパッとイシュガルの方を見上げる。黒曜石のような黒い瞳は、期待するようにキラリと輝いていた。
「諸々が終わってからにはなるが、それで良ければ」
「ご迷惑じゃないですか?」
「いや、全然。むしろ今はこの街の住民だけでなく、外からの来客も多い……君を預かっている以上、守らせてもらうよ」
イシュガルが、余裕のある笑みを浮かべた。
「それなら、よろしくお願いします」
(イシュガル団長は本当に優しいな。それに、大人な感じがしていいかも……)
レイの胸のあたりに、ほんわかとあたたかいものが広がった。
訓練場に着くと、イシュガルとレイ、その護衛の王国騎士たちは賓客ということで、すぐに会場に案内された。
会場となる訓練場には広々とした砂地が広がっており、闘技場と観客席を分けるように結界用のロープが張られていた。
観客席の一部は来賓席となっているようで、すでにいくつも椅子が並べられていた。
そしてレイたちは、訓練場に併設されている騎士団の建物内に案内された。応接室のような部屋に通される──どうやら、賓客の控室兼休憩所となっているようだった。
「しばらく我々はここで待機だな。各自、適宜休憩を取るように」
「「「「「はっ!」」」」」
イシュガルの指示に、護衛の王国騎士たちが一斉に敬礼をした。交代で応接室の廊下に出て、見張りに立つようだ。
レイは控え室の椅子に腰掛けた。
セーラが、手早くお茶の準備を始める。
(結局、今朝はバタバタしてたし、マリアンヌ様には会えなかったな……マリアンヌ様、大丈夫かな?)
レイは少しだけぼーっとしていた。
改めてゆっくりできる時間ができると、せっかくできた友人の体調が気になってしまったのだ。
「レイ嬢、緊張しているのか?」
隣の席のイシュガルが、レイの方を覗き込んできた。
「いいえ……マリアンヌ様のことが気がかりで……」
「そうか。彼女は君の友人だったな」
「はい。昨日はあんなことがあったので、心配で」
「今日は大会当日だから難しいかもしれないが、折を見て見舞いに行こうか? マリアンヌ嬢にも予定や体調があるだろう?」
イシュガルが、さりげなく提案した。
(確かに、今日はきっとマリアンヌ様も忙しいだろうし、無理に会いに行ってもかえって迷惑だよね……)
「それもそうですよね。今日はマリアンヌ様もお忙しいでしょうし、大会の方に集中しましょうか」
レイは、イシュガルに心配をかけないように、微笑み返した。
大会が始まる前に、レイはお手洗いに立った。護衛も務めるセーラと一緒に、廊下の方に出る。
廊下には、ちょうど到着したばかりなのか、マリアンヌと彼女の侍女にばったり行き合った。
「マリアンヌ様?」
レイはまさかこんな所で会えるとは思ってなくて、目を丸くした。驚きの声が漏れる。
「……レイ様……」
マリアンヌは、彼女の瞳と同じ明るい水色のドレスを着ていた。亜麻色の髪は綺麗に結い上げられていて、まだ全快ではなさそうだが、顔色は化粧で整えられていた。
ただ、どこか暗い表情で、消え入りそうに佇んでいた。
「あの、体調の方は大丈夫でしょうか?」
レイはひとまず、マリアンヌの体調を気遣う言葉をかけた。
「…………」
マリアンヌは、ぱっちりと大きな瞳を一際大きく見開いて、うるうるとさせていた。
「失礼いたします。お嬢様はまだお体が万全ではなく……」
「わわっ! そうですよね! すみません、呼び止めてしまって!」
マリアンヌのお付きの侍女が二人の間に入り、レイは慌てて道を譲った。
マリアンヌと侍女は、彼女たちの控え室の方へと入って行った。
(……思ってたよりも深刻そうかも……)
レイはただ、マリアンヌの小さな背中を見送ることしかできなかった。
***
レイがイシュガルにエスコートされて会場の方に入ると、観客席はすでにヴォルフェンの街の住民や観光客で満員になっていた。
闘技場と観客席を分けるロープには、等間隔にヴォルフェン騎士団の騎士たちが立ち、中に観客が立ち入らないように目を光らせている。
来賓席の椅子は、半分くらいが埋まっていた。上等な服装の人物が多いため、おそらく近隣の貴族や有力者だろう。
イシュガルとレイも、来賓席の方に座るよう案内された。
来賓席もそのほとんどが埋まると、司会進行役の騎士が闘技場の方に歩み出た。音声拡張の魔道具を片手に持って、朗々と話し始める。
「只今より、剣闘大会を開催いたします! それでは、領主ゲアハルト・ゴリッツ様、ご息女マリアンヌ様のご入場です!!」
騎士団の建物の方から、ゲアハルトがマリアンヌをエスコートして入場して来た。
筋肉質でかなり太いゲアハルトの腕に、マリアンヌが小さな手を預けていた。
レイから見れば、マリアンヌはどこか元気がなさそうだったが、貴族令嬢らしく隙のない美しい微笑みを浮かべて、観客席に小さく片手を振っていた。
ヴォルフェンの街の住民たちの間には、大きな歓声と温かい拍手が広がった。
司会進行は、ゲアハルトに音声拡張の魔道具を手渡した。
「紹介に預かったゲアハルト・ゴリッツだ。今回の大会優勝者には褒美として、我が娘マリアンヌとの婚約とヴォルフェン騎士団での役職、そしてゴリッツ家の家宝であるドラゴンスレイヤーの使用者としてチャレンジする権利を与えよう!」
ゲアハルトは、太いバリトンボイスで威風堂々と言い放った。
ゲアハルトの近くには、ヴォルフェン騎士団の騎士が、豪華な箱ごとドラゴンスレイヤーを捧げ持っていた。
よく晴れた冬空の下、鏡のように美しい刀身が、キラリと陽の光を反射している。
「「「「「おおおーーーっ!!!」」」」」
初めてお披露目されたレア武器に、観客たちから驚きの歓声があがる。
ゲアハルトは、またマリアンヌをエスコートして、来賓席に向かった。
来賓席の真ん中の最前列に、二人は座った。
「それでは、選手入場です! 大きな拍手でお迎えください!!」
司会進行のノリの良い声が、会場内に響き渡った。




