企画説明
「失礼いたしますわ!」
「失礼します」
翌日の放課後。
俺は一度寮に戻り、レクリエーションの企画に使う品物をアンナに用意してもらった。
それを手に、エマと一緒に意気揚々と生徒会室へ向かう。
「おや? その様子だと、何か思いついたようだね」
生徒会室では、シオンが余裕たっぷりの笑みを浮かべて待っていた。
ロイドとエリオットも、すでに席についている。
「今回のレクリエーション企画は、こちらですわ!」
俺は持ってきたトレーを机の上に置くと、被せてあった黒い布を自信満々に取り払った。
「……シュークリーム?」
トレーの上に並んだ十六個の一口サイズのシュークリームを見て、シオンが不思議そうに首を傾げた。
「そうですわ。説明するよりも、実際に体験していただいたほうが早いと思いますの。ロイド様、トレーの右上にあるものを一つ召し上がっていただけませんか?」
「これか?」
ロイドは何の疑いもなく、俺が指定したシュークリームを手に取った。
「ただのシューク――」
口に運んだロイドは、不思議そうに首を傾げた。
しかし、次の瞬間。
「……っ!」
突然、言葉を詰まらせ、慌てて口元を押さえる。
その顔は、みるみるうちに赤くなっていった。
「辛っ! なんてものを食べさせるんだ、セシリア!」
ロイドは勢いよく立ち上がると、俺につかみかからんばかりの勢いで詰め寄ってきた。
「ぷっ……。お、落ち着いてください、ロイド。ご婦人に手を上げるなんて、騎士の名折れですよ……!」
ロイドの手が俺の胸ぐらに届きそうになったところで、エリオットが慌てて間に割って入った。
どうやら笑いをこらえているらしく、その肩は小刻みに震えている。
「エリオット! そこをどけ!」
「まあまあ、きっと何か意図があって食べさせたのでしょうから……ぷっ」
「てめえも喧嘩売ってんのか?!」
ロイドとエリオットが、ますます騒がしく言い争い始めた。
その様子を眺めていたシオンは、呆れたように息をつくと、俺に視線を向けた。
「……ロイドへの嫌がらせかい?」
「違いますわよ! このリアクションこそ、今回のレクリエーション企画の目玉ですわ!」
俺は胸を張り、自信満々に答えた。
「……一応、詳しく説明を聞こうか」
シオンは困惑した表情を浮かべながらも、ひとまず話を聞く姿勢を見せてくれた。
シオンが一度その場をなだめ、ロイドとエリオットが席に着いた。
「それで? どういう企画なのか、きっちり説明してもらおうか?!」
ロイドは、まだ怒りが収まらない様子で前のめりになって説明を急かしてきた。
「今回のレクリエーション企画について、ご説明いたしますわね」
俺は咳払いを一つして、説明を始めた。
「まず、ハズレの混ざったシュークリームを用意いたします。そして、生徒会のメンバーがそれぞれ一つずつ選び、映像を撮影しながら食べていただきますわ。ハズレを引いてしまった方には、できる限り平静を装っていただきます」
「平静を装う?」
「ええ。当日は、その映像を新入生の皆様に見ていただき、誰がハズレを引いたのかを予想してもらいます。予想が当たった方は次のゲームへ進み、このクイズを五回ほど繰り返しますわ。そして、最後まで勝ち残った方々には賞品を贈呈する。そういう企画ですの」
「ふむ……。意図は分かったが、普通のクイズでは駄目なのかい?」
一通り説明を終えると、シオンが尋ねてきた。
(まあ、そういう発想になるよな)
俺は予想どおりの質問に、内心でほくそ笑んだ。
「ただのクイズでは意味がありませんわ」
「どうしてだい?」
「わたくしは、この企画を通して、生徒会と生徒たちの間にある壁を壊したいと考えておりますの」
「……」
シオンは何か思うところがあるのか、黙り込んだ。
ロイドとエリオットも、気まずそうに視線を逸らしている。
「壁、ですか?」
そんな空気など気にする様子もなく、エマが無邪気に尋ねてきた。
「ええ。生徒会のメンバーを考えてみてくださいませ。会長は第一王子、副会長のお二人は騎士団長と魔導団長のご子息。このような方々に、気兼ねなく接することができますか?」
俺が丁寧に説明すると、エマは納得したように頷いた。
「確かに、普通はできませんね! それに、書記は第一王子の婚約者であるセシリア様ですし!」
(余計なことを!)
