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008話 ルーシファス・ゼブフ・アスタロッド

「えーっと……昨晩、魔王様がお部屋に来られてお母様が眠られた後ですが……」


(うむ。妾(わらわ)が眠った後じゃ。その後はどうしたのじゃ? 早よう申せ)


 そう急(せ)かされたので、私は覚悟を決めて魔王様に部屋へお入りいただいたことを、素直に白状することにしました。

 そう意を決し、お母様にお伝えしようとしたその時───。


 またしても部屋のドアがノックされました。


「あ、あれ? お母様。またお客様のようですね……?」


(まったく間の悪いヤツらだ! 誰が来たか確認し、速やかに要件を済ませて追い返すのじゃ!)


 お母様がそう仰ったので私はドアに寄り、どなた様かを尋ねました。


「ネフェル。僕です。ルーシファス・ゼブフ・アスタロッドです」


 この方は声でどなたかわかりました。

 あの金髪の優しそうな顔立ちをした糸目の青年で、私と額をくっつけ合った方です。


 私が扉を開けるとそこはお花畑でした。


 どういうことかというとルーシファスさんが大きな花束を持ってお見舞いに来てくださっていたのです。

 花束の陰から顔を覗かせたルーシファスさんはにっこり微笑むと、私に恭しく花束を贈呈してくださいました。

 このように花束を贈られると自分がお姫様にでもなったかのように錯覚してしまいます。否が応にも私は胸が高鳴り、とてもときめいてしまいました。


「どうやら体調はもう良さそうですね。顔色も良いですし、表情もとても穏やかです」


 私が薄っすら頬を赤らめ、お花にうっとりしているのを診(み)て、ルーシファスさんはそう思われたようです。


「昨日、ルーシファスさんが速やかにお医者様の診察を手配してくださったおかげです。本当にありがとうございました」


「いえ。当然のことをしたまでです。それより───体調は元に戻っても、話し方は変わってしまったままなんですね。まあ、昔(・)の(・)ネ(・)フ(・)ェ(・)ル(・)の(・)よ(・)う(・)で(・)は(・)あ(・)り(・)ま(・)す(・)が(・)、やはり少し違和感がありますね……」


 私は「しまった」と思いました。ついつい自分の口調で喋ってしまいました。

 もっとお母様の話し方を真似しなくては。


「まあ、いいですよ。貴方がネフェルじゃないことはもうバレていますから。今更、下手に取り繕う必要はありませんよ」


「───えっ!?」


 私はドキリとしました。


「ただ、やはり貴方が何者なのかは少し気にしています。まさか我々に何か害をなす悪巧みなど考えていないでしょうね?」


 そういってルーシファスさんは一歩、私に詰め寄りました。

 たじろいだ私は一歩退き、部屋の壁際に追い込まれてしまいました。


 綺麗なお顔立ちのルーシファスさんですが、凄まれるととても怖いです。

 なまじお顔が綺麗なだけに、その事が不気味さを増幅させているようでもありました。


「特に───特に、もしネフェルに何か危害を加えようとしているなら僕は絶対に───絶対に許しませんよ?」


 ルーシファスさんはさらに私に詰め寄りました。私は爪先立ちになり、ぴったりと壁に背を付け、極限まで身体を平たくして震えました。


「どうでしょう? 素直に白状してはどうですか? 貴方は誰で、目的は何なのか?」


 もうこれ以上ないくらいルーシファスさんは私に詰め寄りました。

 そしてその時───ルーシファスさんの糸目が───ルーシファスさんの糸目がスッと静かに見開かれたのです。


(ひえ~! お、お母様! 糸目(いとめ)が! 糸目が開きましたー!!)


 私はパニック気味に狼狽えました。


(糸目? 開く? なんじゃそれは? 目が開くなぞ当たり前のことではないか)


 お母様は何も意に介されていないようです。


(お母様! 違います! 糸目キャラの目が開くのは、本気と書いてマジになった時と、良い人だと思ってた人が本性をあらわして極悪人だったことが判明したりする時なんです!)


