レクリエーション会議
慌ただしい魔法演習が終わり、放課後を迎えた。
「セ、セシリア様。ごきげんよう……」
「ほ、本日もお疲れ様でした」
クラスメイトたちは、どこかぎこちない笑顔を浮かべながら、俺に挨拶をして教室を足早に出ていく。
「ごきげんよう」
俺もお嬢様らしい笑顔で挨拶を返した。
(……着実に孤立への道を歩んでいる気がするなぁ)
よそよそしいクラスメイトたちの反応を、俺は遠い目をしながら眺めていた。
魔法演習での一件に加えて、昨日の盗聴騒動。
どうやら俺の評判は、改善するどころか悪化の一途をたどっているらしい。
(元から評判が悪かったんだけどさ。ここまでではなかったような?)
そんなことを考えていると、隣に座っていたエマが、周囲の反応などまるで気にする様子もなく声をかけてきた。
「セシリア様、生徒会に行きましょう!」
(……エマだけは、本当にいつもどおりだな)
周囲から距離を置かれている俺に対しても、エマはまったく態度を変えない。
そのことに少しだけ救われた気がした。
「そうでございますね。参りましょうか」
いつまでも現状を嘆いていても仕方がない。
俺は気持ちを切り替えると、エマと一緒に生徒会室へ向かうことにした。
「失礼いたしますわ」
「失礼します」
俺とエマは、二人揃って生徒会室へと入った。
「いらっしゃい。待っていたよ、エマと血染めのセシリア」
席に座っていたシオンが、にこやかな笑顔で俺たちを迎えてくれた。
「その不名誉な二つ名は何ですの!」
俺は、シオンの言葉に即座に反応した。
「あれ? 違ったかな? 校内でそういう噂になっているから、そう呼んだほうがいいかと思ったんだけど」
「よろしいわけがございませんわ!」
にこやかに説明するシオンの言葉を遮るように、俺は即座に否定した。
(好きで血まみれになったわけじゃないんだよ!)
尾ひれがつきまくった二つ名に、俺は不快感を覚え、シオンをキッと睨みつけた。
「おや? 僕も血祭りに上げられちゃうかな? ははは」
しかし、俺の視線などまるで気にする様子もなく、シオンは楽しそうに冗談を口にしている。
(本当に血祭りに上げてやろうか?)
俺はこめかみに青筋を浮かべながら、怒りを抑えるように拳をギュッと握りしめた。
「殿下、ご冗談はその辺りにして、本題へと進みましょう」
見かねたエリオットが、穏やかな口調で話を切り替えてくれた。
「そうだね」
シオンもあっさりと引き下がる。
「二人とも、空いている席に座ってくれるかな?」
「失礼いたしますわ」
「失礼します」
シオンに促され、俺は怒りをどうにか飲み込みながら、エマと一緒に空いている席へと腰を下ろした。
「セシリアとエマには、今日から生徒会の一員として活動してもらいたい。そして、最初の仕事なんだが、新入生歓迎遠足のレクリエーションを企画してほしいんだ」
「新入生歓迎遠足でございますか?」
(なんか、学生時代にもそんなイベントがあったような、なかったような……)
俺は曖昧な学生時代の記憶をたどりながら、相槌を打った。
「来週末に、新入生だけで行われる遠足だよ。……まあ、遠足とは名ばかりの山登りイベントなんだけどね」
(異世界にも、こういう謎のイベントってあるんだな……)
面倒くさそうなイベントの話に、俺が早くも気が滅入っていると、
「レクリエーションというのは、どういったものなのですか?」
エマが期待に胸を膨らませた様子で、身を乗り出しながら尋ねた。
「難しく考える必要はないよ。去年は山頂の広場に宝物を埋めて、宝探しゲームをしたんだ。一昨年は、確か……クラス対抗のドッジボール大会だったね。特に決まりはないから、君たち二人と先生方で実行できそうなレクリエーションを考えてほしいんだ」
(君たち二人ってことは、上級生は手伝ってくれないってことかな?)
「殿下やロイド様、エリオット様は当日いらっしゃらないのですか?」
俺は、シオンの説明を聞いて浮かんだ疑問を口にした。
「新入生歓迎遠足だからね。二年生の僕たちは参加できないんだ。でも、当日以外なら何でも手伝うから、安心してほしい」
「かしこまりました」
「任せてください!」
シオンの説明を聞いて、エマはやる気満々といった様子で返事をした。
一方の俺はというと、具体的な指示もないまま企画を丸投げされたような気分だった。
不安しかなかったが、引き受けてしまった以上、やるしかないのだろう。
俺は半ば諦めながら、了承した。
「じゃあ、今日はここまでだね。企画は明日までに考えてきてね」
シオンは爽やかな笑顔で、ひらひらと手を振りながら告げた。
(……帰れってことか?)