悪意など欠片も感じられない笑顔で、エマが追い打ちをかけてきた。
俺は思わず顔を引きつらせたが、気を取り直して説明を続ける。
「……ええ、そうですわね。ですから、この企画を通して、言い方は悪いですが、殿下やロイド様、エリオット様には一度、笑われ役になっていただきたいのです。そして、生徒の皆様との距離を縮めていただきたいと考えておりますわ」
(まったく、余計なことを……)
俺は内心でエマに文句を言いつつも、企画の意図を改めて説明した。
「……なるほど。確かに、一理あるかもしれないな」
シオンは満更でもなさそうな表情で頷いた。
「しかしですね……」
「しかしだな……」
ロイドとエリオットは、揃って嫌そうな顔をして口を開いた。
「やろうじゃないか!」
二人の言葉を遮るように、シオンが立ち上がった。
「僕たち生徒会と、ほかの生徒たちとの間に距離があるのは確かだ。実際に新入生たちと試してみて距離が縮まるのなら、ほかの学年の生徒たちとも親しくなるきっかけになるかもしれない」
シオンは真剣な表情で、企画の必要性を二人に説いた。
(かかった! あとは三人に激辛地獄をお見舞いしてやれば、シオンとの関係にも少しくらいヒビが入るはず!)
予想以上に話がスムーズに進み、俺は内心ニヤニヤしながら、次の段取りへと移ろうとした。
「では、撮影はわたくしとエマで行いますので、殿下たち三名は試食をお願いいたしますわ」
「はっはっはっは! セシリアは冗談が上手いな。君もこちら側だよ?」
シオンは愉快そうに高らかと笑った。
「……はい? わたくしも食べる側でございますか?」
想定外の言葉に、俺は思わず目を瞬かせた。
「それはそうだろう? 君も『血染めのセシリア』なんて呼ばれるくらい、校内では恐れられているんだ。僕たちと同じ側に立ってもらわないとね」
シオンはそう言って、エマへと視線を向けた。
(確かにそうだけど!)
言い返せないのが悔しい。
どうにかして演者を回避できないかと考えていると、
「そうですね! セシリア様も食べないといけませんね!」
シオンの視線を受けたエマが、ニコニコと笑いながら同意した。
(裏切り者め! ……いや、こうなったらエマも道連れだ!)
俺は腹いせも兼ねて、エマも参加させるための屁理屈をひねり出した。
「では、エマさんも試食する側に回っていただかないといけませんわね」
「どうして私までですか?!」
エマは驚きの声を上げた。
その顔には、どう見ても参加したくないと書いてある。
「庶民であるエマさんに撮影などの雑務を任せていては、生徒会には身分による差別があると思われてしまいますわ。生徒会は皆が平等であると示すためにも、平民であるエマさんが殿下やロイド様、エリオット様と同じ舞台に立つ必要があるとは思いませんか?」
「それもそうだね。エマも一緒に演者をやろう」
シオンはニヤリと笑い、あっさりと同意した。
「ええっ?! そんなぁ……!」
エマは納得がいかない様子で声を上げた。
「とはいえ、セシリアは最初から三人分のシュークリームを用意してくれていたようだね」
エマの抗議をさらりと受け流し、シオンは机の上に並んだシュークリームを数えながら考え込んだ。
「そうだ! 撮影は明日にしよう。僕は今から放送部に協力を頼んでくるよ。それに、ただ辛いだけでは物足りないだろう? シュークリームの手配も僕がしておくよ」
そう言うなり、シオンは勢いよく生徒会室を出ていってしまった。
「……それで、これはどうするんだ?」
シオンが去ったあと、ロイドが机の上のシュークリームを指差した。
「残しておくのももったいないですし、明日のリハーサルということで食べてみてはどうでしょう?」
エリオットが、とんでもない提案を口にした。
「はあ?! 馬鹿なことを言うんじゃないぞ、エリオット!」
ロイドが即座に反応する。
(そうだぞ! 馬鹿なことを言うんじゃないぞ、エリオット!)
俺は心の中で、ロイドに全力で同意した。
「おや? まさか、シュークリームが怖いのですか?」
エリオットは馬鹿にしたような笑みを浮かべ、ロイドを挑発した。
(……この流れはまずい!)
危険を察知した俺は、そっと逃げ出そうとした。
「怖いわけないだろ! やってやろうじゃないか! なあ、セシリア、エマ?」
案の定、ロイドはエリオットの挑発にまんまと乗せられてしまった。
「ええっ?! 私もですか?!」
「当たり前だろ!」
エマが反抗するも、ロイドの一蹴されてしまう。
「では、三人が食べる役で、一人が休憩役というのはどうでしょう? ハズレを引いた方は休憩役と交代し、最後までハズレを引かなかった方の勝ちです」
エリオットが手際よくルールを決めていく。
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし! わたくしはまだ――」
俺の抗議もむなしく、話はどんどん進んでいった。
こうして、俺たちはあれよあれよという間に、ロシアンシュークリーム対決を始めることになってしまったのだった。




