009話 ウィンリル・ロキ・アスタロッド
ルーシファスさんがお部屋を出られた後、私はお母様にいよいよ魔王様をお部屋にお通ししたことを正直に申し上げようと深呼吸をしました。
「あの、お母様。昨晩、魔王様がお部屋を訪れた後の事ですが……」
(待て。それよりこの流れはヤツも来る流れだ)
「え? ヤツ? 来る流れ……? まだ誰かこられるんですか?」
私はそう言いましたが、その瞬間、ハッとしました。
そうでした。私が謁見の間で倒れた時、介抱してくれた青年は3人いました。
そのうち二人がお部屋に来たということはもう一人の方も───。
(来たぞ)
お母様は、扉の前に誰かが来られた気配を察知されたようです。
「ネフェル~。ボクだよ。ウィンリルだよ~」
とても朗らかな声が扉の向こうから聞こえてきました。
(ヤツはウィンリル・ロキ・アスタロッド。先代魔王の弟で4人兄弟の末っ子だ。妾とは同学年で魔界学園ではクラスメイトだったヤツだ)
そういった説明を受けながら、私はウィンリルさんを招き入れようと扉に向かいました。
ドアノブに手をかけ、ドアを開こうとしたとき、お母様が私に忠告されました。
(よいか。ヤツには気をつけろ。四人兄弟の中でヤツが最も厄介だ。決してヤツの機嫌を損ねるな)
お母様の言われ方がいつになく真剣だったので私は驚きました。
「そうなんですか? グランダムさんの方が強そうですし、ルーシファスさんは糸目が開くとハラハラします。そんなお二人よりウィンリルさんの方が厄介なんですか?」
(そうじゃ)
お母様は即答でした。
私はウィンリルさんの人懐っこそうな笑顔を思い返して、俄かには信じられない気持ちでしたが、確かにふだんニコニコされている方のほうが、怒った時に怖いという話はよく聞くので、緊張しつつ扉を開きました。
「ネフェル、どう? もう体調は大丈夫?」
「う、うむ。お陰様でもう大丈夫じゃ。昨日は世話になったな。その方が処方してくれた回復薬や魔力強壮剤はとてもよく効いたぞ」
私は努めてお母様らしくお返事をしました。少し板についてきたように思います。
「ありがとう! でも、ほら、あの薬は全部ネフェルが作った物だもん。そりゃ効果があるよ。僕は貯蔵庫から持ってきただけだからね」
なんとあのお薬はお母様が作られた物だったのですね。
私は体力や魔力といったものが今一つよく分かりませんが、いただいた薬を飲むと爽やかな清涼感が体中に広がり、心身共にとてもリフレッシュする心地よさを感じていました。
「今も貯蔵庫に行ってこれを見つけたよ。ほら万能薬。まだ残ってたんだね。これも飲んじゃいなよ」
そういってウィンリルさんは虹色に輝く綺麗な液体が入った小瓶を差し出しました。
見るからに効果がありそうで、私は是非飲んでみたいと思いました。
遠慮なく受け取って飲もうとしましたが、ウィンリルさんが「あ。ちょっと待って。だいぶ年代物だし、悪くなってないか僕が味見するよ」といって薬を一口、口に含まれました。そして舌の上で薬を転がし、その後、嚥下されると、しばらく目を瞑って薬の効果を確かめておられましたが、少しして「んっ?!」と眉をひそめられました。私は「まさか……!?」と思いましたがウィンリルさんは「うん! 大丈夫! むしろ出来立ての角が取れてまろやかな感じがするよ! 薬も作ってからしばらく寝かせると味がよくなるんだね。ヴィンテージ万能薬として高値で売りに出せないかな?」と仰りながら残りの薬を私に勧めてくださいました。
私は改めて薬をいただこうかと思いましたが、はたと気が付きました。
この小瓶を回し飲みするということはウィンリルさんと間接キスになってしまいます。
(ふー。あぶなかったです、お母様。危うく間接キスをしてしまうところでした)
そういいながらも私は危険を未然に回避できたので誇らしげでした。
(なんじゃ? 間接キス? 回し飲みなんぞ当たり前のことじゃ。その行為に深い意味はないぞ)
───ええ!? な、ないんですか!?
