校内新聞
翌朝、俺はいつも通りエマと一緒に登校していた。
「十回もやって、一度もハズレを引かないなんてあり得ますの?」
「まあまあ、殿下は幸運の女神様のご寵愛を授かっている方ですし」
昨日行われた、歓迎遠足のレクリエーション企画用の撮影。その結果について愚痴をこぼしていると、エマがさらりとシオンの能力について教えてくれた。
(幸運の女神様のご寵愛って何だよ。あいつ、自分が幸運だからこそ、このゲームを引き受けたのか?!)
俺は、自分の持っている情報が足りなかったことと、シオンの方が一枚上手だったことが悔しくて、心の中で地団駄を踏んだ。
そんな他愛もない雑談をしながら教室へ向かっていると、普段は誰も見向きもしない掲示板の前に、人だかりができていた。
「あれは、何でしょうか?」
「さあ?」
不思議に思ってエマに尋ねてみたものの、彼女にも心当たりはないらしく、首を傾げていた。
「少し見に行ってみませんか?」
「はい!」
生徒たちが何にそんなに関心を寄せているのか気になり、俺たちも掲示板を見に行くことにした。
掲示板の前に着くと、すぐに俺たちの存在に気づいた生徒たちが声を上げた。
「セシリア様! なんて素晴らしいお方なんですか! 私、勘違いをしておりました! 本当に申し訳ありませんでした!」
見知らぬ女子生徒が感極まった様子で俺の手を取り、ぶんぶんと勢いよく握手をしてきたかと思えば、突然謝罪してきた。
「セシリア! 歴史ある貴族としての誇りを忘れたか!」
「やめておけ! お前も血のシャワーに変えられるぞ!」
今度は男子生徒が袖をまくり上げ、殴りかかろうとしてきた。ところが、別の男子生徒に羽交い締めにされてしまう。
「クソッ! 覚えておけよ!」
捨て台詞を残すと、男子生徒はそのまま尻尾を巻いて逃げていった。
(なんだ? 喜怒哀楽が詰まりすぎじゃないか?)
俺は、自分の置かれている状況がまったく理解できず、戸惑いながら周囲を見回した。
ある生徒は親しみやすそうな笑顔を浮かべ、ある生徒は涙ぐみながら尊敬の眼差しを向けている。かと思えば、別の生徒は明らかに敵意をむき出しにした目で俺を睨んでいた。
いったい何がどうなっているんだ?
混沌とした状況に困惑して立ち尽くしていると、エマが掲示板を指差した。
「あの校内新聞のS氏って、セシリア様のことですよね?」
(校内新聞?)
生徒たちの反応だけでは、何が起きているのかさっぱり分からない。
俺はエマの指差す掲示板へと視線を向けた。
そこには、校内新聞が張り出されていた。
記事には、プライバシー保護のためだろう、目元に黒い線を入れられた女子生徒の写真が掲載されている。
しかし、目元を隠したところで、特徴的な金髪のドリルヘアが丸見えであった。
校内新聞の見出しには、こう書かれていた。
『王族、名門貴族、新興貴族、平民が集う極秘会議! S氏が語る学園改革』
(は? 何だよ、これ? 会議をした記憶もなければ、こんなことを語った記憶もないぞ?)
俺は困惑しながら、校内新聞を読み進めた。
『会議の中でS氏は、名門貴族と新興貴族の対立だけでなく、貴族と平民の間にある身分格差も解消したいと語った。さらに、この改革が成功した暁には、その経験を活かして王国が抱える問題の解決にも取り組みたいと豪語していた』
(言ってない! そもそも、王国や学園の問題を解決するどころか、俺自身の問題すら解決の糸口が見つかっていないんだよ!)
俺は、校内新聞に書かれたありもしない事実に、心の中で絶叫した。
さらに読み進めると、こんな小見出しが目に入った。
『新興貴族の令嬢R氏が語る、S氏の印象とは?』
その横には、目元を黒い線で隠された赤髪の女子生徒の写真が掲載されていた。
(レオノーラ! あいつが記者に話したのか?!)
俺はレオノーラへの怒りを募らせながら、記者とのやり取りを読み進めた。
『R氏「彼女は、身分格差の問題解決を言葉だけでなく、行動で示してくれたよ」
記者「と、言いますと?」
R氏「私を新興貴族の者だからと見下すことなく、丁寧な言葉で礼儀正しく接してくれたんだ」
記者「なるほど。名家に生まれたS氏ですが、敵対心を見せるどころか、ただの上級生として接してくれたのですね」
R氏「そうさ。まるで『ここではあなたは新興貴族の令嬢ではなく、同じ学園に通うただの上級生です』とでも言いたげだったよ」』
記事には、レオノーラが感心した様子でそう語っていた、と締めくくられていた。
(いや、レオノーラが新興貴族だなんて知らなかったし、派閥争いだか利権争いだか知らないけど、そんな問題があることすら知らなかったんだよ! ただ上級生として接していただけなんだが?!)
俺は、レオノーラが都合よく解釈した内容を読んで、面倒なことに巻き込まれそうな予感に頭を抱えた。
さらに記事は続いていた。
『王族S氏と平民E氏が語る、S氏の印象とは?』
次の項目には、目元を黒い線で隠されたシオンとエマの写真が掲載されていた。
(あの王子に、エマまで!)
身近なところにも敵がいたことに怒りを覚えながら、俺は記事を読み進めた。
『王族S氏「彼女のことは、幼い頃から知っているよ。昔は横柄でわがままで、僕も大変な思いをさせられたものさ」
記者「昔はそのようなお方だったのですね。では、今はいかがでしょう?」
王族S氏「最近は平民のクラスメイトと一緒にいるくらいだし、昔からは考えられないほど落ち着いたよ。きっと、あの場で語った改革を実現するために、まずは自分から率先して行動しているんじゃないかな?」』
(最近変わったことに気づいていたなら、もっと早く教えろよ! 急に婚約者の性格が変わったら、不安になったりしないのか?)
記事の内容とシオンへの不満を心の中でぶちまけ、俺は次の項目に目を移した。
(最後はエマか……)
『平民E氏「S様は、噂とは違ってとても優しい方ですよ。平民の身である私の健康を気遣って、一緒にダイエットをしてくださる方ですし」
記者「ダイエットですか?」
平民E氏「はい。ウォーキングや軽いランニングから、私に合いそうな部活動選び、さらには栄養管理までしてくださっているんです」
記者「その割には、失礼ながら効果が表れていないようですが……」
平民E氏「こっそり隠れてお菓子を食べちゃっているからですかね?」
記者「はあ……」
平民E氏「このことは、S様には内緒ですよ!」』
(ほう……。どおりでダイエットの効果が見られないわけだ……)
自分のことが好き勝手に書かれているというのに、俺の関心はエマがこっそり間食をしているという事実にすっかり奪われていた。
「ふぅ~……」
俺はひとつ息を吐き、エマの方を向いた。
そして、なるべく平穏を装いながら、にこやかな笑顔を浮かべて記事を指差した。
「エマさん? こっそりお菓子を食べていると書かれていますが、これは一体どういうことでして?」
「あー、えっとですね……」
エマは気まずそうに目を逸らした。
次の瞬間、脱兎のごとく走り出した。
「セシリア様! 早くしないと、また遅刻になっちゃいますよ!」
「まだ話は終わっていませんわ! お待ちなさい!」
教室へ向かって駆け出したエマを追い、俺も慌てて走り出した。




