006話 グランダム・サタン・アスタロッド①
「えっと───グランダムさん?」
私は最初に会った3人の青年のどなたかだとは思いましたが、そのうちのどの方でしたっけ?と顎に人差し指をあてて考えました。
するとお母様がすぐに教えてくれました。
(ちっ。グランダムか。相変わらず間の悪いヤツめ。グランダムは赤髪の精悍そうな顔のヤツだ。グランダム・サタン・アスタロッド───先代魔王の弟で4人兄弟の次男だ)
ああ。なるほど。私の人生初顎クイのあの方でしたか。
「あの、お母様。どうしましょうか? 部屋に招き入れても宜しいのですか?」
(構わん。グランダムは意外と根に持つタイプでな。無下に追い返すと何かと面倒だ。部屋に入れてさっさと要件を済ませ、帰らせるのが総合的に見て一番手間が少ない)
なるほど……と私は舌を巻きました。
お母様は一瞬で先のことまで見据えて結論を即断されています。
会社であれば「仕事ができる人」「キレ者」として出世をされるタイプでしょう。
お母様が仰るので私は扉を開け、グランダムさんをお部屋に招きました。
「体調はどうだ?」
「あ、はい。お気遣いありがとうございます。おかげさまでもう大丈夫です。昨晩はいろいろご尽力いただきまして本当にありがとうございました」
私がそうお答えするとグランダムさんは「そうか」と言いつつ、とても怪訝そうに私をジロジロと観察されました。
「昨日だが───なぜあのようなことができた?」
───あのようなこと?
はて? あのようなこととはなんでしょう?
なんのことかまったくわかりません。
そこで私は素直にグランダムさんに訊いてみることにしました。
「あ、あの───あのようなこととはどのようなことでしょうか? ───うみゅ?」
するとまたしてもグランダムさんは人差し指と親指で私の顎を挟み、頬をキュッと摘まみました。
そしてアヒル口となった私はまたもや「うみゅ?」と間抜けな声を漏らしてしまったのです。
「あのようなこととは……このようなことだ!!!」
「う…うみゅ……うみゅみゅうみゅみゅ~みゅ、うみゅうみゅうみゅみゅ?」
(あ、あの……これがあのような、ことなのですか?)
私はうまく喋れず、うみゅうみゅとばかり言ってしまいした。
「そうだ。ネフェル。俺はこれまでお前に一度しかこうすることができなかった。
魔界学園で初めてお前に出逢ったあの日───あの日にしたこの事を、俺は何度また同じようにお前にしてやりたいと恋焦がれていたことか。
そんな俺をお前は頑なに拒み、あれ以来───あれ以来、俺は指一本さえもお前に触れることができなかった……!」
そういうとグランダムさんの手は震え、頬が少し紅潮されました。
どうやら───どうやらとてもお悦びになっておられるようです。
「だが昨日はいとも簡単に俺にこれをさせた。そして今もだ。なぜだ、ネフェル? どうして今はこのようなことができるのだ?
それに───それに今のお前は実におかしい……。そう。まるで───まるでネフェルではないかのようにな……!」
そしてグランダムさんはじっと私の眼を凝視しました。
その目力は凄まじく、私は心の奥底まで見抜かれてしまうのではないかと思ってしまう程でした。
(うみゅ~! うみゅ~うみゅ~! う、うみゅみゅみゅみゅ、うみゅみゅみゅみゅみゅみゅ~!?)
(ひえ~! お母様~! ど、どうすれば、よろしいでしょうか~!?)
(何をうみゅうみゅ言っておる。頭の中なら普通に喋れるだろうが)
(あっ。そうでした。すみません。それでお母様。どうすればよろしいでしょうか?)
(妾だと言い張れ。こやつは単純なヤツだ。そう言えば納得する)
そ、それで本当に大丈夫なのでしょうか……?
私は心配になりました。
グランダムさんは精悍なお顔と言えば聞こえが良いですが、言い方を変えれば強面で、とても威圧感があります。
身長も高く、筋肉質で腕などは私の胴回りもありそうな程の逞しさです。
このような殿方を下手な嘘で怒らせたら私なんか割り箸のようにいとも簡単にへし折られてしまいそうです。
(いいから言い張れ! 妾はネフェルであると!)
お母様にそう促され、私は覚悟を決めました。
「な、何をいうか。私は───いえ、妾はまごうことなきネフェルです───じゃなくて、ネフェルだ」
私はできるだけ毅然とした態度でお答えしました。
そうお答えするとグランダムさんはますます私にお顔を近づけ、ギュッと焦点を絞るように私の眼を見据えました。
「本当にネフェルだと申すのか?」
ち、近いっ……! お、お顔が近いですっ……!
強面ではありますがグランダムさんのお顔はとても端正なので、そのような殿方のお顔がこんなにも近くまで寄せられると困ってしまいます。
「は、はい! ネフェルです! ほ、本当です! ほ、本当なのでどうか信じて下さい~!」
そう訴えるとグランダムさんは益々お顔を近づけ、さらに私の眼を凝視しました。
ひぇ~。もうお顔の距離が───距離が限界ですっ……!
「ち、近いですっ……!」
思わず私は声に出してしまいました。
するとグランダムさんはハッとして、今まさに唇さえも触れ合いそうな距離まで顔を寄せ合っていることに気づかれたようです。
グランダムさんはパッと私と距離をとりました。
「す、すまなかった、ネフェル。そうだな。確かにその美しい瞳。まるで吸い込まれてしまいそうなその深い色合いはネフェル以外の何者でもない。別人が化けていたり、何かに憑依されていたり、操られているような異変もなかった。お前は間違いなくネフェルだ。疑ってすまなかったな」
意外にもグランダムさんは素直に私の言うことを信じてくれました。
「だが、何かがおかしい。少し違和感がある。お前の中にお前じゃない誰かの存在を感じる。瞳にはあらわれず、眼には見えないが何かを感じるのだ……。
いや。すまない。それは俺の勘違いかもしれない。少しお前の態度がおかしかったので、そう思っただけかもしれないな」
私はドキリとしましたが、グランダムさんは自分で自分に言い聞かせ、自己完結してくれました。