誇らしげだった私はがっかりしました。
肩を揉んだり、花瓶に花を活けることには意味があるのに、回し飲みには意味がないなんて……。
魔界のお作法はよくわかりません。体得するにはまだまだ時間がかかりそうです。私は高価な薬をいただきましたが、そのお味はなんだか少しほろ苦かったです。
「いやー、でも本当にびっくりしたよ。ネフェルが急に倒れるんだもん。ボク達もそうだけど、マルフィスもびっくりしたと思うよ。幸いマルフィスは賢い子だから取り乱したりしなかったけど、さすがにフォローは入れた方がいいと思うな~」
ウィンリルさんがそう申されて私は「それならすでにフォローは入っております」と昨晩のことを思い返し、内心で誇らしげに胸を張りました。
そしてウィンリルさんもフォローが必要と思われていることをうかがえて、私は昨晩の自分の行為が誤りでなかったことに自信を持つことができました。
「でもさ~、だから言ったじゃん。ネフェルはマルフィスに厳しくし過ぎだって。だから倒れちゃうんだよ。これに懲りたらちょっとはマルフィスに優しくしなよ」
ウィンリルさんが続けたお言葉に、私はお母様が倒れられた原因の発端を垣間見たように思いました。
「昔はもう目に入れても痛くないって感じで猫可愛がりだったのに。急に態度を変えるんだもん。あれじゃあマルフィスも可哀そうだよ」
ウィンリルさんの発言を聞いて、私もお母様に伺いたいことが色々出てきました。
(お母様。どうして魔王様にそんなに厳しくされているんですか?)
私は心の中でお母様にお伺いをたてましたが、そのお返事はウィンリルさんの続く言葉で理解できました。
「まあでも勇者が復活して魔王に宣戦布告してきたら「厳しくしなきゃ!」って思うのは当然だけどね。でも限度があるよね? 急なんだよネフェルは。激甘マックスから激辛マックスに百八十度ひっくり返るんだもん。僕たちもびっくりだったよ」
なるほど。勇者が魔王に宣戦布告をされたのですね。お母様が戦時体制下だと仰っていた状況が少し見えてきました。
そしてお母様は我が子を守るために「厳しくしなきゃ!」と思われ、その結果、魔王様にスパルタ教育を強いられていたのですね。
「ただ、ネフェルの場合は仕方ないかもだけどね……」
そういってウィンリルさんは深く溜息をつかれました。その言葉と溜息には深い意味が込められているようでした。
(あの、お母様。ウィンリルさんがお母様の場合は仕方がないと仰るのはどういうことなんでしょうか?)
私はお母様にまたお伺いしましたが、そのことについてお母様の口は重いようでした。
「まさかカーコスがね……。カーコスが勇者になるなんて……。そりゃショックだよ。まあ、僕らが受けたショックなんて、ネフェルとは比べようもないけどさ」
カーコス? どなたかのお名前のようですが、どういった方なのでしょうか?
「だからってネフェルが責任を感じる必要はないよ。それにその重責をマルフィスひとりに背負わせる必要もないさ。だからみんな一回肩の力を抜いてさ。この問題にどう向き合うか一緒に考えようよ」
ウィンリルさんのお話を聞いて私はお母様に色々と質問をしたくなりましたが「さて、それじゃあ───」といってウィンリルさんが立ち上がられたので、お帰りになるのかと思い、私も席を立ちました。
しかし、ウィンリルさんはまだお帰りになるのではありませんでした。
次のウィンリルさんの一言で部屋の空気が一変しました。
「最後にこの香りのことについて説明をしてもらおうかな」
───え? 香り? どういうことでしょう?
