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[連載版]ゴブリンから始まる死に戻り転生 ――死ぬたび別の魔物になる俺は、もう同じ殺され方をしない――  作者: Rさん


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第3話 蜘蛛と話す

 目を覚ました瞬間、俺は悲鳴を上げようとした。


 だが、声は出なかった。


 代わりに、八本の脚がばらばらに動いた。


 右前脚が跳ね、左後脚が岩を引っかき、体が勝手に横へ滑る。


 気持ち悪い。


 自分の体なのに、自分の体じゃない。


 視界もおかしかった。


 世界がいくつにも割れて見える。


 正面だけではなく、横も、斜めも、背後の気配まで薄く分かる。


 俺は岩壁にしがみついていた。


 洞窟の天井近く。


 地面が遠い。


 落ちたら死ぬ、と思った。


 いや、蜘蛛なら落ちても平気なのか?


 分からない。


 何も分からない。


 俺は八本の脚を必死に壁へ押しつけた。


 前はゴブリン。


 次はスライム。


 そして今度は蜘蛛。


 洞窟蜘蛛。


 過去になった魔物には戻れない。


 死ぬたび別の魔物になる。


 理屈は分かっている。


 けれど、身体が変わるたびに、世界の見え方まで変わるのはきつかった。


 人間だった頃の感覚が邪魔をする。


 二本足で立とうとしても、脚が八本ある。


 手を伸ばそうとしても、手がない。


 息を整えようとしても、呼吸の感覚が違う。


 俺はしばらく、岩壁にへばりついたまま動けなかった。


 その時だった。


 ぴん、と何かが震えた。


 音ではない。


 耳で聞いたわけではない。


 脚の先に触れている細い糸が、かすかに震えた。


 ――誰だ。


 そんな意味が、頭の中に浮かんだ。


 俺は固まった。


 今のは、言葉か?


 もう一度、糸が震える。


 ――誰だ。巣の糸に触るな。


 今度ははっきり分かった。


 誰かが話している。


 人間の声ではない。


 ゴブリンの鳴き声でもない。


 糸の震えだ。


 俺の脚は、その震えを言葉として受け取っていた。


 洞窟蜘蛛の言葉。


 俺は震える脚で、糸に触れた。


 どう返せばいいのか分からない。


 とりあえず、前脚を一本だけ動かす。


 ぴく、と糸が鳴った。


 ――俺は……。


 伝わったのかどうかも分からない。


 だが、すぐに別の震えが返ってきた。


 ――変な震え。子蜘蛛ではない。獲物でもない。お前、何だ。


 岩陰から、一匹の蜘蛛が現れた。


 俺より少し大きい。


 灰色の体。


 細長い脚。


 腹には白い傷が一本ある。


 人間だった頃なら、見ただけで逃げ出していたと思う。


 だが今は違った。


 怖い。


 けれど、同時に分かる。


 こいつは俺と同じ種族だ。


 少なくとも、今の俺にとっては。


 俺は必死に糸を震わせた。


 ――分からない。目が覚めたら、こうなっていた。


 灰色の蜘蛛は、脚を止めた。


 複数の目が、俺を見ている。


 ――嘘の震えではない。だが、においが変だ。


 ――におい?


 ――お前、ゴブリンの血のにおい。スライムの粘液のにおい。人間の恐怖のにおいがする。


 俺の体が強張った。


 分かるのか。


 俺が何だったのか。


 何に殺されたのか。


 灰色の蜘蛛は、糸の上を器用に歩いて近づいてきた。


 俺は逃げようとしたが、脚が絡まりそうになった。


 情けない。


 蜘蛛なのに、糸の上もまともに歩けない。


 灰色の蜘蛛は、俺の目の前で止まった。


 ――生まれたてでもない。老いてもいない。だが、歩き方を知らない。お前、巣から落ちた魂か。


 ――巣から落ちた魂?


 ――たまにいる。死んだ魔物の怨みが、別の殻に入る。長くは生きない。たいてい狂って、光へ向かっていく。


 光。


 その言葉で、勇者を思い出した。


 白いマント。


 銀の剣。


 俺を殺した男。


 俺は思わず強く糸を震わせた。


 ――光の男を知っているか。銀の剣を持った人間だ。仲間を連れている。


 灰色の蜘蛛の脚が、ぴたりと止まった。


 空気が変わった。


 糸の震えが細くなる。


 ――白い光。剣。燃やす女。遠くから刺す男。祈る娘。


 俺は驚いた。


 知っている。


 こいつは、勇者一行を知っている。


 ――そいつらだ。


 ――巣を焼いた。


 灰色の蜘蛛の震えは、静かだった。


 でも、そこには怒りがあった。


 人間の言葉の怒鳴り声とは違う。


 冷たく、細く、長く残る怒り。


 ――奥の大巣があった。卵があった。子がいた。女の火で焼けた。祈る娘の光で、母が動かなくなった。剣の男が、残った脚を切った。


 俺は何も返せなかった。


 勇者たちは、ここでも同じことをしていた。


 討伐。


 駆除。


 人間を守るため。


 そう呼べば、きれいに聞こえる。


 でも、焼かれた側には卵があり、子がいて、母がいた。


 俺は糸を震わせた。


 ――俺も殺された。ゴブリンだった時、あの剣の男に斬られた。


 灰色の蜘蛛が、わずかに身を低くした。


 ――ゴブリンだった時?


