部活動見学
学園の退屈な授業を終え、ようやく放課後を迎えた。
俺とエマはジャージ姿に着替え、玄関前に集まっていた。
「さあ、行きますわよ!」
「おぉー!」
俺たちは気合いを入れて、学園の大通りへと踏み出した。
すると、通りにはたくさんの生徒たちが集まり、新入生への勧誘を行っていた。
「女子ソフトボール部です! 初心者でも大歓迎です!」
「男子バスケットボール部です! マネージャーも募集しています!」
「吹奏楽部です! 一緒に音楽を奏でませんか?」
「手芸部です! クッキーはいかがですか?」
(皆、若くて生き生きしているなぁ)
どうやら、普通の部活動だけではないらしい。
「魔剣術部です! 一緒に高みを目指しませんか?」
「女子魔球部です! 一緒に全国制覇いたしましょう!」
「黒魔術部です! 共に魔術の深淵を覗きませんか?」
(黒魔術部……?廃部にしたほうが良いんじゃないか……?)
見たことも聞いたこともない部活動まで存在している。
そんな勧誘合戦が繰り広げられる大通りを、俺とエマは歩きながら一通り見て回った。
やがて大通りを抜けたところで、俺は立ち止まってエマに尋ねる。
「さあ、エマさん。何か気になる部活動はありまして?」
「そうですねぇ……」
エマは腕を組み、考えるような素振りを見せている。
ただし――
その手には、なぜかクッキーが握られていた。
「……エマさん?」
「はい?」
「そのクッキーは、どうしましたの?」
俺は拳を握りしめ、沸き上がる怒りを必死に抑えながら笑顔で尋ねる。
「あっ!」
エマは何かに気づいたように口元を押さえた。
「すみません……」
そして、申し訳なさそうに俯く。
(まあ、誰にだってうっかりというものはあるさ……)
俺は自分に言い聞かせ、何とか怒りを鎮めようとする。
すると――
「セシリア様の分まで頂いてくればよかったですね……」
「わたくしは、クッキーが欲しくて尋ねたのではございませんわ!」
エマの言葉を聞いた瞬間。
俺の中で、何かがプツンと切れた。
「甘いものを食べるなと言っているのです! 昨日のマカロンをお忘れで?!」
「マカロン……?」
エマは本気で分からないらしい。
しばらく黙り込み、必死に記憶を掘り起こしている。
そして――
「あっ……」
ようやく思い出したように、小さく声を漏らした。
「そういうわけですので、クッキーは没収いたしますわ!」
俺はエマの隙を突き、その手からクッキーを取り上げる。
「そんなぁ……」
エマが、まるで捨てられて空腹に耐える子犬のような目でこちらを見つめてくる。
(男と結婚しないため……男と結婚しないため……)
俺は心の中で、エマを痩せさせる理由を繰り返す。
そうでもしなければ――
(若い子にはいっぱい食べさせてあげたい……)
そんな、おじさんじみた心が顔を出してしまいそうだった。
俺はその気持ちに固く蓋をして、話題を切り替える。
「気になる部活動はありまして?!」
「……手芸部ですかね?」
エマは少し考えたあと、何事もなかったかのように笑顔で答えた。
(ダメだ……この子……)
心の中に、ピシッ……と亀裂が入る。
だが、俺は何とか気を取り直した。
そして、エマの手を引っ張る。
「こうなりましたら――」
半ばやけくそになりながら、俺は宣言した。
「片っ端から体験しにいきますわよ!」
「まずは、ソフトボール部ですわ!」
俺は、とりあえず目に入ったソフトボール部の練習に、エマを連れて参加することにした。
練習場まで移動すると、上級生の一人が笑顔でバットを差し出してくる。
「じゃあ、まずはバッティング練習に参加してみない?」
「まずは、わたくしがやってみますわ!」
俺は張り切ってバットを受け取り、左バッターボックスへ入る。
「セシリア様ー! 頑張ってください!」
エマがベンチから元気よく手を振って応援してくれる。
(よしっ! やってやるぞ!)
エマの声援を受けると、自然とバットを握る手にも力が入った。
そして――
ピッチャーがボールを投げる。
(ここだ!)
カーンッ!
金属音が響く。
打球は三遊間を鋭く抜けていき、痛烈なヒットになった。
「えっ、本当に初心者……?」
「初心者が左打ちって、ちょっとおかしくない……?」
後ろから上級生たちのざわめきが聞こえてくる。
だが、俺は気にせずベンチへ戻った。
次はエマの番だ。
「エマさん、気楽にいってくださいまし!」
俺はエマにバットを渡す。
「はい! 頑張ります!」
エマは意気揚々とバットを受け取り、右バッターボックスへ入った。
そして、キャッチャーをしている先輩に構え方などを教えてもらっている。
(今、青春をしているって感じでいいなぁ……)
俺は目を細め、ベンチに腰を下ろした。
腕を組み、外野や運動場全体を眺める。
なんだか、とても穏やかな時間だった。
――その瞬間。
カーンッ!