「キミってさ……ネフェルじゃないよね?」
言葉の内容もさることながら、ウィンリルさんが吐き捨てるような冷たい言い方をされたので、私はドキリとしました。
そしてウィンリルさんは私との距離を詰めました。
「───くんくん。───ふんすふんす。
やっぱりだね。ネフェルの香り以外に別人の香りがするよ。いや。本当は香りの粒子なんてない。でもボクの嗅覚が訴えるんだよね。別の香りが混ざってるって。ボクに隠し事はできないよ。キミが本当にネフェルなら、それはわかるはずなんだけどね。それじゃあ、素直に白状してもらおうかな。これはいったいどういうことなのか」
相変わらず人懐っこい笑顔のウィンリルさんですが、その時、私はウィンリルさんの瞳の冷たさに気がつきました。
表情が朗らかなので見落としてしまっていましたが、ウィンリルさんの目はとても冷淡で静かに広がる夜の海のようでした。
顔は笑っても目が笑っていない───。
よくそう云いますが、ウィンリルさんはまさにそれでした。
そして核心を問い質そうとするウィンリルさんの目はますます冷たさが増し、狼が獲物を静かに見据えるかのようでした。そこに感情は一切なく、逃れることはできないという威圧感に満ちていました。
(まずい状況だ)
お母様もいつになく真剣な仰りようでした。
(そ、そのようですね、お母様。私もすごく緊張しています)
お母様がウィンリルさんのことを「最も厄介なヤツ」と言われた理由がわかった気がします。
(ヤツは我が魔王軍随一のテイマーで魔獣部隊の部隊長を務めている。さらに軽装遊撃部隊を束ねる情報局の局長でもあり、情報収集、攪乱、策略、罠など隠密行動を立案する稀代のトリックスターだ。ウィンリルほど敵に回すと厄介なヤツはおらん)
私は納得しました。確かにウィンリルさんは優秀なスパイか詐欺師のようです。このような方に下手な嘘が通用するとは到底思えませんでした。
(仕方がない。ヤツには素直に白状するぞ。下手に機嫌を損ねるとその方が厄介だ)
(わ、わかりました、お母様。でも私のことを言ってしまって大丈夫なのでしょうか?)
(妾の今の状況がもし勇者───またはいずれかの敵国に知れたらつけ入る好機と見なされ、すぐにでも攻め込んでくるじゃろう。だから絶対に明るみに出すわけにはいかん。ウィンリルは信頼できるが、知られた秘密はどこでどう漏れるかわからん。できるだけ他言せず、用心にこしたことはない。だがウィンリルの機嫌を損ねる事には代えられない。それにヤツは自分が策を弄する側の立場だ。秘密の重要性は重々理解し、正直に話せば悪い様にはせんだろう。おぬしの言葉で良い。ありのままを説明せよ)
お母様にそういわれ、私はウィンリルさんに本当のことを白状することにしました。
「ウィンリルさん。私は杵築 心優と申します。お察しの通りネフェルさんではありません。ネフェルさんのお体に同居させていただいています」
「ふーん。そう。それでネフェルは?」
「おられます。元気とは言えませんが無事です。私はネフェルさんがお力を取り戻すまでお体を預かっているんです」
「なんでキミが?」
「それは……。わかりません。気遣いのできる者を探していると仰っていました」
「気遣いができる者?」
「はい。お母様───いえ、ネフェルさんはそういった者を探しておられたそうです」
「なるほどね~」
そういうとウィンリルさんは後ろ頭に手を組んで、何気ないといった素振りで私の周りをぐるりと回り、私の様子を足の先から頭のてっぺんまで品定めするかのように観察されました。
「ネフェルと同じ香りがするのは、身体がネフェルその人だったからなんだね」
へー、そんなこともあるんだ~と言いながらウィンリルさんはさらにもう一周、私の周りを回られました。
「うん。わかったよ。キミを信じる。だってネフェルがキミを選んで自分の身体を預けたんだよね? だったら間違いはないよ。だってネフェルは完璧なんだから」
意外にもウィンリルさんはあっさりと私のことを認め、害をなすものではないと理解くださったようです。
