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鈴蘭の魔女の代替り  作者: 拝詩ルルー


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レイのお見合い6

 ゲイルとの見合いがあった翌週の週末、レイは王都にあるブレイザー侯爵家のタウンハウスを訪れていた──ハムレットのエスコートで。


「ここまでしかエスコートできないのは、とても残念だよ……」


 車寄せでレイを馬車から降ろすと、ハムレットは嘆くように額に手を当て、仰々しく首を振った。


「いえ、むしろわざわざすみません……」


 本日のハムレットのエスコートは、バレット邸にレイを迎えに来て、ブレイザー侯爵邸に送るまでのとても短い時間だけだった。


(たったこれだけのことに水竜王様を使うなんて、ものすごく申し訳ないんだけど……)


 レイが少し俯いていると、ハムレットは長い人差し指を、ちょっこんと彼女の唇の上に置いた。


「レイ? こういう時は『ありがとう』って言うんだよ?」

「……あ、ありがとうございます……」


 ハムレットが蕩けるような微笑みで注意するので、レイも笑顔を作ってお礼を言った。


「せめて私と君との仲を示すようなドレスが良かったんだけどな。ニールはきっとわざとやってるよね?」


 ハムレットが少し不満そうに、レイのドレスに目を向けた。


 バレット邸で見合い用に用意されていたのは、珍しくローズレッド色のドレスだ──ハムレットの色とも、見合い相手のイリアスの色とも、どちらにもかぶらない色だ。


 ふんわりとしたローズレッドのドレスは、レイの白い肌をより映えさせ、いつもよりも優しげで女の子らしい雰囲気に見せている。

 長い黒髪は複雑な編み込みにされ、フェニックスの炎織りのリボンで留められていた。


「そのことについては、義父さんからキッパリお断りさせていただいたはずですよ?」

「はぁ、非常に残念だよ……私もフェリクス様の命には逆らえないしね」


(そういえば、水竜王様関係で、何かお願いされてたような……?)


 レイは、ふと何かが心を掠めた。


「あ! そういえば、私、レットにお願いがあるんです!」

「何かな?」

「その……レットは他のご令嬢にも推薦状を書いてるんですよね?」

「うん、そうだね」

「それを少し控えていただきたいなって……」

「なぜかな?」


 ハムレットは、どこか男女の駆け引きを楽しむように、レイを見下ろした。


(むぅ、ちょっと恥ずかしいけど、人助けだと思えば……)


「私がイヤなんです!」

「っ!!?」


 レイはうるっとした上目遣いで、ハムレットを見上げた。

 今日はバレット邸の侍女たちがヘアメイクを完璧にしてくれたため、普段のナチュラルで凛とした雰囲気のレイとは違い、非常に女性らしく可憐に仕上がっていた。


 ハムレットはズキュゥゥウンッと、とんでもない衝撃を間近に受けて、自分の心臓のあたりを押さえ、ぐらりと大きく揺れた。そのまま生まれたての子鹿のような足取りでよろめいて、かろうじて踏ん張って立っていた。


「…………分かったよ、レイのお願いなら是非とも叶えないとね。女の子たちからいくつかお願いされてたけど、それも断るよ」


 ハムレットはドキドキと鼓動のおさまらない胸を押さえて、うっとりと頬をバラ色に染めて宣言した。


(……まだ推薦状を書く気だったんだ……)


