撮影会
「ただ辛いだけだと、リアクションもすぐに飽きられてしまうだろう? そこで、酸味や苦味など、さまざまな味を用意させてもらったよ。それに、五回では足りないと思って、十回分用意したんだ」
シオンはそう言うと、長机に置かれた銀のトレーを覆っていた黒い布を勢いよく剥ぎ取った。
トレーの上には、一口サイズのシュークリームが五行十列に並べられていた。
そのうち、各行に二つずつ、赤や緑、黄色に着色されたものが混ざっている。
(色がついているやつがハズレで、目隠しでもして食べるのか? いや、それじゃあクイズが成立しないか……)
俺は訝しげにシュークリームを眺めていた。
「色がついているシュークリームがハズレですか?」
エマが、俺の疑問を代弁するようにシオンへ尋ねた。
「はっはっは! そんなことをしたら、ゲームにならないだろう?」
「じゃあ、どうして色をつけたんですか?」
「色をつけたのは、クイズの答えをより分かりにくくするためだよ。実際、ハズレのシュークリームはランダムに設定してあるんだ」
エマの質問に、シオンは丁寧に説明してくれた。
(確かに色とハズレには何か関係がありそうに見えるから、ゲーム性が広がるな)
俺がシオンの考えに納得していると、ふと、このゲームの第一回戦を攻略する方法が見えてきた。
(このゲーム、最初は色とハズレに関係があるように思わせた方が、二回戦以降が面白くなるよな? つまり、第一回戦では色つきのシュークリームにハズレが仕込まれているはず!)
俺は自分の考えに気づくと、周囲に悟られないようにしながら、ゲームの進行について質問した。
「シュークリームは、目の前に置かれたものを食べますの? それとも、自分で選ぶのですか?」
「そうだね。自分で選んだ方が面白いだろうし、最初はエマ、セシリア、エリオット、ロイド、僕の順番で選んでいこうか。それ以降は、ハズレを引いた人から左へ回る形にしよう」
シオンはそう言って、ロイドとエリオットに目配せした。
「俺は構わないぞ」
「私も構いません」
二人とも、異論はないようだった。
ルールと、俺の中での攻略法が決まったところで、マルクが進行を始めた。
「それでは始まりました! 生徒会プレゼンツ、我慢している人間を見抜け! 五択クイズ!」
マルクの明るい声が、練習場に響き渡る。
(進行までやってくれるのか。当日が楽になりそうでありがたいな)
俺はそんなことを考えながら、マルクのルール説明を聞いていた。
「第一回戦は、激酸っぱシュークリームです! それでは、役職と名前を呼ばれた方から順番にお取りください! まずは、会計、エマ!」
「はい!」
ルール説明が終わり、マルクが参加者の名前を読み上げていく。
エマは緊張した面持ちで、黄色に着色されたシュークリームを手に取った。
(このゲームの攻略法に気づかないなんて、かわいそうに)
俺は勝利を確信し、エマを余裕たっぷりに見送った。
「続いて、書記、セシリア!」
「はい、ですわ」
名前を呼ばれた俺は、悠々と着色されていないシュークリームを手に取った。
(さてと、これで残り一つの色つきシュークリームを誰が取るのか、高みの見物といきますか)
すっかり勝った気分になり、俺は心の中では完全に観戦者になっていた。
「続いて、副会長、エリオット! 同じく副会長、ロイド! 最後に、我らが生徒会長、シオン!」
その後も名前が読み上げられ、残りのメンバーがシュークリームを選んでいく。
ロイドとエリオットは着色されていないものを選び、シオンは黄色のシュークリームを手に取った。
(エマかシオンが最初の犠牲者か)
俺は内心ほくそ笑んでいた。
「それでは、皆さん一斉にお食べください!」
マルクの号令とともに、俺たちはシュークリームを口に入れた。
(おお、これはなかなか……!サクッと軽い食感の生地から、小麦の香りがふわりと広がる。中にはまったりとしたカスタードクリームが詰まっており、その濃厚な甘みと爽やかな酸味が絶妙に調和していた。)
勝った気分でいた俺は、心の中で勝手に食レポを始めていた。
――しかし、次の瞬間。
カスタードの甘みの奥に、何か異質なものがいることに気づいた。
そして、その存在感は時間が経つにつれて、どんどん大きくなっていく。
(……いや、これ、酸っぱいってレベルじゃないだろ!)
