食事
大通りへ戻ってくると、部活動勧誘をしている生徒の数は、先ほどよりもぐっと減っていた。
「エマさん、何か気になる部活動はありまして?」
俺が尋ねると、エマは辺りを見回しながら考え始める。
「……アーチェリーが気になります!」
そう言って、エマはおもむろにアーチェリー部の看板を指差した。
その瞬間――
なぜか、アーチェリーの矢が俺に向かって飛んでくる光景が頭に浮かんだ。
(……確実に死ぬな)
俺は首を振り、その不吉なイメージを必死に振り払う。
「ほ、ほかにはありませんこと?」
少し引きつった笑顔で、もう一度尋ねる。
「うーん……そうですねぇ……」
エマは再び人差し指を頬に当て、辺りを見回しながら考え始めた。
そして――
「私、セシリア様となら、どの部活でも楽しめそうです!」
エマは、純粋無垢な笑顔でそう言った。
その瞬間。
一瞬だけ――
エマが痩せて、すらりとした姿になったような幻影が見えた気がした。
(……可愛い)
思わず胸がときめきそうになる。
だが――
ぐぅ~~~~。
突然、エマのお腹が大きな音を鳴らした。
「お腹が空きました……」
エマは切なそうに自分のお腹を押さえながら呟く。
「はぁ……」
俺はため息をついた。
さっきまで可愛く見えていたエマが、一瞬にしていつものエマに戻ってしまった気がする。
(……まあ、元の素材は良さそうだし、焦る必要はないさ!)
それに――
今日一日で、いくつかの部活動を体験した。
婚約破棄への糸口も、少しずつ掴めてきた気がする。
俺は胸を撫で下ろし、朗らかな気持ちで寮への道を歩き始めた。
「今日は帰りましょうか」
「はい!」
エマは元気よく返事をすると、俺の後ろをついてきた。
「そうです! 今日はお世話になったので、そのお礼に私が料理を振る舞います!」
寮の入り口にたどり着いたところで、エマが突然そんなことを言い出した。
「せっかくですので、お言葉に甘えさせていただきますわ」
俺は、エマからの思わぬ提案を喜んで引き受けた。
「じゃあ、一時間後くらいに私の部屋へ来てくださいね!」
「分かりましたわ」
その後、エマに部屋の場所を教えてもらい、俺たちは一度別れることになった。
俺は言われた通り、一時間後にエマの部屋までやって来た。
コン、コン、コン。
扉をノックしながら、部屋の中へ声をかける。
「エマさん、いらっしゃいまして?」
「はーい!」
エマの明るい声とともに、ガチャリと扉が開いた。
「セシリア様! どうぞ、中へお入りください!」
エマが扉を押さえながら、俺を中へと促してくれる。
「お邪魔しますわ」
俺はエマに促されるまま、部屋の中へ入った。
まず目に入ったのは、IHコンロのようなものとシンクだった。
(なるほど。寮の部屋って元々大学生のワンルームみたいな造りなのか)
自分の部屋との違いに感心しながら、室内を見回す。
すると――
俺の目が、とある物体に釘付けになった。
一人暮らしの部屋には、あまりにも似つかわしくない巨大な寸胴鍋。
それが綺麗に洗われ、シンクの横に鎮座していた。
(……なんだ、これ?)
疑問を抱きながらシンクの横を通り過ぎ、さらに奥へ進む。
そして、扉を開けた瞬間――
ふわっ。
トマトの香りと、肉の食欲をそそる匂いが鼻をくすぐった。
テーブルの上には――
大量のミートボールパスタが、二皿並べられていた。
湯気を立てるその量は、どう見ても一皿だけで十キロ近くありそうだった。
(は……?)
俺は、あまりの光景にその場で立ち止まってしまう。
「セシリア様、どうかなさいました?」
突然立ち止まった俺を見て、エマが不思議そうに尋ねる。
「……エマさん。あれは何ですの?」
俺は何とか正気を取り戻し、テーブルの上にある大量のパスタを指差した。
(せっかくダイエットを始めたばかりなのに……この炭水化物の量は何なんだよ……!)
沸々と怒りが込み上げてくる。
それを必死に理性で押さえ込んでいると――
「やっぱり、気が付きました?」
エマが得意げな顔で俺の前に出てきた。
「何と今日は、私の大好きなお母さんの手料理、ミートボールパスタを再現してみました!」
ジャーン!
そんな効果音が聞こえてきそうなくらい、嬉々とした様子で料理を紹介する。
その呑気な姿を見て――
俺の中で何かが切れた。
「そういうことを言っているわけではございませんの!」
「ふへ?」
エマは、本気で何が悪いのか分からないといった顔をしている。
「こんなに炭水化物ばかりのお食事で、ダイエットをする気はあるのですか?!」
俺はテーブルを指差しながら、半ば絶叫する。
「それに、お野菜はどこにありまして?!」
「えっと……ソースですかね……?」
「はぅ……」
エマの一言を聞いた瞬間、頭に血が上りすぎて、逆にクラッとしてしまった。
「セシリア様! 大丈夫ですか?!」
エマが慌てて俺を支えてくれたおかげで、何とか倒れずに済んだ。
(このままでは、怒りで脈拍が上がりすぎて早死にしてしまう……)
俺は危機感を覚え、一度大きく息を吐き出す。
「ふぅ……」
そして、ゆっくり呼吸を整える。
「取り乱してしまって、申し訳ありませんわ」
「いえいえ。お腹が減っていたら、誰だってカリカリしちゃいますよ」
俺の謝罪に対して、エマはニコニコと笑っている。
(……悪気があるわけではないんだよなぁ……)
俺はそんなことを思いながら、ふと提案する。
「明日からは、わたくしの部屋で一緒に夕ご飯を取りませんこと?」
「……迷惑ではございませんか?」
エマは嬉しそうな表情を浮かべながら、少し考え込む。
そして、恐る恐るといった様子で尋ねてきた。
「わたくしが誘っているのです。迷惑だなんて、あり得ませんわ」
「じゃあ、喜んで!」
エマは、ぱっと笑顔になった。
こうして――
エマの食事制限生活が始まった。
そして、ここで一つ分かったことがある。
俺はミートボールパスタを一口食べて、思わず呟いた。
「……美味しいですわね」
「ありがとうございます!」
エマは嬉しそうに笑った。
どうやら――
エマは料理上手のようだ。