 レイはそんなハムレットに、呆れたようなじと目を向けていた。


 その時、この屋敷の住人が迎えに出て来た──本日の見合い相手のイリアス・ブレイザーだ。


 魔術師らしく長く伸ばされた銀髪とアメジストのような紫色の瞳は兄のゲイルと同じだが、彼よりもずっと優しげに整った顔立ちだ。


 ただ今は、レイとハムレットを見比べて、少し困惑しているようだった。


「失礼。君は確か……」

「レイ・メーヴィスです。本日はどうぞよろしくお願いします」


 レイはスッと背筋を伸ばし、凛とした態度に改めると、淑女らしく挨拶をした。


「……彼は……?」

「ただの後見人です。ここまで送っていただきました」

「そ、そうか……」


 レイは、まだ感動に浸って目をハートにしているハムレットを馬車に押し込むと、御者に「早く出発するように」と告げた。


 レイのあまりにもテキパキとして容赦のない姿を、イリアスは呆然とした様子で眺めていた。



***



 レイが通されたのは、豪奢な応接室だった。


 猫脚の家具の一つ一つが、侯爵家らしく上等な材質のもので、天井から吊り下がっているシャンデリアは、高価な魔道具であるクリスタルライトだ。

 壁には、おそらく歴代のブレイザー侯爵家当主の絵画が飾られていた。


 挨拶もそこそこに、イリアスは少し戸惑うように口を開いた。


「その、すまない。聞くつもりはなかったのですが、先ほど『推薦状』という言葉が聞こえてきて……」

「以前、ユルゲン副団長から、ラングフォード魔術伯爵の推薦状には困っていると伺ったんです。なので、ラングフォード魔術伯爵に、今後は新たに推薦状をしたためるのは控えて欲しいとお願いしていたのです」


 レイは、淡々と素直に答えた。


 ハムレットは、実力も伴わない貴族令嬢に、頼られたからという理由で、王宮魔術師団への推薦状を書いていたのだ──ただ単に、女性に良い顔をしたかっただけだろう。


 令嬢たちは、王宮魔術師団に入団することは、花嫁修行の一環としてしかとらえていないためか、訓練をサボったり、演習中には命令違反を繰り返したり、隊の風紀を乱したりと、問題行動を起こす者が後を絶たなかった。


 これには王宮魔術師団内からだけでなく、合同演習を一緒に行なった王国騎士団からも苦情が上がっていたのだ。


「それは……ありがたい。非常に助かります、ありがとう」


 イリアスは非常に深~い息を吐いた。そこには、今までの苦労が偲ばれるようだった。


「いえいえ。とてもお困りのようでしたので、私にできることであれば」


 レイはにこりと微笑み返した。


「それで、貴女にはいろいろとお聞きたいことがあるんです」


 イリアスは気持ちを切り替えると、真っ直ぐレイの方を向き、やけに美しい笑みを浮かべた。


(あれ? なんか嫌な予感がするかも……)


 レイはなぜだか分からないが、イリアスから謎のプレッシャーを感じていた。



 そこからは、イリアスからの怒涛の質問タイムが始まった。


 質問内容は、主に前回の魔術研究報告会についてのことだった。

 研究内容について事細かに確認され、そこから珍しい微弱魔力の計測器に話が飛び火した。そしてさらには、報告会中に見せた無詠唱魔術と、実演の時に見せたレイが魔術で作った土壁に幻影魔術を張り付ける方法にまで延焼し、ついには敷地内にあるブレイザー家の訓練場にまで引っ張り出されてしまったのだ。


 訓練場でも、レイは要求されるがままにあれやこれやと無詠唱魔術を披露し、土壁も魔術で作らされて、まるまる実演の時のことを再現させられたのだった。


(……あれ? 今日ってお見合いだよね? 研究会じゃないよね……???)


 無限の魔力を持つため、実際には疲れていないはずなのだが、レイはなぜか疲れ切っていた。

 なんだかんだいってもレイは根が真面目で、特に今日は見合いということで変に遠慮してしまい、断りきれずに魔術を披露しまくったせいなのかもしれない……


「……なるほど、無詠唱魔術はコツが要りそうですね。でも練習次第で、決してできないわけではない。魔術で作った物に別の魔術を張るのは、かなり人を選びそうですね。これは相当繊細な魔力操作能力が要求される……」


 イリアスは真剣な表情で、自分の手のひらに無詠唱で炎を出していた。考察するように、ブツブツと呟く。


 そして、はたと気づいたように、レイの方に振り返った。またやけに美しい笑顔を向けてくる。


 レイはさらなる嫌な予感に、キュッと身を固くした。


「私としては、貴女がもし良ければ、このまま婚約に話を進めたいのですが」


 一応プロポーズなのか、イリアスはレイの手をそっと丁寧に取った。


 レイは顔色を真っ青にして、勢いよくプルルルルルッと高速で左右に首を振りたくった。もはや言葉すら出なかった。


(冗談じゃない! これじゃあ妻っていうよりも、研究対象(モルモット)になりそうだもん!!)