 必死に訴えましたが、お母様は「意味が分からん」といった様子でした。


(とにかく妾(わらわ)だと言い張れ。それしかない)


(し、しかし、それで糸目が閉じますでしょうか?)


(目が閉じようが開こうがどうでもよい。ヤツが言う通り、おぬしが妾(わらわ)でないことはバレておる。元より妾もおぬしが誤魔化し切れるとは思っておらぬ)


 ───……へ? そ、そうなんですか?


 必死にバレないように頑張っていたつもりの私は少し拍子抜けしました。

 お母様に最初から期待されていなかったという事実に少し胸がチクッとしましたが、しかしそのおかげで私は肩の力が抜けるのを感じました。


(わ、わかりました、お母様。それではとにかく言い張ります……!)


「な、何をいうか、ルーシファス。妾(わらわ)は正真正銘、ネフェル・パトラ・アスタロッドであるぞ」


 私が必死にそう訴えるとルーシファスさんは片目をピクリと引き上げられました。

 肩の力が抜けたせいか、今の私は比較的堂々と言い張れたように思います。

 まだまだお母様には及びませんが、私は少し自信が持てました。


 私がそう言い張った後も、たっぷり十秒近くルーシファスさんは私に詰め寄ったままでしたが、しかし緊張が極限に達しようかとしたその時、ルーシファスさんが笑みを漏らし、静かに私から離れてくださいました。


「まあ、いいでしょう。今の言い方でネフェルだと言い張れば、僕以外の者なら、あるいは誤魔化し続けることができるかもしれません」


 そしてルーシファスさんの目は閉じ、また元の糸目に戻って下さいました。


「しかし困りました。実はネフェルに相談したいことがたくさんあったのですが……。仕方ないですね。しばらくは僕ひとりで頑張りましょう」


 そういうとルーシファスさんは顎に手をあてて溜息をつかれました。


 ルーシファスさんもお疲れ気味のようです。


(お母様。ルーシファスさんはどうしてこんなにお疲れなんでしょうか?)


(ヤツは我が魔王軍の参謀総長で作戦指揮官だ。また魔導部隊の軍団長でもある。そして我が国の宰相も兼任していて内政はもちろん外交の一切も取り仕切っておるのじゃ。そして先も言うたとおり我が国は今、戦時体制下でな。ただでさえ難しい外交はより駆け引きが増し、内政を保つ行政も繁忙を極めておる。その為、ヤツは日々の業務に忙殺されているのじゃ)


 なるほど。そういうことでしたか。

 先日、私が倒れた際にテキパキと周囲に指示を出し、医師の手配などを速やかに整えられたルーシファスさんは、かなり頭脳明晰で判断力も高い方だとお見受けしていました。そんなルーシファスさんが忙殺されてしまうなんて、戦時体制というのは本当に大変なのですね。


 私はルーシファスさんのお疲れを少しでも癒してあげたいと思いました。

 そこで部屋を見渡すとティーポットに馥郁(ふくいく)とした香りの紅茶がたっぷりと用意されているのに気が付きました。


「ルーシファスさん、これをどうぞ」


 そういって私はルーシファスさんに紅茶を差し出しました。

 その紅茶にはルーシファスさんからいただいた花束の花びらを散らして浮かべておきました。


「これは……? おや? とても良い香りですね。紅茶の香りと一緒に花の香りも合わせ漂っていますね」


「はい。いただいたお花がバラ科のお花だったようなので散らしてみました。バラの香りにはストレスを押さえ、リラックスさせる効果があるんです」


 ルーシファスさんは「なるほど、確かに」といった様子でバラの香りを楽しみながら紅茶を味わってくださいました。


「ありがとう。ネフェル。やはり貴女の所にきて正解でしたよ。これを飲んだら執務室に戻り、また仕事に励みますよ」


 幾分でもルーシファスさんのお疲れが和らいだようで私は嬉しくなりました。


「あっ。そういえばいただいたお花。このままにしておいては可哀そうですね。花瓶に差しておきます」


 そういって私は窓際にあった花瓶に花束を活けました。

 白磁の花瓶に色鮮やかな花束が良く映えます。

 窓の外が快晴ということもあって、より色彩が美しく映りました。


「へえ。花束を花瓶に活けてくださるんですね」


 ルーシファスさんがそう仰るので、私は「?」となりました。


 あれ? お花は花瓶に活けるものではないのでしょうか?