口の中を容赦なく襲う強烈な酸味。
俺が必死に耐えていると、マイクを持ったマルクが近づいてきた。
「セシリアさん、食べた感想はいかがですか?」
(感想なんか答えてる余裕ねーんだよ!)
内心で怒鳴りつけながらも、俺はどうにか平静を装い、ゆっくりと口を開いた。
「そ、そうですわね。生地の軽やかさといい、カスタードの控えめな甘みといい、すべてが完璧な味わいですわ」
酸味に耐えながら、ぷるぷると震える声で答える。
すると――
「くふっ……ふっふっふっふ……」
隣から、シオンの笑い声が聞こえてきた。
「おやおや? どうかなさいましたか、シオン会長?」
マルクは笑いをこらえるシオンにマイクを向けた。
「いや……くっ……な、何でもないよ……」
シオンはすっかりツボに入ってしまったらしく、必死に笑いを押し殺している。
それでも、口元から笑みがこぼれるのを止められないようだった。
「それでは、ハズレを引いたと思う生徒会メンバーの番号の前へお進みください! 一番、シオン! 二番、ロイド! 三番、エリオット! 四番、セシリア! 五番、エマ! お間違いのないようにお願いします!」
マルクは明るくハキハキと説明を終えると、すっと表情を変えた。
「……一旦カットします」
先ほどまでの快活な進行が嘘のように、落ち着いた声だった。
「どうかしたんですか?」
エマが不思議そうに尋ねた。
「いえ。あまりにも簡単すぎるので、止めさせていただきました」
「確かに、そうだったな……」
「ええ。あれは酷かったですね」
ロイドとエリオットも、そろって苦い顔をしている。
「確かに、あれは分かりやすすぎますね……」
味方だと思っていたエマまで、眉をひそめていた。
「じゃあ、全員がハズレを引いたふりをすればいいんじゃない?」
「そうですね。それがよさそうです」
シオンの提案にマルクもすぐに賛同する。
こうして企画は、単に我慢している人を見抜くゲームから、全員がハズレを引いた演技をする中で、本当にハズレを引いた人を当てるゲームへと変更されることになった。
「じゃあ、本番行きますよー!」
仕切り直して、マルクの司会進行が始まった。
「それでは始まりました! 生徒会プレゼンツ、演技をしている人間に騙されるな! 五択クイズ!」
(放送部って凄いな)
急遽変更された企画内容にもかかわらず、すぐさま対応できるマルクのアドリブ力に感心していた。
そして、先ほどと同じ順番でエマがシュークリームを選び、いよいよ俺の番がやってきた。
机の上には、緑色のシュークリームが二つと、無着色のシュークリームが二つ並んでいる。
(緑ってなんだ? 苦いのか? ワサビなのか?)
「おっと、セシリアが動きを止めた! 何やら真剣に悩んでいるようです!」
俺が考え込んでいると、マルクの実況が入った。
「ふふふ……ふっ……」
「セシリア様ー、頑張ってくださーい」
シオンの笑いを堪える声と、エマの小さな応援まで聞こえてくる。
(うるさいなぁ! こっちは今、真剣に考えているんだ!)
周囲の声を鬱陶しく思いながら、俺は目の前のシュークリームを睨みつけた。
(まだ二回目だ。デモンストレーション的な意味合いもあるだろうし、完全にランダムじゃないなら、無着色のものに二回連続でハズレを入れるなんてことはしないはず……!)
俺は迷いに迷った末、着色されていないノーマルのシュークリームを手に取った。
(大丈夫だ。きっと、色付きの方にハズレがあるはずだ……!)