 さらにレイが三大魔女であることがバレてしまえば、研究対象として監禁でもしかねない勢いまで感じられた。


「そうですか。それは残念です……」


 イリアスが振られて、しゅんと俯いた瞬間だった──


「失礼します、イリアス様。お客様がいらっしゃってます。バレット商会の会長様が、納品と、御令嬢のお迎えに来られたと」

「ああ、もうそんな時間か。通してくれ」


 老執事に声をかけられ、イリアスは小さく頷いた。



 訓練場にあらわれたニールに、飛びつきそうになる勢いでレイは駆け寄った。


「ニィーーール!」


 レイの心からの、いや魂からの助けを求める叫びだった。


「レイ?」


 ニールはいつにないレイの様子に、色鮮やかな黄金眼を丸くした。だがすぐにイリアスに向き直り、商人らしく社交的な笑みを浮かべた。


「ご無沙汰しております、イリアス様。ご注文の品を届けに参りました」


 ニールは空間収納から商品を取り出すと、訓練場の地面に置いていった。何かの魔物素材のようで、瓶の中入ったドロドロとした赤い血液のようなもの、大きな爪や鱗らしきものなどがあった。


「商会長殿が直々に来られるとは珍しい。……今回も良い品ですね。確かに受け取りました」


 イリアスはうっとりと商品を見つめ、サラッと過不足が無いか確認すると、しっかりと頷いた。


 執事に連れられた使用人たちが、示し合わせたように次々と魔物素材を運んでいく。


「ええ、ついでに妹も迎えに来ようかと思いまして」


 ニールはニコニコと答えた。


 その隣では、レイがガッチリとニールの腕を両手でホールドし、怯えるようにピタリとくっついて離れなかった。



***



 帰りの馬車の中で、レイはふかふかの大量のクッションにむすっとした表情で埋もれ、胸元には、癒しを求めるように子猫サイズの琥珀を抱きしめていた。


「今日の見合いはどうだった?」


 そんないつになく弱ったレイの様子に、ニールはくすりと小さく笑いながら尋ねた。


「ブレイザー侯爵からは、イリアス様は魔術バカだとは伺ってたんですが、さすがにここまでとは……」


 レイは「ありえない」と、激しく左右に首を振った。


「スイッチが入ったんだろう。魔術師にはよくあることだ。もう一人の方はどう思う?」


 ニールに確認され、レイはゲイルのことを思い浮かべた。


 彼については、特にこれといって断る理由はなかった。

 ただ、「彼がいい!」という決め手にも欠けていた。

 そして、「具体的に何」とは言えないまでも、なにやらモヤモヤしたものが胸のあたりに巣食っていた──女のカンのようなものだった。


 少し思い悩んでいるレイに、ニールはふと思い付いたように口にした。


「あ。でも彼らは兄弟だから、レイがゲイル・ブレイザーを選んだとしても、兄嫁として家族になるから、研究も兼ねて弟の方も頻繁に会いに来るんじゃないかな?」


 レイは急に覚醒して、カッと目を見開いた。

 頭の中では、警戒アラートがけたたましく鳴り響いていた。


「ゲイル様もお断りする方向で……」


 レイは即断した。ぞわぞわと何やら身の危険を感じたのだ。


「その方がいいね」


 ニールは非常に満足そうに、艶麗な笑みを浮かべた。



 こうしてレイは、今回のお見合いは二人とも丁重にお断りすることにしたのだった。




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