俺はその笑顔を勝手に解釈すると、すっと立ち上がった。
「失礼いたしますわ」
一礼して、生徒会室を後にする。
「あっ! 待ってくださいよ〜!」
エマが慌てて俺の背中を追い、生徒会室から出てきた。
二人の姿が見えなくなったあと、生徒会室にはシオンの呆れたようなため息が響いた。
「セシリアの人を頼れないところは変わっていないようだね」
(それにしても、レクリエーションか。どうしたものか……)
俺は企画のタネになりそうなものはないかと、街の大通りを見渡しながら歩いていた。
「セシリア様、待ってくださいよ〜!」
背後から重厚な足音を響かせながら、エマが俺の隣まで駆け寄ってきた。
その途端、ソースの焦げるような、食欲をそそる香りが鼻をくすぐった。
「今日もウォーキングですか?」
エマは、はふはふと息を吐きながら、たこ焼きによく似た食べ物を呑気に頬張っている。
(ああ、ダイエット問題もあったな……)
「はあ……」
レクリエーションの企画と、エマにダイエットをさせること。
頭を悩ませる二つの難題を思い出し、俺は思わずため息を漏らした。
「セシリア様、何かお悩みですか?」
「誰のせいだと思っているんですの……」
エマの呑気な問いかけに、怒る気力も湧かない。
俺がため息交じりに呟くと、エマは手に持っていた食べ物を差し出してきた。
「セシリア様もどうです? ブレイビー焼きです」
「ブレイビー焼きでございますか?」
聞き慣れない名前に首を傾げつつも、俺は警戒することなく一つ口に運んだ。
食感も味も、たこ焼きによく似ている。
ただし、中央に入っているのはタコではなく、何やら木の実のようなものだった。
(異世界のたこ焼きは、具材に木の実を使うのか……)
俺は現世との違いを面白く思いながら、その実を噛み砕いた。
「あっ! ご存じだと思うんですけど、ブレイビー焼きのハズレには唐辛子が入っているので、気をつけてくださいね!」
俺が口の中の具材を噛んだ瞬間、エマが注意事項を付け加えた。
(……ハズレには唐辛子入り?)
そう思ったときには、もう遅かった。
口の中に、じわじわと刺激が広がっていく。
いや、辛いというよりも痛い!
舌を刺すような痛みが広がり、身体の内側から熱くなっていく。
「そういうことは、先に言ってくださいまし!」
俺はブレイビー焼きをどうにか飲み込むと、八つ当たり気味にエマを叱った。
「そんなことより、水はありませんの?!」
一刻も早く、この口の中の灼熱地獄から逃れたい。
俺が必死に飲み物を求めると、エマはなぜか得意げな顔をした。
「セシリア様、こういうときは水より牛乳のほうがいいんですよ?」
「それなら牛乳をくださいまし!」
「持っていないので、ブレイビー焼きを買ったときについてきたお水で我慢してください」
(だったら最初から言うな!)
俺は込み上げる苛立ちを抑えながら、差し出されたコップを受け取った。
そして、一気に水を飲み干す。
「……それで、喧嘩を売っていますの?!」
少しだけ辛さが和らぎ、ようやく冷静さを取り戻した俺は、エマにぐいっと詰め寄った。
「セシリア様、落ち着いてください。ほら、笑顔ですよ、笑顔!」
エマは苦笑いを浮かべながら、まるで暴れる馬をなだめるかのように両手を前に突き出した。
その仕草が、さらに俺の怒りを煽る。
俺は奥歯をギリリと噛み締めた。
――その瞬間。
(……いや? これは使えるかもしれない!)
妙案が頭の中を駆け巡った。
(この企画が通れば、シオンへの嫌がらせにもなるし、婚約破棄にも一歩近づけるんじゃないか?)
そう考えると、我ながら名案に思えてきた。
「ふふふふふ……」
思わず笑いが漏れる。
「えっと……セシリア様? ブレイビー焼きに、マジックマッシュルームか何か入っていました?」
エマが、危ないものを見るような目で俺を見てきた。
だが、今の俺はそんな視線を気にしている場合ではなかった。
一刻も早く寮に戻り、作戦を練らなければ!
「今日は走りますわよ、エマさん!」
「ええっ?! 急ですよ〜!」
俺は勢いよく寮に向かって走り出した。
エマも文句を言いながら、渋々といった様子で後を追いかけてきた。




