生徒会
「おはようございます。お嬢様」
俺の一日は、アンナに起こされ、着せ替え人形のように身支度を整えてもらうところから始まる。
(そう言えば、夕飯のこと伝えていなかったな……)
今日も自慢のドリルヘアにアイロンをかけてもらっていると、ふと伝え忘れていたことがあった。
「アンナ、今日からエマさんと夕食を一緒に取りたいのですが、問題ありませんわよね?」
「はい、大丈夫です。エマさんとなると……お肉料理を多めにしたほうがよろしいでしょうか?」
俺の質問に即答したアンナは、少し考え込む。
どうやら、エマの体型を考慮した食事を考えてくれているらしい。
「蒸した鶏むね肉やお野菜など、低カロリーで高タンパク質なものを中心にしてくださいまし」
「かしこまりました。夕食までには調べ上げてみせます」
アンナはやる気に満ちた真剣な表情で頷いた。
「エマさんは、ダイエットをすると言っているのに、すぐ食べ物に流されてしまって困りますわ」
「ふふっ」
俺が愚痴をこぼすと、アンナは小さく笑った。
そんな他愛のない会話をしているうちに、身支度はすっかり終わっていた。
「それでは、行ってきますわ」
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
俺はアンナに見送られながら寮を出て、学園へと向かった。
学園の門をくぐると、すぐに声をかけられた。
「あっ! セシリア様ー!」
寮とは反対方向からやって来たエマが、俺に手を振りながら駆け寄ってくる。
(なぜそっちから来るんだ……?)
俺は疑問を抱きながらも、とりあえず立ち止まって挨拶をする。
「エマさん、おはようございます」
「おはようございます。セシリア様!」
エマも笑顔で挨拶を返してくれた。
よく見ると、エマの顔は若干汗ばんでいる。
「エマさん、どうして寮とは反対方向から登校されていまして?」
「少しでも動いたほうが良いかな? って思って、朝からお散歩していました」
そう言うと、エマは自慢げに胸を張った。
(おぉ! 自分からダイエットに取り組むように?!)
俺はエマの成長に感動し、目頭が熱くなった。
(年を取ると涙もろくなって困る……)
俺が下を向き、感動のあまり流れ出てくる涙をハンカチで丁寧に拭いていると、エマが続ける。
「やっぱり、運動したあとのご飯って格別ですね!」
「そうでしょう。そうでしょう」
エマの言葉に、俺は適当に相槌を打つ。
(……うん?)
そこで、ふと違和感を覚えた。
(今、運動したあとのご飯は格別って言わなかったか……?)
数秒遅れて、エマの言葉が頭の中で反芻される。
(ご飯を美味しく食べるために運動をするなんて……そんなまさかね……?)
涙が一瞬で引っ込んだ。
俺は恐る恐る顔を上げる。
すると、そこには――
どこから取り出したのかは分からないが、アンパンを頬張っているエマがいた。
(…………)
俺が口をパクパクさせて言葉を失っていると、エマはアンパンを素早く食べ終える。
そして、カバンから次のアンパンを取り出し、俺に差し出してきた。
「セシリア様もどうですか? 私の実家で取れた小麦を使ったパンです!」
「いりませんわ! それよりも――」
文句を言いかけた、その時だった。
「セシリアが要らないなら、僕が貰うよ」
聞き覚えのある声に、俺の言葉が遮られる。
そして横から伸びてきた手が、エマの手からアンパンを掠め取った。
(話をややこしくする奴は誰だよ!)
俺はキッと犯人を睨みつける。
「で、殿下?!」
「おはよう。セシリアにエマ」
俺の睨みは一瞬で驚きへと変わった。
シオンは、俺の反応など意に介さず、爽やかな笑顔を浮かべている。
「おはようございます」
「おはようございます」
シオンの何気ない朝の挨拶に引っ張られ、俺とエマも挨拶を返す。
シオンは、そのままアンパンを一口食べる。
「確かに美味しいね」
「はい! ウィートリー家自慢の小麦を使っていますから!」
そのままシオンとエマは、楽しそうに談笑を始めようとする。
「お待ちになられて! 殿下がどうしてこのような場所にいらっしゃるのですか?!」
急展開についていけない俺は慌てて二人の間に割って入った。
「どうしてって、僕はここの生徒だよ?」
シオンはアンパンをもぐもぐと食べながら、きょとんとした顔をする。
(……ただ通りかかっただけか?)
