説得
「お嬢様、こちらでございます」
アンナに案内され、俺はこれから生活する寮の部屋へ、エマと一緒に足を踏み入れた。
中に入ると、そこにはワンルームのような空間が広がっていた。
ただし、俺の知っているワンルームとは様子がまるで違う。
床には赤色の綺麗な絨毯。
中央には小さな白い丸テーブルと、四脚の白い椅子。
その奥には、小さな天蓋付きのベッド。
壁には、モンフォール家で見たものと同じような謎の絵画。
窓際には花瓶が置かれ、色とりどりの花まで飾られている。
「ここで生活を……?」
思っていた以上に豪華な部屋に、俺は驚いていた。
「素敵ですね!」
エマも目を輝かせながら、嬉しそうに部屋へ入ってくる。
「申し訳ございません。これでも工事などを行い、お嬢様にふさわしい部屋へ改良したつもりなのですが……元の部屋が狭くて……」
後ろからついてきたアンナが、申し訳なさそうに頭を下げる。
(工事……?)
俺は、その不穏な言葉に思わず眉間にしわを寄せた。
しかし、この世界にも少しずつ慣れてきた俺は、ひとまず聞かなかったことにした。
「お二人とも、お座りになって」
俺は用意されていた椅子に腰掛け、二人にも座るよう椅子を指差した。
「失礼します」
エマは嬉しそうに椅子へ腰を下ろす。
ミシッ……。
(……今、何か嫌な音がしたような?)
気になったものの、俺は気にしないことにした。
「それでは、紅茶の用意をいたしますので、何かございましたらお呼びください」
アンナはそう言うと、部屋を出ていった。
(紅茶って……自販機か何かで買ってくるのか?)
そんな疑問を抱きつつ、俺はアンナの姿を見送った。
これで、エマと二人きりだ。
「エマさん、ダイエットを行う気はござ――」
「ないです!」
食い気味に返事が返ってきた。
あまりにも迷いのない否定だった。
むしろ、爽快感すら覚える。
「……少しくらい痩せてみ――」
もう少し優しく諭してみようとした。
「思いません!」
またしても即答。
ピクピクッ。
こめかみに青筋が浮かぶ。
だが、俺は笑顔を崩さない。
別の方向から攻めるため、一度大きく息を吸った。
「すぅ――」
「しません!」
「まだ何も言ってませんわよ!」
思わずツッコミを入れてしまった。
エマは、まるで百人一首の達人のような反応速度で俺の言葉を先読みしてくる。
「どうして、そこまで私にダイエットをさせたいのですか?」
今度はエマから尋ねられた。
(シオン殿下と結婚したくないから、なんて言えるわけないよな……)
どうしたものかと頭を悩ませる。
(エマ自身にも何かメリットがあったほうがいいよな)
俺は必死に理由を考えた。
そして、いくつか思いついた中から、一番それらしいものを選ぶ。
「理由は、もちろんございましてよ。そうですわね……」
俺は真剣な表情を作った。
「エマさんには、学生生活を……青春を……そして、恋愛を謳歌してほしいのですわ!」
自分でも少し恥ずかしくなるほど、熱のこもった言葉だった。
「お心遣いはありがたいのですが……学生生活と青春に、恋愛は必要なのでしょうか?」
エマは首を傾げる。
(……まあ、そういう反応になるよな)
俺自身も、エマの言葉に同意しかける。
だが、ここで引くわけにはいかない。
「必要に決まっていますわ!」
俺は勢いよく立ち上がった。
「エマさん! 同年代の殿方と自由に恋愛ができるのは、学生生活の間だけですのよ?! それなのに、自らその権利を捨てるなんて……愚の骨頂と言わずして、何と言えましょう?!」
「は、はい……」
エマは少し圧倒されながらも、首を傾げる。
「そう言われると……なんだか、学生生活には恋愛が必要な気がしてきました……」
(よし!)
心の中でガッツポーズをする。
しかし、エマもそう簡単には納得してくれなかった。
「でも、恋愛とダイエットが、どうして結びつくのでしょう……?」
(やはり、一筋縄ではいかないか……)
内心では少し面倒に思いながらも、ここまで食いついてくれたことに手応えを感じる。
俺は、さらに説明を続けた。
「エマさん。殿方は、健康的な女性を好むものなのでございます」
現世で見た雑誌の記事を必死に思い出しながら、もっともらしく語る。
「ふくよかなお方は、出会った瞬間に『だらしなさそう』『自分に甘そう』といった、マイナスの印象を持たれてしまうこともあるのです」
「……」
エマが黙って俺を見る。
俺は、さらに畳みかけた。
「わたくしは、こんなにも優しくて素敵なエマさんが、そのような評価をされるのが非常に悔しいのですわ……!」
そして、ダメ押しとばかりにハンカチを取り出し、目元を拭う。
もちろん、泣いてなどいない。
ただの泣き真似だ。
「セシリア様……」
エマの瞳が、わずかに潤んだ。
(……これならいける!)
俺は強い手応えを感じ、さらに追い打ちをかける。
「それに、エマさんは、わたくしが学園で初めて作った友人ですもの」
俺はエマを真っ直ぐ見つめる。
「これからもずっと元気に、仲良くしてほしいのですわ。それなのに……エマさんは少々ふくよかですから、将来の健康が心配で……」
わざと言葉の途中で止め、慌てたようにハンカチで口元を覆う。
「……と、申し訳ございません。これは、わたくしのわがままでしたわね」
そう言って、殊勝そうに視線を逸らす。
(……この身体、演技力まで凄いな)
自分の意思とは関係なく、妙に様になってしまうセシリアの仕草に、俺自身が驚いていた。
「グスッ……」
エマが鼻をすすった。
「セシリア様……そこまで私のことを考えてくださっていたのですね……」
そして、涙を浮かべながら嬉しそうに微笑む。
「私、セシリア様のためにダイエット頑張ります!」
「いえ、わたくしではなく、シオン殿下のために……」
何やら目的が変わっている。
慌てて訂正しようとしたが――
「私、ダイエットってよく分からないので、これから教えてくださいね。セシリア様!」
俺の言葉を遮るように、エマが俺の手をぎゅっと握る。
その瞳は、キラキラと輝いていた。
(まあ……ダイエットしてくれるならいいか)
ここで余計なことを言って、エマが「やっぱりやめます」と言い出したら面倒だ。
俺は何も言わず、そのままにしておくことにした。