おそらくそれは私の申し開きがよかったとか、ウィンリルさんが素直で人の言うことを聞く人であるとか、そういうことではなく、単にウィンリルさんがお母様───すなわちネフェルさんをそれだけ深く信頼していたからだと思われます。
(よかった……。お母様はウィンリルさんにとても信頼されているんですね)
(まぁな。ヤツとは魔界学園に入学した時からの付き合いだからな。しかしヤツの機嫌を損ねなくてよかった。妾もほっとしたぞ)
お母様も一安心してくださって良かったです。
「それじゃあお邪魔したね。僕も今日の仕事に戻るよ。勇者との戦いの準備をしないといけないからね」
ウィンリルさんはお部屋を出られようとされましたが、私は咄嗟にウィンリルさんを呼び止めました。
「あ。まって下さい、ウィンリルさん。その脇の傷、手当をしなくて大丈夫ですか?」
私は先ほどウィンリルさんが後ろ頭に手を組んだ際、脇の下に大きな擦り傷があるのに気づきました。
「ああ、これ? 大丈夫だよ。まだ手懐けられていない魔獣がいてね。そいつと格闘してちょっと擦っただけだから」
ウィンリルさんはそう仰いましたが、私はそのままにしてはおけないと思いました。
傷は擦り傷のようでしたが痛々しく、熱いお風呂に入ったらとてもしみそうな傷でした。
私は昨日、医師の診察を受けた際、薬箱を頂いていました。
その中を見てみると消毒薬とガーゼがあったので、せめて傷を消毒させてくださいとウィンリルさんにお願いしました。
「別にいいけど……痛くしないでよ?」
ウィンリルさんは注射を嫌がる子供のようでした。
傷を改めてみてみると、切り口は細い筋がひかれているだけの擦り傷のようでしたが、その一本一本の筋は深く、肉が切り裂かれ骨にまで達していました。
「あー。でもさっき万能薬を一口飲んだから、ちょっとマシになってるね」
ウィンリルさんは意に介しておられない様子でしたが、私は初めて見る大怪我に気を失いそうになりました。
「さ、先ほどの万能薬はウィンリルさんこそ全部飲まれるべきだったんじゃないですか?」
「え~? いいよ。だってこんなケガはしょっちゅうだもん。その度に薬を飲んでたら在庫がすぐになくなっちゃうよ」
こういったお怪我を度々されるとは、魔獣を手懐けるのはとても大変なんだなと私は思いました。
確かによく見るとウィンリルさんのお身体には大小さまざまな傷跡があちこちに刻まれていました。
「うぎゃぁぁぁぁぁーーー!! いたたたたた!! しみるっ!! しみるしみるーーーっ!!」
消毒液を含ませたガーゼで傷口に触れるとウィンリルさんは絶叫されました。それは大袈裟でもなんでもなく、本当に沁みるのだと私は思いました。咄嗟に私はウィンリルさんの苦痛を和らげようと、傷口にフーフーと息を吹きかけました。
「ふーっ! ふっふーっ! ごめんなさい、ウィンリルさん。ちょっとの辛抱です。頑張ってください。ふーっ! ふーっ! ふっふっふーっ!」
私は消毒液で傷口を清めつつ、フーフーと息を吹きかけてウィンリルさんの手当を続けました。
「あひゃっ!? あひゃひゃひゃひゃっ! ちょっ、ちょっとやめてネフェル! そんなところに息を吹きかけないで!」
私が消毒液で傷を清め、息を吹きかけるとウィンリルさんは今度はくすぐったくて仕方ないといった様子で身をくねらせました。
「だ、だめですよ、ウィンリルさん。少しの辛抱です。じっとしてください。ふーっ。ふっふーっ」
私はなおも消毒液で傷口を清めつつ、尚もウィンリルさんにフーフーと息を吹きかけ続けました。
「ダ、ダメ……! ネフェルだめだってー! あっ……ダメ……! そんな所に息を……息を吹きかけないでぇ~……」
傷が沁みるのと、息を吹きかけられてくすぐったいのが相まってウィンリルさんは身をくねらせて悶絶されましたが、初めて見る大怪我の治療で手一杯だった私は、そうしたウィンリルさんの様子に気づかず、尚も治療を続けました。