 ――死ぬたびに別の魔物になる。前はゴブリン、その次はスライム。スライムの時は、人間の子供に棒で潰された。


 言ってから、馬鹿げていると思った。


 こんな話、信じる方がおかしい。


 だが、灰色の蜘蛛は笑わなかった。


 糸が静かに震えた。


 ――だから、においが重なっているのか。


 信じたのか。


 いや、蜘蛛には嘘か本当かを、においや震えで感じるのかもしれない。


 灰色の蜘蛛は、少しだけ俺から離れた。


 ――なら、お前は弱い。


 いきなりだった。


 俺は腹が立つより先に、固まった。


 ――分かっている。


 ――分かっていない。弱いものは、怒る前に隠れる。噛む前に待つ。糸を張る前に、風を読む。お前の震えは大きすぎる。そんな震えでは、すぐ鳥に食われる。人間に潰される。火に焼かれる。


 言い返せなかった。


 実際、俺はすぐ殺されている。


 ゴブリンでは勇者に斬られた。


 スライムでは子供に潰された。


 殺されるたびに耐性は得る。


 でも、死ぬこと自体に慣れていいわけじゃない。


 死は痛い。


 怖い。


 そして、転生先が次もまともとは限らない。


 灰色の蜘蛛は、前脚で糸を叩いた。


 ――来い。歩き方を教える。


 ――なぜ?


 ――お前は、白い光を知っている。剣の男を憎んでいる。なら、まだ使える。


 使える。


 その言い方に引っかかったが、文句を言える立場ではなかった。


 俺は、灰色の蜘蛛の後を追おうとした。


 一歩。


 いや、一本目の脚。


 次に二本目。


 違う。


 同時に動かす脚が多すぎる。


 俺は糸の上で傾いた。


 落ちる。


 そう思った瞬間、灰色の蜘蛛が糸を弾いた。


 ぴん、と別の糸が俺の体に絡む。


 落下が止まった。


 ――下手すぎる。


 ――うるさい。


 ――うるさい震えも大きい。


 少しだけ、悔しかった。


 けれど、不思議と嫌ではなかった。


 転生してから初めてだった。


 誰かに殺される以外の目的で見られたのは。


 経験値でも、素材でも、駆除対象でもなく。


 弱い蜘蛛として。


 未熟な同族として。


 俺は灰色の蜘蛛に教わりながら、糸の上を進んだ。


 脚の置き方。


 体重の逃がし方。


 獲物と敵の震えの違い。


 小石が落ちる震え。


 ネズミが走る震え。


 人間の足音。


 剣を持つ人間は、重心が片側に寄る。


 杖を持つ人間は、地面を叩く音が混じる。


 弓を持つ人間は、立ち止まる前に呼吸を殺す。


 蜘蛛の身体は弱い。


 だが、洞窟では強かった。


 暗闇を恐れない。


 天井を歩ける。


 糸で道を作れる。


 振動で敵を知れる。


 俺は少しずつ理解していった。


 この身体は、正面から戦うものではない。


 待つ身体だ。


 隠れる身体だ。


 相手が気づく前に、近づく身体だ。


 灰色の蜘蛛が、洞窟の奥で止まった。


 そこには古い巣があった。


 半分焼けて、黒く縮れた糸。


 割れた卵。


 小さな蜘蛛の死骸。


 俺は何も言えなかった。


 灰色の蜘蛛は、焼け残った糸に触れた。


 ――ここが、私の巣だった。


 私。


 その震えで、初めて分かった。


 灰色の蜘蛛は雌だった。


 母だった。


 ――名前は?


 俺は聞いた。


 灰色の蜘蛛は、少し沈黙した。


 ――人間のような名はない。だが、巣では「古傷」と呼ばれた。


 古傷。


 腹の白い傷を見て、俺は納得した。


 ――俺には、名前がない。


 ――なら、まだ要らない。名は生き残ったものにつく。


 厳しい言葉だった。


 でも、その通りだと思った。


 俺はまだ、何者でもない。


 ゴブリンとしても死んだ。


 スライムとしても死んだ。


 蜘蛛として生き残れるかも分からない。


 名前を持つには、まだ弱すぎる。


 その時、洞窟の入口側から振動が来た。


 重い足音。


 ひとつではない。


 複数。


 人間だ。


 俺は糸に触れた脚を硬くした。


 古傷も同じ方向を向く。


 遠くから、声が聞こえた。


「勇者様が討ち漏らした魔物がいるかもしれない。奥まで探せ」


 村人ではない。


 武装した人間の声だ。


 古傷が低く糸を震わせた。


 ――狩り残しを探しに来た。


 俺は身体の奥が冷えるのを感じた。


 まただ。


 また、人間が来る。


 今度は、俺を殺すために。


 だが、古傷は逃げなかった。


 焼けた巣の上で、静かに脚を広げる。


 ――教える。蜘蛛の戦い方を。


 俺は、八本の脚で糸を掴んだ。


 震えは、もうさっきほど大きくなかった。


 怖い。


 けれど、今度は一人じゃない。


 俺は初めて、殺される前に罠を張る側へ回った。



---


現在のステータス


名前:未設定

現在種族:洞窟蜘蛛

過去転生種族:ゴブリン、スライム

転生回数:3回目

死亡回数:2回

前回死因:人族の子供による打撃

獲得耐性:斬撃耐性・微、打撃耐性・微

習得中の感覚:糸振動による会話、足音感知、天井移動

接触した魔物:洞窟蜘蛛《古傷》

固有権能:《輪廻変異》《死因耐性》

現在目標:古傷から蜘蛛の戦い方を学び、人間の狩り残し部隊から生き延びる

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