「ネフェルの姿をしているけど貴方はネフェルじゃない。でも、ネフェルの姿の貴方が僕の贈った花束を花瓶に活けて下さる光景は、非常に光栄で嬉しいですよ」


 そういうとルーシファスさんは膝を折り、私の手を取って甲に口を寄せてくださいました。

 海外の映画では良く観る憧れのシーンだったので私は舞い上がりそうになりましたが、同時に「あ……。これはまた何かやってしまったな」と勘づきました。


(あの、お母様。これはやはり……)


 私がそういうと、またしてもお母様の深い溜息が返ってきました。


(そうじゃ。やってしまったな。贈られた花束を花瓶に活けるということは、相手の好意を受け入れたという意思表示じゃ。同姓であれば刎頸(ふんけい)の交わりの申し出の承諾、異性であればプロポーズの受け入れにも匹敵する行為じゃ。しかもよりによって窓際の花瓶に活けるとは……。窓の外をみてみよ)


 お母様にそういわれて私は窓の外を確認してみました。するとそこには人だかりが出来ていて、皆、こちらを見上げ、花瓶に活けられた花束を指差して驚かれているようです。


(あ、あはは……あははははは……。人だかりができてなんだか大騒ぎになっていますね。あははははは……)


(分かり易く言うと貰ったラブレターを窓に張り出したようなものじゃ。妾(わらわ)が花束の送り主の好意を受け入れたことを宣伝しているようなものじゃ)


 私は「ピキーン!」という効果音と共に、石になってしまったかのように身体が硬直してしまいました。


「す、すぐにお花を移し……ます……」


 グギギ……ガギギ……と無理やり身体を動かし、私は花瓶に向かいましたがお母様に止められました。


(よせ。もう手遅れじゃ。今更どうしても話題となった噂は書き消せぬ。それに気にせずともよい。ルーシファスも民衆も妾(わらわ)が人妻だと承知している。このことも妾がルーシファスの労を労う最高のおもてなしと理解されるじゃろう)


(あ、ありがとうございます、お母様。以後、本当に気を付けます)


(まったくだ。くれぐれも頼むぞ)


 私はお母様はの寛容さに感謝しました。

因みに、後日、心優はお母様に「それでは魔界では花束をいただいたら、花瓶に活けずにどうするんですか?」と訊いたところ「暖炉にくべる」とのお答えでした。

驚いた心優ですが、お母様曰く「このようにせっかくの花束を無下に扱われる屈辱に耐えることは魔界の紳士の美徳なのじゃ」とのことでした。

なるほど。異性を口説き落とすのは魔界でも大変なんですねと思った心優ですが、それでもせっかくのお花を暖炉に投げ込むことは忍びなく「例えばドライフラワーにするのはダメですか?」とさらに訊いたところ、お母様は邪悪ともとれるニチャリとした笑みを浮かべ「ほう……。なかなか良いな。花が萎(しお)れ、色褪(いろあ)せ、カラカラに干からびて朽ちていく様を見せつけてより屈辱を長引かせるというわけじゃな。さすがの妾(わらわ)もそこまで意地悪ではなくてな。一瞬で苦しみが終わるよう、暖炉にくべていたのじゃが、この件に関してはおぬしの方が一枚上手のようじゃな」と心優はあらぬ誤解を招いてしまっておりました。

文化の違い。まさにカルチャーショックですね(違う!笑 そうじゃない!笑


そんなこんなですが、ここまで私の小説を読んでいただきまして本当にありがとうございます。

(⋆ᵕᴗᵕ⋆)


ルーシファスさんは王子様キャラですが糸目属性があり、ここぞというときは「カッ!」と目が開きます。

(`⊙ω⊙´)カッ!!

次はいつルーシファスさんの目が開くのか? 乞うご期待いただけますと幸いです。

(⋆ᵕᴗᵕ⋆) 

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