「ダ……ダメだってネフェル……。うわ……ダメだよ……ダメ……。本当に───本当にこれ以上は……これ以上は本当にダメだよネフェル~!!」
一際大きくウィンリルさんが身をくねらせ、声をあげられると───その瞬間でした。
突然、ウィンリルさんがボン!という爆発音と共に白い煙に包まれたかと思うと、その煙が晴れたあとにはお腹を出して仰向けに寝転ぶ真っ白な子犬が姿をあらわしていました。
「ダ、ダメだってネフェル~……。でも……でも───……もっとフーフーして~!」
そういってウィンリルさん(?)は尚もお腹を出して私におねだりをしました。
私は驚きましたが、この子犬はウィンリルさんの「真のお姿」だとお母様に教えていただきました。
(真のお姿は小さな子犬なんですね……)
私は意外に思いましたが(そうじゃな。魔界の住人はとても長寿じゃ。妾とウィンリルなど、まだまだ子犬じゃ)とのことでした。
私はウィンリルさんのお腹を求められるままにフーフーしてあげましたが、そうしているうちに私も愛くるしいウィンリルさんのお姿にのせられてワシャワシャとお腹を掻きむしって悦に入ってしまいました。
「よーしよしよしよしよし。ほらほら、ここかな~? ここがいいのかな~? ほ~らほらほら~」
嬉しそうに身体をくねらせて悦ぶウィンリルさんのお姿に、私も熱を帯びてしまい、我を忘れて行為をエスカレートさせてしまいました。
ひとしきりウィンリルさんのお腹をワシャワシャして、ようやく満足して一息ついたときでした。
(───しかし、やってしまったな)
「え?」
お母様の深い溜息でした。
(まさかウィンリルに息を吹きかけるとはな……)
お母様の眉間には深いしわが刻まれている様子でした。
私は、即座に「しまった。魔界のお作法的にこれはやってしまったんだ」と察しました。そしてそれはその通りでした。
(相手に息をふきかけるという行為は、自らの魂を差し出すような行為だ。絶対的な忠誠を誓う相手に対して行う行為で服従の意思表示だぞ)
げふんっ! ぶほへっ! ちゅ、忠誠!? ふ、服従!?
とんでもないことを言われ、私は肺の中の空気が破裂したかのように咳込んでしまいました。
(な、なんですって~!?!?)
私は事の重大さを理解し、取り返しのつかないことをしてしまったと慌てふためきました。
(さらに真の姿をさらけだした相手の腹をワシャワシャと掻きむしるとは……。さすがの妾もそのような大胆な行為は我が夫にもしたことがない。それが何を意味するかは恥ずかしくて口にできんぞ)
なんと!? お母様が口に出すのもは憚られるようなことでしたか!?
「ネフェル~。やめないでよ~。ねぇ~、もっとワシャワシャして~。あと耳の後ろ。耳の後ろもフーフーして欲しい~」
狼狽している私に、ウィンリルさんは尚もおねだりをしてきました。
「も、もう十分じゃないですかね? ウィンリルさんもそろそろお仕事に戻らないと……」
私はやんわりお断りをしましたが「やだ! もっとして欲しい! 耳の後ろもフーフーして欲しい! してくれなきゃここを動かない! 仕事にも行かないからー!」とウィンリルさんは駄々をこねました。
私は困ってしまいましたが、しかし愛くるしいお姿のウィンリルさんにそうやっておねだりされると、要求を聞いてあげたい衝動にかられ、気が付くと私はウィンリルさんの求めるまま、耳の後ろをフーフーしたり、ワシャワシャしたりしてしまっていました。
(くっ……! こ、困りました、お母様。駄目だとはわかっているんですが、ウィンリルさんのこのお姿でおねだりされると拒むことができません……!)
(まんまとヤツの術中にはまってしまったな。そうなのじゃ、これがヤツが厄介だという一番の理由なのじゃ。この姿で末っ子特有の人懐っこさで甘えてくるのでな。ついつい言われるがままに構ってしまうのじゃ。妾もこれまで幾度ヤツの術中にはまり、我がままに時間を取られたことか……)
お母様は心底苦々しいといったご様子でした。
え? ひょっとしてウィンリルさんが「ヤツが一番厄介だ」と仰った理由はこれですか?