鋭い金属音が響いた。
ヒュンッ!
「――っ!」
俺の顔の横を、ファールボールが猛スピードで通り過ぎていった。
(危なっ!)
一瞬で顔から血の気が引く。
「もう一球いくよ!」
「お願いします!」
ピッチャーを務める先輩と、エマの声が聞こえてくる。
(……なんだ?)
俺は、なんだか嫌な予感がしてエマへ視線を向けた。
そして――
カーンッ!
再び鋭い金属音。
ヒュンッ!
ソフトボールが一直線に俺の顔面へ飛んできた。
(2球連続?!)
「ひぃっ!」
俺は咄嗟にしゃがみ込み、紙一重でボールを避ける。
(まさか……狙われている?)
そんな考えが頭をよぎる。
俺はしゃがんだまま、恐る恐るエマを見る。
すると――
「もう一球お願いしまーす!」
エマは何事もなかったかのように、やる気満々でバットを構えていた。
そして――
カーンッ!
三度目の金属音。
「何でですの?!」
またしても真っ直ぐ俺の顔面へ向かって飛んでくる。
俺は横っ飛びになりながら、紙一重で回避した。
「次こそはー!」
エマは俺の命が危うかったことなど気にも留めず、再びバットを構えている。
「タイム! タイムですわ!」
俺は慌てて両手を振りながら叫び、エマのもとへ駆け寄った。
(この部活に入ったら、いつか本当にヘッドショットを受ける!)
そんな確信にも近い予感がした。
俺はエマの腕を掴む。
「エマさん! 次に行きますわよ!」
「えぇ~……」
「次は、テニス部ですわ!」
俺は気を取り直し、エマと一緒にテニスコートへ移動した。
「じゃあ、まずはラリーからやってみましょう」
「はい!」
「はい!」
先輩からラケットを借り、持ち方や基本的なルールを教えてもらった後、俺とエマは向かい合ってラリーを始めた。
「エマさん、行きますわよ!」
パコーンッ!
「はいっ!」
パコーンッ!
俺とエマは、テンポよくボールを打ち返していく。
(おお? これならエマも楽しそうだし、テニスならいけるか……?)
俺がエマのダイエットに活路を見いだした、その時だった。
「じゃあ、スマッシュもやってみましょう」
先輩から声がかかる。
「分かりましたわ!」
俺は少し高めに弾む球をエマへ返した。
――その瞬間。
ゾクッ!
何とも言えない寒気が、全身を駆け巡った。
(な、なんだ……?!)
俺は思わず身構える。
そして、その嫌な気配の正体はすぐに分かった。
「セシリア様ー! いきますよ!」
エマが高く上がったボールを追いかけ、バック走で綺麗に落下地点へ入っていく。
(まさかな……)
先程のソフトボールでの光景が脳裏を過る。
エマは、スマッシュを打つのに絶好の位置へ到達した。
「ふんっ!」
スパーンッ!
エマの放ったスマッシュが、風を切りながら俺の顔面めがけて飛んできた。
(まさかのノーバウンド?!)
「ひぃっ!」
俺は咄嗟に顔を守るようにラケットを構え目を閉じた。
パーンッ!
ボールがラケットに直撃する。
カラン、カラン、カラン……
無情にも、俺の手からラケットが弾き飛ばされ、背後へ転がっていった。
(な、なんとか防げた……)
俺は弾き飛ばされたラケットを一瞬振り返ってみながら胸を撫で下ろす。
そして、視線を再びエマに戻すと
ボールは高く跳ね上がり、再びエマのもとへ戻っていく光景が目に入った。
「……え?」
エマは落ち着いた様子でボールの落下軌道を見極める。
そして――
高く飛び上がった。
(まずい)
ラケットを失った俺は、丸腰だ。
そして、その瞬間。
俺は直感した。
(このままでは死ぬ)
「エマさん! ストップ! ストップですわ!」
俺は慌てて大声を上げた。
「へっ?」
エマは空中でボールから俺へと視線を移す。
そして、反射的にラケットを振った。
ブォンッ!
凄まじい風切り音が響く。
だが、ラケットはボールを捉えなかった。
「あいたっ!」
ポコンッ!
着地したエマの頭へ、テニスボールが見事に直撃した。
「痛いです……」
エマはしゃがみ込み、頭のてっぺんを押さえる。
(……危なかった)
俺は心の中で安堵する。
「これ以上やっていたら、わたくしが死んでしまいますわ!」
思わず本音が口から漏らしながら、エマ側のコートへ移動してその手を掴んだ。
「次に行きますわよ!」
「えぇ~……」
エマは不満そうな声を上げる。
「テニスなら、部活動ではなくて、今度一緒に遊びましょう」
「はいっ!」
俺の提案を聞いた途端、エマは笑顔になった。
俺はエマの手を引きながら、再び別の部活動を探すため、大通りへと戻っていった。