何かイベントが起こるのかと身構えていた自分が馬鹿らしくなり、俺は肩の力を抜いた。
「た、確かにそうですわね……」
「あと、部活動を荒らし回っている新入生の様子を見に来たんだよ」
「心外ですわ!」
サラッと貼られた不名誉なレッテルに、俺はすかさず噛みつく。
「昨日のことは、エマさんの運動能力と食欲が原因でしてよ!」
「えぇ~、私ですか?」
俺の弁明に、エマが不満そうな声を上げる。
俺は、話の矛先をエマに向けた。
「そもそもエマさんは、どうしてわたくしの頭をピンポイントで狙撃しますの?!」
「狙っているわけじゃないんですよ。ボールが勝手に吸い込まれまして」
「そんなことあり得ませんわ!」
シオンを放置してエマとやり合っていると――
「あっはっはっはっは!」
突然、シオンが腹を抱えて笑い始めた。
「い、いかがなさいまして……?」
唐突に笑い出したシオンに、俺は気が狂れたのかと心配になった。
「いや、何でもないよ」
シオンは笑いを収めると、何事もなかったかのように続けた。
「冗談はさておき、二人は今日の放課後、空いているかい?」
「放課後は、セシリア様と部活――」
「もちろん、空いていますわよ!」
エマが余計なことを言いそうになったので、俺は慌ててエマの口を手で塞いだ。
そして、エマの耳元に顔を寄せる。
「わたくしのことを優先していただけるのは嬉しいのですが、殿下のお誘いを無碍に断ろうとしないでくださいまし! 分かりまして?」
「ふん! ふん!」
俺が早口で言い聞かせると、エマは必死に首を縦に振った。
俺はゆっくりと手を離す。
「ぷはっ……セシリア様、ひどいです……」
エマが振り向き、ジトッと恨めしそうな視線を向けてくる。
「じゃあ、放課後に生徒会室で待っているから」
シオンはそう告げると、突然走り出した。
「生徒会室でございますか……?」
俺とエマは、きょとんと顔を見合わせる。
その直後――
ゴーン……。
ゴーン……。
始業の鐘が鳴り響いた。
「エマさん! 急ぎますわよ!」
「はい!」
俺とエマは、それぞれの教室へ向かって駆け出した。
――これが、学園生活、初めての遅刻である。
(数学や国語はともかく、魔法や歴史は予習と復習をしないとヤバいな……)
退屈な授業を終え、現代日本とはまったく違う授業内容に若干の焦りを感じながら、俺はエマと一緒に生徒会室へ向かっていた。
すると、生徒会室に近づいたところで、中から声が聞こえてくる。
「――だって言っているだろう!」
「これに関しては私も賛成です。きっと問題が起きます!」
「まあまあ。噂通り、セシリアも変わってきているようだし」
(なんだ? 喧嘩か……?)
しかも、どうやら話題は俺のことらしい。
俺は立ち止まり、扉の前で息を潜めて中の様子を窺おうとした。
しかし――
ガラッ!
勢いよく扉が開かれた。
「失礼しまーす!」
エマが元気よく生徒会室へ入っていく。
「せめて、ノックくらいしたらどうですの?!」
「えー、じゃあ……」
エマは渋々といった様子で生徒会室から出てくると、扉を閉めた。
そして、
コン、コン、コン。
扉をノックする。
ガラッ!
再び扉を開けて、
「失礼しまーす!」
元気よく生徒会室へ入っていった。
「そうじゃなくってよ!」
俺は咄嗟にエマの腕を右手でガシッと掴んだ。
「じゃあ、どうしたらいいんですかぁ?」
エマは不満そうに唇を尖らせながら、生徒会室から出てくる。
(腹立つなぁ……)
俺は左手を強く握りしめ、何とか怒りを表に出さないように耐えながら、生徒会室の扉を閉めた。
そして、
コン。
コン。
コン。
ゆったりとしたテンポでノックする。
中からの反応を、落ち着いて待つ。
「……ふっ、ふふ。どうぞー」
数秒後。
シオンの笑いを堪えているような声が返ってきた。
俺は、音を立てないように扉を開ける。
「失礼いたしますわ。殿下、遅くなってしまい申し訳ございません」
エマに振り回されたせいで、すっかり出遅れてしまった。
俺は気を取り直して、上品に頭を下げる。
しかし――
(あれ? なんで怒ってたんだっけ……?)
俺は違和感に小さく首を傾げた。
生徒会室には、シオンのほかに二人の男子生徒がいた。
二人とも俺を見るなり、どこか怪しむような視線を向けてくる。
「ね? 噂通りだろ?」
シオンが楽しそうに二人へ声をかける。
「まあ……」
「確かにな……」
二人の男子生徒は、戸惑いながらもシオンの言葉に頷いた。