私は拍子抜けしてしまいそうになりましたが、今のウィンリルさんに抗えない自分の状況を見て、確かにウィンリルさんが一番厄介だと痛感しました。
「やだー。もっとネフェルと一緒にいるー。ずっとフーフーワシャワシャして欲しいー」
私にベッタリ抱きついて離れないウィンリルさんをなんとか引き剥がし、私はウィンリルさんの背中を押してお仕事に向かわせました。
ようやく部屋からウィンリルさんを押し出し、背中で扉を閉めた私は、精魂尽き果て、ズルズルとその場に座り込んでしまいました。
「ウィンリルさん、恐るべし……。もう二度とウィンリルさんにこのようなおねだりをされないように重々注意します」
私が誓いを宣言すると、お母様は(そうじゃな。そうするがよい)と同情を込めて同意してくれました。
ようやくお母様と二人っきりになった私は、昨晩の事───魔王様を部屋に入れて添い寝したことを白状することにしました。
「お母様、素直に白状します。昨晩の魔王様の件ですが、私は魔王様をお部屋に招き入れ、添い寝をしました」
私は正直にお母様に白状しました。
(…………)
「お母様から魔王様をお部屋に入れるなと言われていたのにすみません。でも、どうしても……どうしても魔王様を放っておけなかったんです」
お母様は少しの間、沈黙されていましたが(うむ……。よくぞ正直に申してくれた。また、魔王のことを気にかけ慈しんでくれたこと、礼をいう)と私に礼節を尽くしてくれました。
(おぬしが魔王を部屋に入れ、慈しんだことはすぐにわかったぞ)
「えっ? そうなんですか?」
(うむ。目が覚めてすぐに感じたのじゃ。この胸の前にある暖かな感触。それがなんであるか見誤る母親はおらぬ。まごうことなき我が最愛の息子の温もりじゃ)
お母様は胸に手を当て、今も残るその余韻を大切そうに抱きしめました。
私はそういったお母様の様子を拝見し、お母様は本当に魔王様を愛しておられるのだと感じました。
母親の深い愛───。
お母様のお身体に同居し、お母様の考え、思い、気持ちを共有できる私は、嘘偽りのないお母様のその愛に触れ、私までも感動で胸が熱くなりました。
しかし、それと同時にひとつの疑問が湧きました。
私はそのことをお母様に質問してみました。
「あの、お母様。お母様はそんなにも魔王様のことを愛しておられるのに、どうして魔王様を部屋に入れるななどと冷たくされたのですか?」
(…………)
「それともうひとつ。カーコスというのはどなたなんでしょう?」
(…………!)
「……お母様ととても関係の深い方なんですね。カーコスというお名前を聞く度にお母様の心が強張るのを強く感じます。込み入ったことを伺ってしまって恐縮ですが、お母様のお身体を預かる身としては知っておきたい───いえ、知らなければならないと感じています。どうか私に教えていただけませんか?」
私は誠意をもってお母様にお願いをしてみました。この件についてお母様の口は本当に重いようでしたが、お母様はしばらく沈黙した後、ついにそのことを話す決意をしてくださいました。
(そうじゃな。おぬしのいう通りじゃ。カーコスのこと。勇者のこと。そして妾が倒れたこと……。さらにおぬしのように気遣いができる者を探して妾の身体を預けなければならなくなったこと。それらのことをおぬしには話さねばならんな)
そのお話はとても奥が深く、一言ではあわらせない様々な事情があると私は感じ取りました。
長いお話になる───。
そう察した私は静かに寝台に腰掛け、お母様がお話しされるのを待ちました。
(そう。このことを話すにはあの時のことから話さねばならぬ。まだ妾が田舎の辺境伯爵家の娘で、魔界学園に入学し、初めてマルフィスの父───つまり先代魔王のスレキアイ・ベアル・アスタロッドと出会った頃の話じゃ)
そうしてお母様はご自身の学生時代のお話を語り始めました。
柳アトムです。お世話になっております。
ここまで私の小説を読んでいただき、本当にありがとうございます。
( ᵕᴗᵕ )ウレシイデス
これにて第一章完結です!
次話から第二章がスタートしま~す!
୧(˃◡˂)୨
第二章はお母様の学生時代のお話です。
学生時代のお母様はどんな学生だったのか?
そしてカーコスとは誰か?
またマルフィスの父である先代魔王スレキアイ・ベアル・アスタロッドとは?
乞うご期待いただけますと幸いです。
( ᵕᴗᵕ )
この後も皆様に「面白い!」と思っていただけるよう頑張ります。
( *˙ω˙*)و
引き続き宜しくお願い致します~!
୧(˃◡˂)୨




