情報収集
屋敷の外へ出ると、朝から俺を世話してくれていたメイドと、数名の執事たちが木製の馬車を取り囲むようにして待機していた。
(……すごい人数だな)
使用人の多さに驚いていると、先頭にいた老齢の執事が一歩前へ出る。
「どうぞ、お乗りくださいませ」
そう言って、家紋が施された馬車の扉を開いた。
「感謝いたしますわ」
一言礼を言い、レッドカーペットの上を歩いて馬車へ乗り込む。
馬車の中には、向かい合わせに配置された赤色のソファーと、その横に大きな窓があった。
(これなら、長時間座っていても大丈夫そうだな)
俺はソファーを軽く押してクッションの具合を確かめる。
思った以上に柔らかい。
俺は満足して腰を下ろした。
物珍しそうに馬車の中を眺めていると、
「失礼いたします」
朝からずっと一緒に行動していたメイドも、馬車へ乗り込んできた。
「あら? あなたも一緒に学園へ行くのですか?」
思わず尋ねる。
すると、先ほどの老齢の執事が少し眉間に皺を寄せた。
「やはり、アンナに身の回りのお世話をさせるのは心もとないですかな?」
「そうですよね……。私には大きすぎるお役目でございますよね……」
アンナと呼ばれたメイドは、残念そうな表情を浮かべながらも、どこかほっとした様子で馬車から降りようとする。
「そ、そういうわけではございませんのよ!」
俺は慌てて引き止めた。
(やばい。なんか辞めさせる話になってる)
だが、どう説明すればいいのか分からない。
「ほら……まだ、お屋敷でやらなければならないお仕事などもあるのではなくて?」
苦し紛れにそう言うと、
「ほっほっほ。そういうことでございましたか」
執事は安心したように笑った。
そして、白く長い、手入れの行き届いた顎髭を撫でながら続ける。
「でしたら、何も問題ございません。セシリアお嬢様にお仕えする以上に重要な仕事など、ございませんからな」
(……そういうものなのか?)
俺は使用人の仕事の優先度に首を傾げた。
「アンナ、これからお世話になりますわ」
とりあえず、俺は、これから身の回りの世話をしてくれるらしいアンナへ向かって、軽く頭を下げておいた。
(確か、この子の名前がアンナで……これから身の回りのお世話をしてくれるんだよな)
そして、頭のなかで情報を整理しているとふと疑問が浮かんだ。
(……身の回りのお世話って、具体的に何をするんだ?)
そんなことを考えていると、
「そ、そんな滅相もございません!」
アンナが慌てた様子で深々と頭を下げた。
「こちらこそ、まだまだ未熟ではございますが、精一杯お仕えさせていただきます! ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします!」
(……そんなに畏まらなくてもいいのにな)
俺は苦笑しながらアンナを見る。
すると、
「ほっほっほ。それでは、参りましょうか」
執事が楽しそうに笑った。
「お願いしますわ」
俺がそう答えると、
バタンッ。
馬車の扉が閉められた。
そして――。
窓の外の景色が、ゆっくりと後方へ流れ始める。
(……うん?)
俺は窓の外を眺める。
小さな振動もない。
エンジン音もない。
出発したときのような身体が後ろへ持っていかれる感覚すらない。
(すごいな……)
馬車というものを初めて体験した俺は、その静かな乗り心地に感動した。
魔法なのか、それともこの世界の技術なのか。
そんなことを考えていると、屋敷の方から声が聞こえてくる。
「いってらっしゃいませ!」
「お気をつけて!」
窓から振り返ると、屋敷の使用人たちがこちらへ手を振っていた。
俺も軽く手を振り返す。
こうして俺は、アンナと共に王立ルミエール学園へ向かうことになった。
「ところで、アンナ?」
俺は、馬車の中で少しでもこの世界の情報を集めようと、向かいに座るアンナへ声をかけた。
「は、はい!」
アンナは背筋をピンと伸ばし、勢いよく返事をする。
(……だから、そんなに緊張しなくてもいいって)
俺は苦笑しながら声をかけた。
「そんなに怯えなくてもよろしくてよ」
「も、申し訳ございません!」
すると、アンナは深々と頭を下げて謝罪してきた。
(……普段、どんな扱いを受けてたんだよ)
内心で苦笑しながら、話を続ける。
「王立ルミエール学園については、もちろんご存じですわよね?」
(俺は何も知らないけどね)
心の中で自嘲しながら、いかにも当然のことを尋ねるような顔を作る。
「はい! もちろんでございます!」
アンナは今度こそ自信満々に答えた。
(よし)
俺は内心で小さくガッツポーズをする。
「よろしい。それでは、あなたが学園についてどれくらいご存じなのか、わたくしに教えてくださいませんこと?」
「はい!」
アンナは少し緊張した面持ちで話し始めた。
「王立ルミエール学園は、百五十年以上の歴史を持つ、エルム王国随一の学園でございます。勉学だけではなく、魔法や体術においても優秀な人材を数多く輩出している名門校で――」
(エルム王国……それが、この国の名前か)
俺はアンナの説明を聞きながら、必要そうな情報を頭の中に入れていく。
(……それに、魔法があるのか)
今まで聞いたことのない単語に、少し不安になる。
(魔法なんて使えるのか……?)
そんなことを考えていると、アンナの説明はさらに続いた。
「そして、セシリアお嬢様のご婚約者であられる、シオン・アルカディア第一王子殿下も、こちらの学園へ通っておられ――」
(……ん?)
俺の思考が止まった。
今、何かとんでもないことを言わなかったか?
(シオン・アルカディア……?)
聞き覚えのない名前。
いや、それよりも――。
「お待ちになられて!」
俺は慌ててアンナの言葉を遮った。
「はい!」
アンナがびくっと身体を震わせる。
「……今、わたくしの婚約者、とおっしゃいませんでしたか?」
引きつった笑顔を浮かべながら、恐る恐る尋ねる。
すると、アンナの顔がみるみる青ざめていった。
「も、申し訳ございません! シオン・アルカディア様のお名前を間違えてしまいましたでしょうか!?」
「落ち着いてくださいまし」
俺は慌てて宥める。
「わたくしが聞き逃したのですわ。ですから、もう一度確認させてくださいませ」
俺は慎重に、一つずつ情報を確認していく。
「わたくしの婚約者のお名前は?」
「えっと……シオン・アルカディア様です」
アンナは、なぜそんなことを聞かれているのか分からないといった様子で答えた。
「シオン様は、この国の?」
「第一王子殿下です」
アンナは首を傾げながら、当たり前のことを答えるように言った。
(……婚約者までいるのかよ!)
俺は心の中で叫んだ。
しかも相手は第一王子。
どうやら俺――いや、セシリアは、かなり重要な立場にいるらしい。
(いや、待て!)
そこで、もっと重大な問題に気づく。
(俺は男だぞ!)
なのに、婚約者がいる。
しかも相手は男。
(男と結婚する趣味なんてない!)
俺は頭を抱えたくなるのを必死に堪えながら、今後のことを考え始める。
(……どうにかして、婚約を破棄しないと)