自分にそう言い聞かせながら席に戻り、精神統一を始めた。
「さて、全員の手元にシュークリームが渡ったところで、いざ実食と参りましょう! 激苦シュークリームを食べるのは誰だ! 一斉にどうぞ!」
精神統一をしている間に、いつの間にか全員がシュークリームを手にしていたらしい。
マルクの合図に、俺は慌ててシュークリームを口に運んだ。
(今回は苦いのか。苦い演技、苦い演技……)
どう演技するかを必死に考えながら、シュークリームを味わう。
(シュークリームの皮は、やはりサクッとしていて美味しい。生地に使われたバターの香りも心地よい。中に入っているカスタードは――)
今度こそ大丈夫だと思っていた俺の心の食レポは、カスタードに舌が触れた瞬間、唐突に途切れた。
カスタードとは思えない、えげつない苦味が口いっぱいに広がったのだ。
(うげっ! 何だよ、これ! 苦いってレベルじゃないぞ! というか、加減ってものを知らないのか、このバカ王子は?!)
俺は涙目になりながら、ゲームカセットの本体との接続部を舐めたときの記憶が蘇るほどの激しい苦味に耐えた。
そして、このシュークリームを用意したシオンを睨みつける。
「それでは、インタビュータイムに移りましょう! そうですね……まずは、一番険しい顔をされているセシリアさん! 味の感想をどうぞ!」
マルクはニコニコと素敵な笑顔を浮かべながら、俺にマイクを向けてきた。
「バターの香るサクサクの素敵な生地の中に、この世の憎悪でも煮詰めたのかと思うほど苦いクリームが入っていて、最悪の食べ物ですわよ! こういう企画を行うにしても、限度というものがありましてよ!」
俺はインタビューにかこつけて、バンバンバンと机を叩きながらシオンに抗議した。
「分かりました! では、次はエマさん!」
「はい! えっと……とっても苦くて、飲み込むのがやっとでした! その……セシリア様がおっしゃる通り、限度というものがあると思います!」
エマは嘘をつき慣れていないのか、どこかぎこちない様子で質問に答えた。
「それでは、エリオットさんはいかがですか?」
「苦味を出すために、苦さを煮詰めたんでしょうね。ただ苦いだけでなく、青臭さまで凝縮されていて、史上最悪のハーモニーを奏でています。この料理を作った人間の人格を疑うレベルでまずい食べ物です」
エリオットは前かがみになり、口元をハンカチで押さえながら、今にも息絶えそうな様子で語った。
(よくもまぁ、そんな嘘がペラペラ出てくるもんだな!)
その迫真の演技に、俺は少し腹が立った。
「では、続いてロイドさん。お味の感想をお願いします!」
「ふざけんじゃねぇ! こんなもの、食えたもんか! とにかくまずい! 以上だ!」
ロイドも嘘をつき慣れていないのだろう。
怒ったふりをして手短に言い切ると、腕を組んで背中を向けてしまった。
「あらら、機嫌を損ねちゃいましたね。では、最後にシオンさんはどうですか?」
「うぷっ……うん? ああ、僕かい?」
「お味の感想を教えていただけますか?」
「ああ、最悪の味としか言いようがないよ……。飲み込んでも、まだまとわりつくように舌に苦味が残っていて、ずっと気分が悪いよ」
シオンは一度聞き逃したふりを挟むなど、小賢しい演技を交えながら質問に答えた。
(よくもいけしゃあしゃあとそんな事を言えるもんだ。本物のハズレを引いたらそんな余裕なんてないんだからな!)
俺は、シオンの余裕のある受け答えにも怒りを覚えていた。
「それでは、ハズレを引いたと思う生徒会メンバーの番号の前へお進みください! 一番、シオン! 二番、ロイド! 三番、エリオット! 四番、セシリア! 五番、エマ! お間違いのないようにお願いします!」
マルクが最後の進行を締めくくり、二回目の撮影が終了した。
その後の撮影は、順調に進んでいった。
激辛シュークリームの回では、ロイドが演技のために火属性の魔法を使い、
「辛ーーー!」
と叫びながら、口から火を吹いてみせた。
激甘シュークリームの回では、
「えへへ、幸せな味ですー」
エマがあまりの幸福感に、全身の力が抜けて溶けかかったり。
激痺シュークリームの回では、
「こ、こげは……ひちゅれ……」
エリオットが舌の痺れで、まともに話せなくなったり。
それぞれが個性的な見せ場を作り、撮影会は無事に終了した。




